第一話:申し出
あの後俺は、一度部屋を出たエスティナが、少しして持ってきてくれた夕食を口にした。
流石にベッドの上でってのも何だから、一旦テーブルに移り、エスティナは俺の向いに座る。
ミャウはクッションに横になりながら、ミルクと合わせて出された焼き魚のほぐし身を食べている。
あの満足げな表情。相当気に入ってるみたいだな。
俺の方はトマトっぽい酸味の強いスープに、米のような穀物が入ったリゾット。
流石にエリスさん宅でご馳走になった食事よりずっと質素だったけど、食事はお袋の味って感じの豪華な食事とは違う美味しさがあって、俺はそれをペロリと平らげてしまった。
異世界でのこういう料理は、この先食堂のお手伝いなんかで作り方とか学べるかもしれないんだよな。
そんな環境を思うと、ちょっと楽しみになってくる。
でもなんていうか、建物とか人種、服装で異世界って空気は十分感じているけど、こういう日常のちょっとした所でこっちの世界の違いを感じるのは何気に楽しいんだけど。
こういう余裕が出たのも、エスティナが一緒にいてくれて、気持ちが楽になっているってのは絶対ある。
そういう意味じゃ、ほんと彼女には頭が上がらないよ。
「ふふっ。やっぱり食べっぷりが、男の子って感じだね」
俺の向かいに座った彼女の言葉。
こういう事を女子に言われた事なんてないから、どうにも背中がこそばゆい。
「それだけ美味しかったから。これ、やっぱり寮の食事なの?」
必死に恥ずかしさをこらえつつ俺がそう尋ねると、彼女は少しもじもじとすると。
「ううん。私が作ってきたの」
そう、小さな声で口にした。
「え? これ、エスティナが作ってくれたの?」
「うん。本当に美味しかった?」
「そりゃもう。これだったら、きっと気になる人の胃袋も掴めると思うよ」
「そっか。そう言ってもらえると嬉しいな」
俺の褒め言葉に、嬉しそうにはにかむエスティナ。
うん。本当に美味しかった。
彼女が好きな人もこれを食べたら、きっと喜ぶに違いないよな。
そんな事を考えると、ちょっと切なくもなるけれど。俺はそれでもエスティナの微笑みに、感謝の笑みを返す。
まあ、好きな子が笑ってくれる。
それが嬉しいってのは、間違いなくあったしさ。俺も現金な奴だって思うけど。
「ちなみに、リュウトってどんな料理が好きなの?」
料理に絡んでか。ふとエスティナが、俺にそんな疑問を投げてきた。
うーん……。そうは言ってもなぁ……。
「ごめん。俺、まだこの世界の料理、あまり知らないし」
ちょっと困った顔で笑うと、あっと彼女は口に手を当てる。
「そういえばそうだよね。ごめんね。変な質問しちゃって」
「あ、ううん。ちなみに、昨日今日でご馳走になった限り、さっきのリゾットもそうだったけど、肉料理はどれも結構美味しかったよ。って、参考になるかわからないけど」
「そっか。ありがとう」
何とか俺がそう取り繕うと、彼女は納得した顔でにっこりと笑ってくれた。
でも、俺の好きな物を聞いてくるってことは、もしかしてまた彼女の手料理でも食べられるんだろうか?
それを考えると嬉しくはあるんだけど、同時に余計な手間を掛けていないかって心配にもなるな……。
コンコンコン
と、そんな事を考えていると、部屋をノックする音が聞こえた直後。
「エスティ。みんな待ちくたびれちゃうよー」
という、何とも軽い、どこかギャルっぽい雰囲気の声が扉の向こうから聞こえてきた。
それを聞いた瞬間。エスティナの表情が笑みから一転、はぁっとため息を漏らす。
「リュウト。どうもみんな、気が逸ってるみたい。この後、お時間もらっても大丈夫かな?」
「あ。うん。わかったよ」
何処か申し訳無さそうに尋ねてくる彼女に、俺は内心覚えた緊張を隠し、笑顔で頷いてみせた。
§ § § § §
夕食の前にエスティナが教えてくれた、他の生徒との交流の話
それは、女子生徒達が俺とミャウに挨拶をしたいっていう申し出だった。
それを聞いた時には、そこまで驚きはなかった。
まあ、この申し出の理由の大半は、俺じゃなくミャウが目的だろうって、挨拶時の反応で分かってたしさ。
ただ、それでも全校生徒のほぼ全員って話を聞いた瞬間、目を丸くした。
確か、聞いた話じゃミレニアード魔導学園は三学年制で、一学年だいたい百人くらい。
つまり、合わせて三百人はいるわけで。
何故かそれを聞いて、脳内でアイドルの握手会みたいなのをイメージしちゃって、一応ミャウに大丈夫かは確認したんだけど。まあこいつも優しい猫だし、エスティナが申し訳なさを見せてたのもあったのか。素直に頷いてくれた。
とはいえ、流石に人数も人数だし、一度に複数人で会い、軽めで切り上げてもらう事。
ミャウが嫌がった時に無理強いしない事。
あと、一日で会う人数も相当。
だから、俺が名前を覚えきれない可能性がある事を了承してもらう事を条件に、申し出にOKを出す事にしたんだ。
ちなみに、エスティナからも俺の体調も鑑みて、俺とミャウがベッドの上で応対する事を提案された。
それが非礼に当たらないかを心配したけど、
「そこはみんなにちゃんと言い聞かせるから」
と、しっかり口にした彼女を信じて、お言葉に甘える事にした。
流石にこの時間にもなると、そこまで気を遣ってもらわなくてもいいくらいには体調も回復はしてた。
けど、万が一の事もあるし、長丁場になるだろう事も想像はついてたからさ。
§ § § § §
「じゃあ、みんなに準備してもらったら、またここに戻ってくるから。二人はベッドに移っておいて」
「わかった」
「それじゃ、また後でね」
手を振り笑顔で部屋を出たエスティナは、外にいたであろう友達らしき子と色々話を始めたようだった。
「ミャウ。大変かもしれないけど、よろしく頼むな」
「ミャウミャウ」
ミャウが夕食を食べ終えた皿をテーブルに上げると、俺達は立ち上がりベッドに場所を移る。
そして、俺が上半身をベッドボードに預ける形で座ると、その脇にミャウが陣取り、俺達は準備を整える。
……正直これ、俺いるかな?
未だ緊張感の抜けないまま、そんな事を考えていると。
「ミャーウ」
まるで、必要だと言わんばかりに、俺の腕に頭を擦り付け、こっちに笑顔を向けてくれるミャウ。
……そうだよな。
ミャウも最初はこの世界で一人で不安だったんだし、こいつを一人にしたら可哀想だ。
「ありがとな」
俺がゆっくりと身体を撫でてやると、目を細め幸せそうな顔をするミャウ。
腕に感じる温もりにちょっと安堵しつつ、俺達は始まりの時を静かに待ったんだ。




