第八話:真実の在り方
あれからどれくらい経ったか。
扉をノックする音に、俺の頭が急に覚醒した。
目を開くと、窓から入る光が少し夕焼け寄りになっている。
そのまま上半身を起こすと、同じく顔を上げたミャウと扉に視線を向けた。
コンコンコン
また聞こえたノック。
「はい」
「エリスです。入ってもよろしいかしら?」
「あ、はい。どうぞ」
俺がそう声をかけると、扉が開き、朝見た時と同じ正装のエリスさんと、制服姿のエスティナが姿を見せた。
何となくその後ろに女子生徒達の姿もあるけど、こないだと同じく野次馬だろうか?
とはいえ、部屋に入ってきたのは二人だけ。
そのまま扉は閉められた。
「リュウト、大丈夫?」
心配そうな顔のエスティナが、ベッドの脇まで来て俺の顔を覗き込む。
って、ちょっと近いって……。
俺は思わず赤くなった顔を見られたくなくって、顔を背けたんだけど、それは意味をなさなかった。
「顔が赤いけど、熱でもあるの?」
「あ、いや。大丈夫だよ。ちょっと前までは少し気持ち悪かったけど、横になってたから楽になったし」
「そっか。マナードさんから聞いたよ。急に倒れたって」
「あ、うん。理由はよくわからないんだけど、急に気持ち悪くなっちゃって。それで気がついたら意識を失ってたんだ」
「彼女からも伺いましたが、あの時何が起きたか分からないのは本当ですか?」
「はい。自身の体調の異変は強く感じましたけど……」
ベッド側の椅子にゆっくりと腰掛けたエリスさんの問いにそう答えると、彼女は何かを考え込んでいる。
現場検証みたいな事はしてたってマナードさんも言ってたから、ある程度話は通じるだろうか。
「……やっぱり、あれって起こり得ないんですか?」
何となく外の野次馬を気にして、俺が声のトーンを落とし、そんな曖昧な問いかけをすると、エリスさんは俺の空気を察したのか。小さく頷くと、目を閉じ何かを思い返すような表情で、小声で話を続けた。
「ええ。私の知る限り、ですが」
「つまり、神の奇跡、的な感じでしょうか?」
「そう言っても過言ではないしょう。が、ひとつだけ分かった事もあります」
「分かった事ですか? それって一体……」
……まさか、俺が魔法を使ったのがバレたんだろうか?
内心びくびくしつつも、俺は平然を装いそう尋ねてみる。
少しの間沈黙したエリスさんは、ゆっくりと目を開けると、一言こう言った。
「あの状況を生んだのは、魔法だという事です」
「え? あり得ないのに魔法だというのですか?」
俺より先に、エスティナが驚いてそう問いかけると、エリスさんは彼女に顔を向ける。
「あそこにあった魔力溜まりは、私とマナードが駆けつけた時には消えていました。そして、ミャウが私達の元に駆けつける直前、私は強い魔力の膨張を感じたのです」
「魔力の、膨張……」
茫然としながら呟くエスティナ。
俺にはそこまでの感覚は分からなかったけど、きっと間違いなく、俺が術を使った事によるものなんだろう。
……エリスさんに気づかれてるんだろうか?
