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来界者《フォールナー》リュウトの異世界遍歴 ~勇者の息子の最初の仕事は、女子寮の雑務係でした~  作者: しょぼん(´・ω・`)
第一巻/第三章:勇者の息子、女子生徒達に印象づく

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第十話:残された不安

「では、順番に話を聞かせてもらいましょうか」


 あの後、女子寮にやって来たエリスさんが、今回の件で直接あの男と戦ったり、関係した人だけを寮の応接間に集め、事情聴取を始めた。


 集められたのは、俺とミネットさん。

 男を止めるために戦ったクラウディスさんに、イリアさんとミレイ。

 そして、サラさんとドルチェさんに、彼を捕らえた後、色々と調べていたデルタさん。

 流石に人も多いし、ミャウにはエスティナと一緒に俺の部屋にいてもらうことにした。


 応接席には、片方にはエリスさんとミネットさんが。反対側にはクラウディスさん達三姉妹が座り、その後ろにサラさん、ドルチェさん、デルタさんと俺が立っている。


 まず、エリスさんが確認したのは、ミネットさんが狙われた理由。だけど、彼女にはほとんど心当たりがないようだった。


「確かにあの人は、一度あたしに告白してきました。でも全然知らない人だったし、それを断ったんです」

「その以外で面識は?」

「ありません。だいたい、以前会ったときはもっとおどおどしてたんですよ? あまりの反応の違いに、最初は誰だか分からなかったくらいですよ」


 不満をぶち撒けるように話すミネットさんだけど、あそこまで恐怖させられたらこうもなるか。


 ちなみに、この会話でミネットさんが嘘を言うことも出来たと思うんだけど、多分これは事実だと思う。


 実際攫われそうになっただけじゃなく、命まで狙われかけたんだし、結果としてみんなの命を危険に晒しもしたんだ。

 流石に罪悪感もあるだろうし、何となく彼女の雰囲気から、あまり包み隠さなそうな気もしたしさ。


「どうやって貴女あなたの前に現れたのですか?」

「わかんないです。部屋がノックされたからドアを開けたら、既にそこに立ってて」

「それなら、あたしが見てた」


 エリスさんとミネットさんの会話を遮るように声をあげたのは、意外にもイリアさんだった。


「廊下を歩いてたら、あいつがミネットの部屋の前に、突然姿を現したんだ」

「突然ですか?」


 眉間に少し皺を寄せたエリスさんに、彼女はしっかりと頷く。


「ああ。すーっと姿が見えたあの感じは、多分姿隠し(インビジブル)じゃねえかなと思う」

「ですがお姉様。この寮では中級以上の術は使えないように──」

「そんなのわかってるよ! だから多分って言ったんだ」


 思わずミレイにきつく当たったイリアさんだけど、彼女も自身の不甲斐なさを思い出してか。ちっと舌打ちして視線を逸らし、はがゆさを見せる。


「そういえば、あの男が狼人ワーウルフに変身したのも、正直不可解ですよね」

「それだよ。怪しげな色の薬を飲んだのはわかる。それであそこまでの変貌を遂げたけど、そんな薬なんて聞いた事ないし」


 ドルチェさんが首を傾げると、サラさんが相槌を打ちつつ、俺が持っていた疑問を口にした。


「校長。今回起きた事は、私達で説明できる代物ではありません。こう考えると、世間には出ていないような、何か怪しげな物が使われた可能性もあるのではないでしょうか?」


 クラウディスさんの言葉も最も。

 でも、俺が知る限りそんな薬は──。

 そこまで考えた時、ふっと頭にある事が浮かんだ。


 戦っている最中には気づかなかったけど、そっちの可能性ってのはあるんだろうか?


「確かに。その可能性も否定はできませんね」


 真剣なクラウディスさんに、少し渋い表情でエリスさんが頷く。


「とはいえ、今ここで全てを解明するのは難しいでしょうし、この学園が被害にあったのも、偶然という可能性も十分あり得ます。この先の調査は、国に任せる事にしましょう」


 国に任せる、か。

 まあ、確かにそれだけの事態ではあるか。

 実際ここので事件も、たまたまミネットさんを好きになった奴が、それらを手にしただけってのも考えられるし。学園狙いって考え方は捨ててもいいかもしれない。


「傷を負った者こそいましたが、生徒や職員みんなが無事だったのは、ひとえに貴方達あなたたちのお陰です。皆さん。ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 エリスさんは座ったまま。ミネットさんは勢いよく立ち上がった後、互いに頭を下げてくる。


 それに対し、みんなも釣られて頭を下げ、それをもってその場は解散となったんだけど。

 俺とデルタさんだけはエリスさんに呼び止められ、部屋に残る事になった。


   § § § § §


 向かい合い座る俺を見つめていたエリスさんが、ゆっくりと語り始めた。


「リュウト君。貴方あなたは犯人の変貌、どう思いますか?」


 問いかけられた俺は、少しだけ頭で言葉を整理する。

 ……まあ、エリスさんは両親と一緒に戦った勇者パーティーの一員だし。話しても伝わるか。


「俺の知っている範囲では、あの男が使ったような薬の情報なんてありませんでした。ただ……」

「ただ?」

「その……邪降術じゃこうじゅつなら、ああいう事ができそうじゃないかって、ちょっと思いました」


 ……邪降術じゃこうじゅつ

 邪神が存在した時代に、悪しき神を信仰していた者に授けられた力だって、両親から聞いていた。

 でも、父さん達によって邪神が倒された直後、その使い手はその力を失ったって聞いたんだど……。

 

「……やはり、貴方あなたもそう思いますか。デルタ。例のものを」

「はい」


 エリスさんの指示に、デルタさんがテーブルの上にふたつの物を置いた。

 ひとつは、あいつが飲んだ薬が入っていたであろう空き瓶。

 もうひとつはネックレスだと思うけど……あれ?

