第十話:波乱までのカウントダウン
食事を終えた俺達。
エスティナ達女子生徒は、大浴場の利用時間があるため、食事を終えると急ぎ部屋に戻って行った。
利用終了時間である九時までは三十分ほど。あまりゆっくりできないかと思ったんだけど、流石にそこは厨房を手伝ったメンバーのみ、九時半までの利用が許可されているらしい。
残った俺とミャウ、マナードさんは再び食堂や厨房の清掃を手際良く済ませ、一時間ほどで一通りの事を終えると、一旦互いの部屋に戻る事になった。
§ § § § §
とりあえずエスティナが迎えに来てくれるまでは部屋で待機しなきゃいけない。
で、彼女が来たら今日最後の仕事、大浴場の掃除だろ。
俺達が風呂に入るのは、それが終わって戻って来てからかな。
今後の事を考えながら、俺はミャウを枕代わりにベッドに横になった。
っていうか、こいつは相変わらず、すぐこっちの行動を察してベッドに上がるんだよな。
辛くないかって聞いたこともあるけど、笑顔で大丈夫と言わんばかりに首を横に振るし、こうなると無下にもできなくって甘えてはいるけど、何時も気を遣い過ぎだって。
でも……エスティナ、どうしたんだろう?
ミャウの身体に頭をもたれながら、ベッドの上でぼんやりと考えたのは、さっきのエスティナの反応だった。
凄く冴えない顔をしてたけど、何かあったのかな?
さっきはみんなもいたから話せなかったけど、俺を迎えに来てくれた時に話でもしてみようか。
でも、俺に聞かれたくない話かもしれないよな……。
内心もやもやっとしている、漠然とした不安。
エスティナが笑顔じゃなかったのが理由だってわかってる。
でも、それを俺がどうにかしようなんて空回りして、迷惑をかけるわけにもいかない。
「……ミャウ?」
ん?
ふと横を見ると、ミャウがこっちに顔を向け、ちょっと不安そうな顔をしている。
まったく。お前はやっぱり俺に気を遣いすぎだって。
「大丈夫。何でもないよ」
あいつに笑いかけながら、腕を伸ばし頭を撫でてやると、ミャウは目を細め少し気持ち良そうな顔になる。その愛嬌ある顔が、俺の心にある不安を少しだけ落ち着かせてくれる。
「ありがとな」
「ミャーウ」
頭を撫でながらミャウに感謝を伝えると、俺は再び仰向けになった。
そうだよな。
きっと何かあったら、エスティナから相談してくれる。
だから今は気にしないでおこう。こっちが気にし過ぎたら、逆に彼女が心配するかもしれないし。
そう頭を切り替えた俺は、今日の厨房での調理法なんかを頭で思い返しながら、この後料理で試してみたいことを頭で整理し始めた。
ぼんやりとしながら色々考え事をしている内に、どれだけの時間が過ぎたのか。
風呂掃除をする為の服装に着替えたエスティナが、俺の部屋に現れたのは夜十時を超える直前だった。
「ごめんね。準備に手間取っちゃって」
ドアを開け、廊下に見えた彼女の服装は、大浴場の掃除でも動きやすそうな半袖のシャツと膝丈ぐらいの少しだぼっとしたショートパンツ。
白銀の髪も普段と違い、頭の後ろにお団子状にまとめていて、普段と違う可愛らしさを見せている。
ありかなしかでいったら断然あり。
こうやって見ると、やっぱりエスティナって可愛いよな……。
「どうしたの? もしかしてこの格好、変かな?」
っと。ぼんやり見惚れてたらそりゃ不安にもさせるか。
「い、いや。そういう格好も似合ってるなーって。な? ミャウ」
「ミャウミャーウ」
「そ、そっか。それなら良かった」
慌ててその場を取り繕うようにそう言うと、ミャウもにこにこしながら頷いてくれる。
それを聞いて、エスティナもちょっと嬉しそうにはにかんでくれた。
「リュウトはその格好のまま?」
「ああ。っていうか、これしか服もないし」
「そういえばそうだよね。今度別の服を用意する?」
「いや、裾とか捲れば全然動けるから、この服でも大丈夫だよ。じゃ、行こうか」
「うん。そういえばミャウちゃんは──」
「ミャーウ?」
俺とエスティナの会話を聞いていたミャウが、彼女の言葉を遮り俺達に白い目を向けてきた。
エスティナは「えっ?」ってちょっと驚いてるけど、俺はあいつの態度の意味はよくわかる。
露骨に「まさか置いていかないよね?」って顔をしてるから。
「こいつも一緒に掃除するって」
「え? でもびしょびしょになっちゃうよ?」
「ミャウ。ミャーウ? ミャーウ?」
構わないよと言わんばかりに鳴いたあいつは、エスティナの足にすりすりと頭を擦り、いいよね? いいよね? とアピールする。
ほんと、こういう時のミャウは、猫らしいあざとさを発揮する。そして、それは彼女にもかなり有効だ。
「もうっ。じゃあ、ミャウちゃんは大浴場で身体も洗っちゃおうか?」
「ミャーウ!」
賛成! と言わんばかりに、遠吠えのように可愛く鳴いたあいつを見て、エスティナはちょっと呆れたような苦笑をした後、前かがみになってミャウの頭を撫でた。
「ごめん。こいつはほんと寂しがりやだから」
「ううん。ミャウちゃんがリュウトと一緒にいたいって気持ち、私もわかるから」
「……え?」
俺と一緒にいたい気持ちがわかる?
愛おしそうにミャウを撫でていたエスティナは、心で浮かんだ疑問の声を漏らした俺の声にハッとすると、慌てて身体を起こした。
「あ、ううん。何でもないの。じゃ、じゃあ、そろそろ行こっか」
「あ、ああ。わかった」
少し顔を赤らめた彼女は、それをごまかすように先に歩き出す。
……今の反応、恥ずかしい台詞を言ったって感じか。
まあ、再会できたからこそ友達としてそう言ってくれてるんだろうけど、どうせなら想い人としてそう言われたかったな……。
「ミャウ?」
「あ、ごめん。行こうか」
何となく切なくなった気持ちに割り込んでくれたミャウに感謝しながら、俺とミャウは急ぎ足でエスティナに追いついた。
「そういえば、今日の掃除って俺達だけ?」
「え? あ、ううん。当番制だから今日はリナちゃんとラナちゃんが一緒だよ」
「そっか」
流石に二人っきりって事はなくってほっとしたけど、同時に俺の中で嫌な予感もする。
同じ気持ちになったのか。並んで歩いていたミャウも、思わず顔を上げエスティナを見る。
「ちなみに、二人って掃除とか得意なの?」
状況を確認すべくそう問いかけると、エスティナがこっちにまた苦笑してくる。
「ラナちゃんはしっかりしてるからいいんだけど……」
「ってことは、やっぱりリナちゃんは……」
「うん。しかも今日ってミャウちゃんもいるでしょ?」
「あー……」
俺がエスティナと同じ顔になると、ミャウもどこか達観した、諦めたような目をした。
そりゃあ、リナちゃんが遊ばないわけないよな。ミャウまでいたら。
「ミャウの今日の仕事は、ラナちゃんの面倒を見ることかもな」
「……ミャーウ」
元気のない返事。だけど部屋に引き返そうとしない時点で、俺達と離れたくないという固い意志は揺るがないのか。
仕方ないけど、そこだけはミャウに頑張ってもらうしかないな。
俺はこの先あるであろう大変な展開を予想し、肩を竦めたんだけど──実際はそれ以上に予想外のハプニングが、そこで待ち受けていたんだ。