状況が見えない中、彼女は俺に視線を向けてくる。
「あそこまで大きな魔力の動きは、私ですらほとんど経験はありません。が、逆を返せば、過去に経験した時にはいずれも魔法が関係していたからこそ、そう推測立てています。……リュウト君は、本当にその時の事を何も覚えていないのですか?」
疑い、というよりは、念押しに感じるエリスさんの重い言葉。
どこまで彼女が察しているかは判断できないし、彼女だったら信じてもいい。そんな気持ちもあった。
だけど俺は──。
「……はい。すいません」
敢えて、嘘を選択した。
その理由は。扉の向こうにいた野次馬を気にしたのもある。
けど、もうひとつ。
この世界にない魔法の技術をわざわざ明らかにするのは、この世界での魔法の在り方を替えてしまう可能性もあるんじゃないか。そう懸念したからだ。
それが革新的な技術として、世界の役に立つ可能性もある。
でも、それが逆に、悪い方に進化する可能性だってあるのは、俺の世界の技術も同じ。
勿論、それをエリスさんがそうするって話じゃない。
でも、そこから技術が広まれば、それだけ多くの人の目に触れ、将来それを悪用するような危険が生まれることもある。
特に時間制御なんて、今は生物に効果なんてないけど、進化次第ではよくファンタジーで出てくる死霊術師みたいに、人を生き返らせるような事ができちゃう可能性だって否定できない訳で。
それが世界にとって良いのか悪いのかはわからない。けど、俺はそれが、この世界の生命に対する禁忌にも思えちゃってさ。
だから、どうしてもそれを人前で使わざるを得ないような事が限り、これらの俺しか使えない魔法は、自分の心の中に留めておこうと思ったんだ。
無詠唱ができるお陰で、魔方陣を描きでもしなきゃそこまで怪しまれもしないし、隠し通すのは難しくないしさ。
俺がそんな重い事を考えているなんて、エリスさんも思ってなかったんだろう。
「ミャウは、何かを見ていませんか?」
念のためか。彼女もミャウにも問いかけたけど。
「ミャウミャウ」
あいつは俺に合わせるように、迷わず首を横に振り否定した。
「そうですか……」
あまりに自然に首を振ったからか。エリスさんも少し残念そうな顔を見せる。
「お祖母様は、何が起きたかを明らかにしたかったのですか?」
「ええ。あの事象は驚きの多いものでしたから。大賢者としては、それらを知識とし、時に未来に活かせればとも思ったのです」
……多分、エリスさんのこの言葉は本音かな。でも、だからって信念を曲げる訳にいかないし、心を鬼にしないと。
「……さて」
エリスさんがすっと立ち上がると、俺とミャウに顔を向ける。
「あまり長居をして、他の生徒との交流の邪魔をしてもいけませんね」
「え? 交流、ですか?」
俺がきょとんとすると、彼女は意味ありげな笑みを浮かべたけど、答えを言葉にはしない。
「エスティナ。私はこのまま屋敷に戻ります。集会でファミエ先生が皆に伝えた通り、貴女には寮での彼の面倒を見ていただきます。後は、お願いしますね」
「はい」
返事と共に頷いたエスティナを見て、小さく頷いたエリスさんは、そのままゆっくりと扉に向かう。
「ではリュウト君。よい異世界生活を」
扉を開ける直前。
振り返る事なくそう言ったエリスさんは、そのまま扉を開け、部屋を去っていった。
彼女が出て行くまでの間に、ちらりと見えた野次馬らしき女子生徒達。
扉が閉まるまでに誰かが下手に飛び込んできたりはしなかったけど、やっぱりそれなりにいるなぁ……。
バタンと閉まった扉に、一旦自分もほっと息を吐く。
真剣な会話は、自然と緊張を煽ってくる。
特に自身の力を秘密にしなきゃいけない時なんかはさ。
「お祖母様との会話なんだし、そんなに硬くならなくてもいいのに」
くすっと笑いながら、残されたエスティナはベッド脇の椅子に腰掛ける。
「今日は無理させるなってマナードさんからも言われてるから、食事は後で持ってくるね」
「あ、うん。助かるよ」
そういや、気づいたら結構寝過ぎて、昼飯を食いそびれてたな。
そんな事を思った矢先。
ぐーっ
想いに応えるように俺のお腹がなってしまい、慌てて両手でお腹を押さえてしまう。
そんな意味のない反応をした俺を見て、エスティナはくすっと笑う。
「まだ寮の食堂の夕食の時間じゃないけど、もうすぐだから我慢してね」
「うん。ごめん……」
「ううん。でも、照れるリュウト、ちょっと可愛かったかも」
悪戯っぽい笑みの可愛さと、揶揄われた恥ずかしさが重なって、俺は頬を掻きながら視線を泳がせると、慌てて話題を逸そうと口を開いた。
「そ、そういえば。エリスさんが、他の生徒との交流の邪魔になるとか言ってたけど、あれってどういう意味?」
そう。
あの意味ありげな言い回しが、ちょっと気になったんだよね。
それって、外の野次馬のようにいた生徒達と関係があるんだろうか?
「あー。あれはね……」
俺の疑問に、エスティナは少し困った顔をすると、その内容について話してくれたんだけど。
それは俺にとっても、ちょっと予想外の言葉だったんだ。




