第二話:猫の一声《ひとこえ》
俺がずっと悩んでいるうちに、気づけば馬車はミレニアード魔導学園の校門前に到着した。
空は俺の心なんて無視したような快晴。
既に生徒達は登校を終えているのか。
校門前に生徒の気配はない。
ぱっと見校舎っぽい建物の教室にも生徒がいないように見えるけど、もう何処かに集合してるんだろうか?
「リュウト君。付いてらっしゃい」
「はい」
いきなり女子学生達の奇異の目に晒されなかった事にほっとしつつ、俺とミャウはエリスさんに案内されるまま校舎に入り、彼女の後ろを付いて廊下を歩き始めた。
校舎内はやっぱり女子寮と同じで、少しレトロな西洋風って感じだけど、見た目古過ぎてボロボロなんて事はない。
要所要所の柱の装飾なんかも、エリスさんの住んでいた屋敷なんかに近い豪華さを感じる。
本当なら、もう少しゆっくり見たい所だけど、今はそれどころじゃないか。
建物を出て屋根付きの渡り廊下を抜けた後、別館らしき大きめな建物の入り口から中に入った。
エリスさんはエントランスを抜け、正面の大きな扉を避けると、端の廊下を歩いて行く。
この辺まで来ると、生徒達のガヤガヤとした声が壁越しに届いていて、いやが上にも緊張感を高めてくる。
「ミャウ……」
と、俺と並んで歩いていたミャウが小さく鳴くと、不安そうな顔を見せる。
俺に釣られて不安になったのか。
……いや。もしかしたらこっちを心配してくれてるのかもな。
「ごめん。大丈夫だよ」
小声で返事しつつ笑うと、あいつもにっこりと笑う。ミャウのそんな顔が、俺の緊張を少しだけ和らげてくれる。
そのまま奥の壁に見えた扉を開け、エリスさんが中に入ると、そこは講堂のような場所のステージ袖だった。
広いステージの真ん中に見える演台。
既に幕は上がっていて、ステージの向こうが見えるんだけど、一段下がった場所の少し奥には、階段状に長い固定式のテーブルがあり、そこに並んで女子生徒達が席に付いている。
同じく袖にはけていた教師達であろう大人達が、エリスさんの到着に頭を下げると、ステージに出て行くと、演台の後ろのステージ壁沿いに並んで立つ。
それと同時に、一人の女子教師が講壇に付いた。
「お静かに」
眼鏡を掛けた、兎耳をした大人びた獣人族の女性。
彼女の落ち着いた声に、騒がしかった講堂が一気に静まりかえる。
「では、全校集会を始めます。最初に校長先生よりお話を賜わります」
司会進行を務めるであろう女性が講壇の側面後方に捌けると、
「私が声をかけたら、壇上に」
エリスさんが俺に向けそう小声で言い残し、ゆっくりとステージに歩み出て講壇に立った。
「皆さん。おはようございます」
「おはようございまーす!」
女子全員の挨拶の声。
今までだって、男女一緒とはいえ小中高と何度も経験してきた事のはず。
だけど、女子だけっていう独特の雰囲気が、俺の不安をより掻き立てる。
よく考えてみろ。
体育館のステージに上がったのなんて、合唱コンクールだとか、卒業式に卒業証書貰う時くらい。
誰かに向け自己紹介するのだって、クラス替えの最初くらいなもんだし、あれだって教室内での出来事でしかないだろ。
それが、壇上で女子生徒相手に、女子寮に住むからって理由で自己紹介とか、どれだけ無茶な依頼だって話で。
何で話がきた時に断らなかったんだよ……。
そんな後悔をしたものの、エリスさん直々の話だったし。
話を貰った時点でここまでプレッシャーになるって思い至らなかった、自分の思慮のなさもあるもんな。
まあ、自業自得か……。
「まず、私から皆さんに大事な事をお伝えいたします」
エリスさんは、そんな前置きから話を始めた。
「先日、女子寮にて男子が侵入したと報告がありましたが、こちらについて調査を進めた結果、彼が来界者である事が証明されました」
その瞬間、席に座る女子生徒達からどよめきが上がったけど、それを先程の眼鏡の女性の咳払いを聞き、また場が静かになる。
「また、それより以前に姿を見せた獣についても、彼が飼い主の猫である事もわかりました。これらの状況から、各国にて制定されている来界者保護法に則り、彼、及び彼の飼い猫について、ミレニアード魔導学園の女子寮にて保護する事となりました」
