第七話:その後
……ん……。
俺の意識がゆっくりと目覚めた。
まだ全然ぼやーっとしてるけど。
……えっと……俺、何してたっけ……そうだ!
俺、貯蔵庫で時間制御を使って──!!
「いつっ!」
術を使って倒れた現実を思い出し、思わず上半身を勢いよく起こした俺は、瞬間走った頭痛に、思わず額を抑えた。
「あーら。やっとお目覚めね」
「ミャウ! ミャウ!」
俺は、掛けられたほんわかした声にはっとし、視線を横に向ける。
と、そこにはほっとしてベッドに上半身を乗り上げたミャウと、ベッドの脇の椅子に座り、優しげな笑みを見せるマナードさんだった。
「……俺、一体……」
「いえね。突然エリスが突然、貯蔵庫で何かがあったって口にしてね。その時ミャウちゃんが食堂に現れて、必死に私達に来てって素振りをしたの。それで慌てて向かってみたら、既にあなたが倒れてたのよ」
「そうだったんですか……」
確かに俺の意識が切れる直前、倒れたのは覚えている。
って事は、ミャウは異変に慌てて二人を呼びに行ってくれたのか。
エリスさんはその前に貯蔵庫で何かあったって気づいたっぽいけど、俺が術を使ったのに気づいたのか?
それとも、何か異変を感じとっただけか?
色々と考えようとするけど、あまり頭が回らない。まだ気持ち悪さが残っているせいで、嫌な頭痛に顔を顰めてしまう。
「リュウト君。今は素直に横になってなさい。顔色も悪いし」
「あ、はい。すいません……」
心配し声を掛けてくれたマナードさんにぺこっと頭を下げると、俺は再びゆっくりとベッドに横になった。
「そういえば、ここは……」
軽く部屋を見回す。
当たり前だけど見慣れない部屋。
でも、この間のエスティナの部屋と比べても、妙に調度品が豪華だし、ベッドも結構良さげな感じだけど……。
「今日からあなたが暮らす部屋よ」
「え? そうなんですか? 随分豪華な部屋ですけど、ここ、女子寮ですよね」
「勿論。客間を改装した部屋なのだけど、調度品はエリスが持ち込ませた物よ。随分値の張る物を揃えてきたけれど、あなたが来界者とはいえ、流石にやり過ぎな気もするわね」
なんて言いつつ、マナードさんはくすっと笑う。
二人の関係性はわからないけど、この感じだと普段のエリスさんらしくない対応をしてるって事なんだろうな。
まったく。
いくら俺が父さんや母さんの子だからって、そんなに気を遣わなくってもいいのに。
……あ、そういえば。
「エリスさんは?」
「貯蔵庫の状態を一通り確認した後、一度学園に戻られたわ。また夕方に顔を出すそうよ」
「それ以外に何か言ってましたか?」
「今日はリュウト君には無理せず休むようにって言ってたわね。今日は言葉に甘えて、このまま休みなさい」
真剣な顔の彼女に、俺は少し申し訳ない気持ちになる。
「すいません。来た矢先にご迷惑をかけてしまって……」
「いいのよ。その分、明日から頼りにしてるわね」
俺を安心させるように、にっこりと笑ってくれるマナードさん。
と、そこで彼女は何かを思い出したのか。こんな質問をしてきた。
「あ、そうそう。リュウト君は貯蔵庫で何があったのか、覚えてる?」
「え? いえ。何か急に気持ち悪くなって、いきなり倒れちゃって、そこから先の記憶が無いんです。何があったんですか?」
咄嗟に俺は半分嘘を口にしつつ、マナードさんに尋ね返す。
すると、彼女は顎に手を当て、不思議そうな顔で話し始めた。
「それがね。例の水性泥霊の件で水浸しになって傷んでしまった食材が、みんな元の乾いた状態に戻ってたのよ」
「え? そんな事あるんですか?」
「いいえー。こんな経験は私も生まれて初めて」
「そういう魔法とかはあるんですか?」
「ないわ。だからこそエリスも不思議がってたのよ。一体何があったのかしらねー」
うーんと首を傾げるマナードさん。
今の話だと、俺が思った通り、時間制御のような便利な魔法はないって事か。
だとしたら……。
「きっと、困ったマナードさんを見かねて、神様が助けてくれたんじゃないですか?」
俺は、そんな当たり障りのなさそうな言葉をかけてみたんだけど。それを聞いた彼女はふふっと微笑む。
「だと良いのだけど。とはいえ、あれだけの食材を処分するのも、書い直すのも大変だったし。本当に助かったわ」
その表情に言葉通りの安堵を感じ、俺も横になったまま自然と笑みを浮かべた。
良かった。
マナードさんの役に立てて。
内心ほっとしていると、彼女はこんな言葉も付け加えてきた。
「でも、神様もどうせだったら、娘に素敵な彼氏を与えてくれたらいいのに」
「え?」
サラさんの彼氏さん?
