エピローグ⑤:これからの異世界生活
俺がエスティナにお願いしてやってきたのは、この寮の屋上だった。
天授の塔と比べれば決して高くない場所。
一応昼にも案内されて、ここから少しの間景色を眺めてたんだけど、夜も少しずつ深まり夜景に変わった街並みは、星空や二重の月も相成って、昼間以上に神秘的だ。
俺とエスティナは手摺りに寄りかかり、ミャウはそんな俺達の合間に座って景色を眺めている。
「どう? 夜の屋上は」
「想像以上。夜景もすごく綺麗だし、見応えがあるね」
「でしょ? 私もここで夜景を眺めるの、好きなんだ」
声に釣られて顔を向けると、そよ風に銀髪をなびかせるエスティナが微笑む。
……やっぱり、可愛いよな。
思わず見惚れそうになっている自分に気づいた俺は、慌ててまた正面の街並みを眺め始めた。
「ねえ。リュウト」
「ん? どうしたの?」
「さっきの交流会で、みんなから沢山質問を受けて、疲れてると思うんだけど。私からもひとつ、聞いてみたい事があるんだけど……いいかな?」
そういた、あの時彼女は一度も手を挙げてなかったな。
きっと、俺といる時間も多いからって、みんなに気を遣ったんだろう。
「ああ、いいよ。何?」
俺が視線だけ彼女に向けると、彼女は少し真面目な顔をした。
「えっとね。リュウトって、この世界でやってみたい事とかって、何かある?」
「やってみたいこと、か……」
うーん……。
正直、いきなり異世界転移したのもあったけど、そこまで考えてなかったな。
俺は顎に手を当てながら、少し考えてみる。
こういう世界に来たら、冒険とかも憧れるし、日常をのんびり楽しんでみたいとも思う。
とはいえ、当面女子寮で暮らすんだもんな。
あまり変な希望を口にして、変に彼女に気を遣わせるのも嫌だな。
だとしたら……。
「……やってみたい、って訳じゃないんだけど。叶えたい夢なら、あるかな」
「叶えたい夢? どんな?」
彼女を見ると、興味津々と言わんばかりの顔。
そこまで期待されると困っちゃうんだけど……。
「あの……エスティナが、想い人と結ばれてほしいなって」
「え?」
思わず唖然とする彼女に、俺は気恥ずかしさをごまかしながら、天を仰ぐ。
「俺、エスティナと別れた時、ずっと思ってたんだ。向こうの世界でも幸せになってくれたらって。でさ、エスティナはこの間、付き合いたい人がいるって言ってたでしょ? だったら、俺がこの世界にいる間に、できれば二人が結ばれて、幸せになってくれたらないいなって思って……って。これ、俺がただわがままを言ってるだけか」
思わず苦笑していると。
「……リュウトって、元の世界に戻りたい?」
少し寂しそうな声で、彼女がそう尋ねてきた。
「……正直、今は半々かな。向こうの世界で、両親や友達が俺がいなくなって心配してるかもしれないって思うと、戻ったほうがいいのかなとは思ってる。だけど、久々にエスティナにも逢えたし、初めて異世界に来たんだから、もう少しこの世界で暮らしてみたいなって気持ちもあるし。まあ、そもそも帰れる当てもないんだけどさ」
そんな言葉でお茶を濁したけど、内心俺は思っていた。
本当は、ずっとエスティナの側にいたいって。
でも、それはわがまま。
だったら、彼女の幸せを見届けて、未練を断ち切ってからこの世界を去ろうかなってのが、俺の本音だった。
答えが重かったのか。彼女が何も喋らない。
流石に、話しすぎちゃったか。
「ごめん。変な話をしちゃったよね」
俺は手摺りから離れ彼女に向き直ると、ぺこっと頭を下げたんだけど。
こっちに釣られるように、俯いていたエスティナもまた、真剣な顔に戻ると俺に向き直った。
「リュウト。私もね。好きな人と結ばれたら嬉しいなって、思ってる」
「うん」
「でも、相手が私を好きかも分からなくって、凄く不安なの」
「そうなんだ。その人と面識はあるの?」
「うん。最近は一緒によく話すもん。でも、私に気があるかなんてわからないし、私の気持ちに気づいてくれてるかもわからなくって」
「そうなんだ」
女の子らしい恋の悩みだなって思いながら、俺も真剣に耳を傾けていたんだけど。
……あれ?