「……えええええっ!?」
一拍の間を置き、さっきの比じゃない程のどよめきが起こる。
まあ、そんな声も上げたくなるよな……。
否定を強く感じる声に胸が苦しくなり、思わず制服の胸元を掴み、ぎゅっと握ってしまう。
落ち着け。落ち着け……。
目を閉じ、心の中で念仏を唱えるかのように言葉を繰り返し、何とか心を落ち着けようと心がける。
「静かに」
さっきと違い、少し語気を強めたエリスさんに、再び行動は静けさと緊張に包まれた。
「皆さんの想いも最も。ですが、残念ながら法は絶対です。勿論、来界者だからといって、犯罪を犯すような者であれば別の法を以って裁きを受けますが、彼に事情を聞いた限り、そのような不実な方には感じられませんでした。ですから、皆さんもどうか、寛大な心で受け入れてあげてください」
落ち着いた語り口調でそう言い切った彼女は、講壇からこちらに顔を向ける。
「では、自己紹介をいただきましょう。リュウト君。こちらへ」
……ついに、この時か。
俺はエリスさんに頷き返すと、緊張したまま、ゆっくりとステージに出て行った。
歩きのぎこちなさ。表情の固さ。
普段通りじゃない自分を強く違和感として感じながらも、何とか講壇の脇に立った俺は、ステージから講堂の女子生徒達を見た瞬間。
「……あ……」
頭が真っ白になった。
ずらりと席に付いている女子生徒達。
俺を見る目は怪訝そうだったり、冷たそうだったり。
それが、心に純粋な不安や恐怖として襲いかかってきて、何も考えられなくなる。
俺、どうすればいいんだ?
こんな彼女達に、何を話せばいいんだ?
視線を落とし、何とか落ち着こうとする。けど、また呼吸が荒くなっていく。
なんとなく、女子生徒達がざわついている気もしたけど、それすらよくわからない。
俺は、どうすればいい?
俺は、どうしなきゃいけない?
俺は……俺は……。
答えの出ない自問自答に、余計混乱する頭。
俺が何もできず、その場に立ち竦んでいた、その時。
「ミャーウ!」
耳に届いた、ミャウの遠吠えのような可愛い鳴き声に、俺ははっとしてあいつを見下ろしたんだけど。その瞬間。
「うわっ!?」
俺は、勢いよくミャウにのし掛かられ、ステージに押し倒された。
何とか受け身を取って痛みはない──って、今はそれどころじゃない!
「ミャウ! ミャウ! 止めろって! くすぐったいだろ! こら! みんなの前だぞ!? そんなに甘えるなって!」
必死にあいつを落ち着けさせようと、自然と声が出る。
けど、あいつは笑顔で俺の顔をペロペロ舐め、時に顔を俺に擦り付け幸せそうな顔をする。
正直、猫の舌のざらつきに、身体がぞわぞわっとしたりもして、くすぐったさも相成り身悶えていると。
「何あれ! 可愛い過ぎじゃない!?」
「あんなに大きくっても、やっぱり猫なんだね」
「羨ましいなぁ……」
などなど。
俺の耳に飛び込んできたのは、女子生徒達のくすくすっという笑い声や、ミャウに対する様々な黄色い声。
押し倒されたまま、ステージから改めて生徒達に顔を向けると、そこにはこっちを見て楽しそうに笑ったり、ミャウに羨望の眼差しを向けたりする女子達がいた。
勿論興味なさそうにしてる子もいる。けど、大半の生徒が笑顔になっているのを見て、俺の心にあった緊張がすっと消える。
「ミャウ」
と。また横顔をペロリと舐めたミャウに顔を向けると、急に落ち着き払ったあいつが目を細めにっこりとする。
……言葉は分からない。
でも、何となく言いたいことはわかる。
──「大丈夫だよ」
そう言って、安心させようとしてくれてるんだって。
……そうだった。
俺は一人じゃないんだ。
お前もいるし、エスティナやエリスさんもいるんだよな。
「まったく……。ありがとな」
俺はゆっくり上半身を起こすと、ミャウに感謝しつつ、あいつの首に手を回しぎゅっと抱きしめると、ミャウの温もりを感じながら心を決めた。
どうせ避けられない道。
全員に好かれるのだって土台無理。
だけど、それでも俺の想いを話して、少しでも受け入れて貰おうって。
「すぅ……はぁ……」
そのまま一度大きく深呼吸した俺は、胡座を掻いたまま、女子生徒達に向き直ると、素直に想いを語り始めた。