 俺は思わず首を傾げた。


 あいつは確かに言っていた。

 初級の魔法を封じる術消失マナバニッシュのアイテムを持っているって。

 だけど、これはどう見ても魔力なんて帯びてなんていない、ただのネックレスだ。


「このネックレスって、何も付与されていないですよね?」

「はい。ですが、あの男が持っていたアイテムらしき物はこのふたつだけです」

「え? じゃあどうやって術消失マナバニッシュを?」

「そこなのです」


 俺の疑問に、エリスさんもまた神妙な顔をする。


「男はその空き瓶に入っていた液体を飲み、変貌したと聞きましたが」

「はい。俺も見てましたんで間違いないです」

「変貌の前、実際にカサンドラの鎖蛇チェーンバイパーを止めたというのは?」

「それも目撃してます。その時あいつは言ってました。ここの事はしっかり調べて、術消失マナバニッシュを用意したって」

「ですが、事実ここには何もありません。勿論、貴方あなたの剣でアイテムが砕かれたような跡も」


 それを聞いた時。

 ふと、さっきのミネットさんの話を思い出す。


「さっきミネットさんは、あの男と以前会った時、もっとおどおどしてたって言ってましたよね?」

「……ええ」

「つまり、あの時にはもう、何かをされていた……」


 ……それだとすれば、辻褄は合う。

 だけどそれは、俺やエリスさんの推測が、一歩黒に近づいたって事……。


「あの。寮に敷かれている魔法の制限に、邪降術じゃこうじゅつは含まれていますか?」


 俺が真剣に問いかけると、エリスさんはゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。術の制限を掛けるには、術自体を媒体に掛ける必要があります。ですが、昔の邪神との戦いの後、邪降術じゃこうじゅつの使い手は存在しなくなった為、術の制限を施すまでには至っておりません」


 語りながら、表情を曇らせる彼女。

 きっと、推測が真実だった時の事を考えているんだろう。


 目を背けたい推測。

 だけど、何となくそれは、目を背けてはいけない物にも感じ始める。


「……考え過ぎはいけませんね。リュウト君もお疲れでしょう。お話はここまでにしましょう。戻って結構です」

「あ、はい。お疲れ様でした」


 気持ちを吹っ切るように微笑んだエリスさんの言葉に、俺は頭を下げると背を向け扉に歩き出す。


 でも、心にはさっきのもやもやが残ったまま。

 そんな気持ちで鬱々としかけた時。ある日の想い出が蘇った。


  ──「父さんって、異世界転移した時どう思ったの?」

  ──「そうだなぁ。最初は訳もわからなかったし、必死なだけだったな」


 互いに向かい合い居間のソファーで並んでテレビを見ていた時、投げかけてみた素朴な疑問。

 顎に手をやり何かを考え込んだ父さんは、こっちに顔を向けると、笑顔でこう言ってたっけ。


  ──「でも、仲間ができて、世界を旅して。勇者の再来なんて言われるようになった頃、こう思ったんだ。この世界に転移したのには、理由があったのかもって」

  ──「理由……」

  ──「ああ。俺がこの手で誰かを助ける為に、この世界に呼ばれたんじゃないかって。ま、当時そう思った時は、随分重い理由で呼び出しやがってなんて、神様に恨み言を言ってやりたかったけどな」


 ……勇者の息子である俺が、突然転移した理由……。

 まだ来たばかりだし、そんな漠然とした物なんてわかるわけじゃない。

 だけど、俺はここに転移したから、さっきみんなを助けられたんだよな……。


「……リュウト君?」


 物思いに耽っていた俺を現実に呼び戻す、エリスさんの不思議そうな声。

 気づけば俺は、扉の前で立ち止まっていた。


 エリスさんが見せた影のある表情を思い出し、俺は下ろしていた手をギュッと握る。


 ……そうだよな。

 エスティナに何かあるのも嫌だけど。

 エリスさんがあんな顔をするのも、俺は嫌だ。

 だから──。


 俺は静かに振り返ると、彼女をじっと見つめる。


「エリスさん」

「はい。何でしょう?」

「……頼りないかもしれません。でも……俺がいますから」


 それだけの短い言葉。

 でも、俺はそこにできる限りの決意を込めた。


 まだまだ未熟。まだまだ覚悟も足りない。

 だけど、もしもの時には、俺は勇者の息子であろう。護りたい人々を護ろう。

 そんな、身分違いの拙い決意を。


 突然の言葉にはっとし、暫く目をみはったエリスさんが、ふっと微笑む。


「……ええ。頼りにしております」


 表情の影が消えたのを見て、俺も微笑み返すと、


「それじゃ、失礼します。おやすみなさい」


 頭を下げ部屋を出た俺は、人気のない廊下を、俺はゆっくりと歩き出す。

 もしもの時には絶対、大事な人達を護ってみせる。

 それが俺が存在する意味だと信じて、静かに決意を固めながら。

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