俺はふと、心に疑問が浮かんだ。
最近、彼女が男の子と話す機会って、どれくらいあったんだろう?
魔導学園は女子生徒しかいない。って事は、学園に行っている間にはなさそうに思う。
で、終わったら急いで寮に戻ってきて、俺の面倒を見てくれてたよな。
となると、通学の間だけ?
でも、女子生徒達の短い通学時間の間に、男子がわざわざ入り込めるんだろうか?
俺の疑問なんて関係なしに、じっとこっちを見つめてくるエスティナの真剣な瞳。
それが少し、潤んでるような気もする。
当たり前って言えばそうなんだけど。最近、俺とは話をしてるよな。
……もしかして……。
そんな淡い期待を持ちそうになる。
けど。いや、まさか……。
内心戸惑っていると、バンッと勢いよく屋上に出る扉が開いたと同時に、
「あ、やっと見つけた!」
と、俺達の変な空気に割って入る、快活な声がした。
突然の事に心臓が止まるかと思いつつ、何とか声の方を向くと、俺達の方に駆け込んできたのはミネットさんだった。
「ミ、ミネット。どうしたのよ?」
「どうしたもこうしたもないよー。もうすぐ就寝時間じゃん。部屋に戻らないとマナードさんに怒られちゃうよ?」
「え? もうそんな時間?」
エスティナが遠くの時計台を見る。
釣られて見た時間は、そろそろ夜十時。
確か、寮の規則で門限は八時。部屋に戻るのは十時って決められてたって聞いたな。
ちなみに、何故か時間はこっちと同じ二十四時間制。
もしかして、この辺もこっちと向こうの世界が行き来できる事が関連してるのかもしれないけど、俺が母さん達が持っていた書物で、その答えが記された書物はなかったっけ。
時間を見て、残念そうな顔をしたエスティナを見て、ミネットがにんまりとする。
「あー。折角の二人っきり、お邪魔だったかなー?」
……ちょっとそれは思った。
けど、俺がどうこう言える話じゃないしって、気持ちを心の内に留めごまかしていると。
「そ、そういう言い方しないの! リュウトに悪いでしょ!」
と、はっきりと怒りを見せたエスティナが、ぷんっと不貞腐れた顔をしてそっぽを向く。
流石に月明かりがあるとはいえ、顔色までは分からない。
なあこの感じだと、本気で俺に気を遣ったのかな?
「まあまあ。エスティナ。折角ミネットさんが教えに来てくれたんだし。そろそろ戻ったら」
「……うん。そうするね。リュウトは?」
「折角だから、もう少しだけ夜景を見てから戻るよ。流石に学生じゃないから怒られないと思うし」
「そっか。そうだね。じゃ、また明日ね。ミャウちゃんも」
「リュウト君! ミャウちゃん! おやすみー!」
「うん。おやすみ」
「ミャウミャウ」
エスティナは小さく、ミネットさんは大きく手を振ると、二人は並んで歩き去って行った。エスティナがミネットさんに文句を言いながら。
……二人って、本当に仲がいいんだな。
そんな光景を微笑ましく見送った後、俺は再び夜景に目を向ける。
あのミネットさんへの返し言葉を見る限り、考え過ぎかな。
エスティナだって、男子との交友くらいあるだろ。俺だって全てを知ってる訳じゃないんだし。
ふぅっと想いを吐き捨てると、俺は再び手摺りにもたれかかる。
「……ほんと。たった数日で色々あったな」
独りごちた俺は、ぼんやりとこれまでを思い返す。
異世界ディアローグに墜ちた、来界者の俺。
そこでまさか、母さんの妹のエリスさんやエスティナに逢えるなんて思ってもみなかったけど。
勇者の息子なはずなのに、まさか女子寮で雑務係をする事になるなんて。
ほんと、何の因果なんだろうって呆れもするけれど、それでもこの世界で暮らせるってだけでもマシなんだろうし、知り合いがいるだけでも随分助かってるもんな。
そういう意味じゃ、ミャウとも再会できたし。きっと俺はツイてる方なんだろう。
足元にいるミャウに顔を向けると、視線に気づいたあいつがこっちを見ると、「ミャウ?」と首を傾げてくる。
「……いや。明日からお前も雑務係。一緒に頑張ろうな?」
「ミャーウ!」
任せなさいと言わんばかりに、笑顔で一鳴きするあいつに心を癒された俺は、自然と微笑み返す。
「さて。明日に備えて、そろそろ寝るか」
「ミャウ!」
大きく伸びをした俺は、ミャウと一緒に女子寮に歩き出す。
勿論、色々不安は尽きない。
けれど、折角異世界に来たんだし。楽しんでいかないと。
実際、雑務係として何をするのか。それはそれで少し楽しみだしな。
よし。ちゃんと寝て、ちゃんと食べて。
明日からの異世界生活。楽しみながら頑張るぞ!
〜To Be Continue......?〜
第一巻:後書き(本編ネタバレ含む) ※二巻開始時に削除予定
いやぁ、真夏日だったりがくっと気温が下がったり。
皆様体調など崩しておりませんでしょうか。
しょぼん(´・ω・`)でございます。
さて。ついに始まりました、「来界者リュウトの異世界遍歴」。
第一巻、如何だったでしょうか?
今回は、何気に俺強い系の主人公龍斗に、モフモフで可愛い愛猫のミャウ。
そして、再会したエスティナと女学生達と、いきなりキャラを色々詰め込んだ、学園物風異世界生活作品となっています。(漢字多すぎ)
勿論、勇者の息子故の運命に、エスティナとの恋の展開と、色々起こりそうな本作ですが、今回課題に挙げた自身の目標。
それは「個性強めのキャラを動かしてみる」でした。
今までの作品も、キャラ個性自体はあるように書いてはいました。
ただ、元々自分はそこまで多くのキャラの書き分けというか、あまり個性的すぎるキャラを扱うのが苦手だったんですよね。
そこで、主人公周りはしょぼん(´・ω・`)さんらしく大人しめにしつつ、周囲を固める女子学生陣の個性を普段より強めにしてみようと思いました。
ミネットやリナラナの二人も中々ですが、特に今回は猫好きお嬢様のカサンドラが自分らしからぬほどのキャラになりました。
はい。なりました。(嘘ではありません)
最初からここまでにする予定ではなかったんですが、しょぼん(´・ω・`)さんお得意の、キャラが勝手に動いた結果がこれでして(汗)
とはいえ、自分がチャレンジしてみようと思った内容には沿っているので、このままでいこうと思ってますけどね!
ある意味可愛げがあるかなと思ってますし。
ちなみに、素直に学園生活にしてしなかったのですが、この先勿論学園を始め、来界者であるが故に色々な出来事に巻き込まれたりもする予定ですが、今回は多少ラブコメ寄り要素も強めていこうかと考えておりますので、この辺も要注目かも?
あと、龍斗がエスティナとの恋に奥手というか、勘違いが多いのは本人が言っていた通り、恋愛経験どころか女子と話す機会が皆無だったためです(汗)
とはいえ、この先色々と経験する中で、何かが変わっていくと思いますので、恋の行方も期待してください!
なお、二巻は執筆中なんですが、実は並行でコンテスト用の作品を一作執筆しています。
また、7月頃からは色々と最後の一踏ん張りもあるので(謎)、申し訳ございませんが慌てずにお待ちいただけたら幸いです。
早く朗報をお伝えできればなぁ……。
ということで、龍斗とミャウ、エスティナと学生達の奏でる物語。
この先もぜひお楽しみください!
2023.6.28 しょぼん(´・ω・`)