俺がきょとんとすると、マナードさんは笑顔のまま話を続ける。
「ええ。あの子は男勝りだから、そういう浮いた話が全然ないのよー。私はそっちの心配をずっとしているのだけど。よいしょっと」
少しだけ苦笑したマナードさんは、そのまま椅子から立ち上がった。
「ちょっと寮内の掃除とかもあるから、一旦お暇するわね。落ち着いたら食事を持ってくるから、大人しく寝てなさいね」
「あ、はい。お手数おかけします」
「いいのよ。それじゃあね」
ほのぼのさを感じる優しい笑顔をもう一度向けてくれたマナードさんは、俺に手を振ると、そのまま部屋を去っていった。
……でも、うまくいって良かった。
正直、あの気持ち悪さがあったから、術が変な風に発動してたらどうしようかと思ったけど。
でも、この間塔の部屋で光明を使った時は、こんな風に気持ち悪くなる事なんてなかったよな。
違いは何なんだろうか?
頭の中でぼんやりと考えていると、ふと前に母さんから聞いた話を思い出す。
……確か、現代世界はこっちより魔力が薄いって言ってたよな。
しかも、今回は貯蔵庫が魔力溜まりになっていたってエリスさんも言ってたし、その辺が影響したんだろうか?
使ってた術も、光明は下級魔術だけど、時間制御は上級レベルだから魔力消費も全然違う。
って事は、減った魔力を一気に身体が補給しようとして、一気に身体に魔力が回って気持ち悪くなった。この辺が可能性としては高そうか……。
まあ、これが正解かはわからないけど、今後は気をつけないと。
何かいいトレーニングでもできるといいんだけど、これも慣れるもんだろうか?
そんな事をぼんやり考えていると、
「ミャーウ」
まったく……と言わんばかりの顔をしたミャウが、ベッドに乗っかってくると俺の横に並び、べたっと身体をベッドに伏せた後、舌で俺の顔をぺろっと舐めてきた。
「ごめんごめん。エリスさん達を呼びに行ってくれてありがとう」
「ミャウミャウ」
俺の言葉に、お返しは? と言わんばかりに頭を俺の手に擦り付けてくる。
ったく。甘えん坊だな、お前は。
「はいはい」
俺が頭を撫でてやると、ミャウは嬉しそうに目を細めた後、ほわーっと大きな欠伸をする。
確かにまだちょっと眠いな。まずは素直に少し休むとするか。
ふと部屋を見れば、ミャウの寝床を意識したであろう大きな椅子型のクッションがベッドの隣に置かれてる。
「ミャウ。あそこじゃなくていいのか? 寝心地良さそうだけど」
そう声をかけたけど、あいつは顔を上げちらりとクッションを一瞥すると、俺の身体に顔を埋め、寄り添い目を閉じる。
ったく。まあ、いいけどさ。
思わず苦笑した俺は、ミャウに倣って目を閉じたんだけど。
やっぱりまだ身体が疲れていたのか。思いの外早く、眠りに落ちていった。




