エピローグ②:新しい服装
少しして、戻ってきたエスティナが手にしていた物。
それは、二日前に仕立て屋に依頼していた服だった。
正直服の作り方を知らないけど、こんなに早くできる物なのか聞いてみると。
「お祖母様が急がせたみたい」
ってエスティナが教えてくれた。
いや、急がせたって。
そんなに慌てさせなくってもって思ったものの。エリスさんなりに気を遣ってくれているんだろうと思ったりもしたし、昨日の戦いで学ランを切り裂かれてたから、丁度良かったかもしれない。
という事で、一旦エスティナにはミャウと部屋に残ってもらって、俺は洗面所に篭ると、先に寝癖を一通り直した後、新しい服に着替え始めた。
肌触りも良いし、着心地もいい。
しっかりとスラックスを履き、シャツの上からジャケットを羽織り、前でボタンを止める。
出来上がったのは、白が基調となっている、俺の学ランっぽいデザインを踏襲した、女子学生の制服と並んでも違和感のないであろう整った制服。
いや、厳密には制服じゃないんだけど。
そう呼びたくなるくらいのデザインをしていた。
何か、男性アイドルが着て歌でも歌ったら様になりそうな感じで、俺には不釣り合いな服にも見えるけど、デザインしたエスティナのセンスの良さを十分感じる、素敵な服だと思う。
とりあえず値段は聞かないでおこう。エリスさんが手配した仕立て屋さんの服だし、相当お高いのはわかりきってる。
だったら、下手に金額を知らない方がいい気もするしな……。
ただ……採寸の時にそこまで思い至らなかったこっちが悪いんだけど。
俺、今日からここで雑務係をするんだよな?
そういう意味じゃ、この格好は絶対不釣り合いだろ。
一応、裾は長いものの、伸縮性はあって動きにくくはない。けど、それなら作業着っぽい感じの、シンプルな奴で良かった気もする。
……これをエスティナが見たらどう思うんだろう?
そんな事を考えると、ちょっと緊張する。
けど、ずっとここにいて、部屋に戻らないって訳にもいかないしな。
襟元に指を掛け軽く調整した俺は、覚悟を決めると洗面所の扉を開け、部屋に戻った。
「お待たせ。どうかな?」
「うわぁ……」
ベッドに腰を下ろしていたエスティナは、俺を見た途端立ち上がると、感嘆の声をあげて驚きを見せたんだけど。
そのまますぐ俺の側までやってきて、目をキラキラさせながら、色々な角度から俺を眺めだした。
「へー。ふーん」
言葉らしい言葉も発しない彼女の反応にちょっと不安になるものの、表情を見る限り、酷い印象はなさそうかな?
とはいえ、何も言われずあちこちの角度から舐め回すようにチェックされているのは、何かと不安にもなる。
「何処か変かな?」
「え? あ、ごめんね。全然そんな事ないよ」
俺が漏らした不安に、はっとした彼女は慌てて両手を振り否定した。
「でも、随分色々気にしてたよね。俺の着方がおかしかったとか?」
「ううん、全然。ただ、デザイン中にイメージしてた時より、ずっと格好良くって」
「え? 本当に?」
「うん。デザインした自分が言うのもなんだけど、凄く似合ってて素敵だよ」
格好良い……似合ってる……。
そんな台詞、親以外に言われた事なんてなかったし、父さんや母さんだって親バカっぽい所もあったから、言われても半信半疑だったんだけど。
正直、好きな子にこう言われた事の破壊力ったらないな……。
衝撃に茫然としたのがいけなかったんだろう。
「ね。ミャウちゃんもそう思わない?」
「ミャウミャーウ!」
反応の薄い俺に不安になったのか。彼女が慌ててミャウに意見を求めると、あいつも笑顔でうんうんと頷いてくる。
「そ、そっか。きっとエスティナのセンスのお陰だね。ありがとう」
「そんな。リュウトが素敵だからだよ」
エスティナの眩しいほどの笑顔。
そんな彼女の口にした言葉が、また俺をドキっとさせる。
きっと彼女も社交辞令を言っている。
そんな気持ちは拭えない。
だけど、それでもそう言ってもらえるのは嬉しくって。俺は自然と顔を赤くし、顔を綻ばせながら頬を掻く。
「そういえば、あっちの服はどうするの?」
と、そんな中、エスティナがふとクローゼット側のコート掛けに掛かっている俺の学ランを指さした。
昨日の戦いで袖や腹、太腿付近など、所々裂かれ血もついていて、かなりボロく見える制服。
正直言えば、時間制御で元通りにする事はできた。
だけど。昨日あれだけの人が戦いを見てたんだ。その傷がまたなくなってるんじゃ不可解に思われるし、昨日の倉庫の件もあって、色々勘付かれるのは避けた方がいいと思ったんだ。
でも……これを捨てるのは、ちょっと忍びないんだよな。
俺はコート掛けまで歩いていくと、制服を手にし、慈しむように眺める。
「エスティナ」
「何?」
「大変なのも、もしかしたら高価になっちゃうのもわかってるんだけど。これ、仕立て屋さんにできる範囲で補修してもらったりできるかな?」
「え? どうして?」
汚れも傷もある服を直してほしい。
そんな願いが不思議だったのか。首を傾げたエスティナに、俺は自分の想いを伝える。
「その、俺にとってこれって、向こうの世界を感じられる数少ない物でさ。だから大事に残しておきたいし、時々着たいなって。あ、勿論これは俺からのお願いだし、時間がかかっても費用は頑張って返すよ。だから、エリスさんに頼んでもらえないかな?」
「うん。構わないよ。でもお金の事は気にしなくてもいいと思うな。お祖母様はあなたの面倒見る気満々だもん」
「それはありがたい話だけど。この世界で暮らす以上、ずっと助けてもらってばかりでもいけないから」
そうなんだよ。
ここで暮らす以上、自分のことは自分で何とかできないといけない。
特にこれは自分の持ち物。だからこそ、しっかりしとかないとって思ってさ。
「ふふっ。リュウトって真面目だね」
「そうかな?」
「うん。そういう所も素敵だよ」
感心した彼女が、俺にはにかんでくれる。
こういう反応をされる度、凄く気恥ずかしくもなり、凄く嬉しくもなる。
……やっぱり、エスティナは優しいし可愛いな。
こんな子に好きになってもらえたら、どれだけ幸せなんだろう?
内心、少しだけ彼女の想い人に嫉妬しながらも、俺は今このエスティナの優しさに感謝して、そんなもやもやを飲み込んだんだ。




