幕間:エスティナの失態
「はぁ……」
寮の部屋に戻った私は、ベッドに横になったまま、薄暗い部屋の窓からぼんやりと月を眺めていた。
自然と漏れるため息の理由は、リュウトのあの時の一言。
── 「そっか。じゃあ、うまくいくよう応援してあげないとね」
……あの台詞、絶対に勘違いされちゃったよね。
私が好きなのは、あなたなんだけどな。
そんな事を考えると、自然とため息が漏れちゃう。
……もう逢えないって思ってた。
……十年以上も前の想い出だってわかってた。
幼い私が経験した初恋。
それを忘れて、私も誰かを好きになったりするのかなって、考えてた事もあった。
だけど、何でかな。
私はずっと、あの時の事を忘れられなくって。
彼がまた逢えるって言ってくれた言葉。それを捨てられなくって。
色々な男性に告白され、プロポーズされても。
色々な話をして、男子と親しくなっても。
ずっと、私の心は頑なで。
いつかこんな日が来るかもって、僅かな希望を持っちゃってた。
だから、異世界から来たっていうあなたが私の名前を口にした時、それまでの嫌悪すら忘れて驚いたの。
もしかしてって、淡い期待をしちゃったから。
でもまさか、あなたが本当にリュウトだったなんて……。
勘違いをされてショックだったはずなのに、彼を思い出す度に顔が自然に緩んじゃって、胸に抱えていた枕をぎゅっと抱きしめて、必死に誤魔化そうとする。
……十年以上経ったリュウト。前よりずっと格好良くなってた。
背も伸びてたし、黒髪も素敵だったし。
何より、昔と同じくらい優しかったし。
……やっぱり、好き。
今でもあなたが。
ううん。今のあなたも。
リュウトは、好きな人はいないって言ってたよね。
つまり、私の事が好きなわけじゃないって事……。
そんな現実は、少しガッカリさせる。
でも、好きな人がいないって事は、もしかしたらこの先、私の事を好きになってくれるかな?
不安と期待。
それが、私の中で入り混じる。
……うん。まだ諦めるには早いよね。
明日から、リュウトもこの寮で暮らすんだし、振られた訳でもない。まだ、私の恋は終わってないはずだもん。
まずは少しでもリュウトに好きになってもらえる女の子にならないと。
でも、彼ってどんな女の子が好きなんだろう?
さっき、お祖母様やデルタがいたのに思わず抱きしめちゃったけど、はしたない子だって思われちゃったかな?
そういう子が嫌だったらどうしよう……。
でも、リュウトって華奢に見えたけど、案外逞しかったなぁ……って、馬鹿。何でそんな事ばっかり考えてるのよ。
あの時の事を思い出すと、恥ずかしさが一気に襲ってくる。
今考えても、喜び過ぎだったと思う。
だけど本当に嬉しかったんだもん。
仕方ないよね。うん。仕方ないよ。
……よし。
まず、さりげなく彼の好みの女の子を聞いて、彼好みの女の子になろう。
そしていつか、振り向いてもらえるように頑張らなきゃ。
私はぎゅっと両手を握って、自分を鼓舞すると、布団をかけ直し目を閉じた。
……明日、楽しみだなぁ。
今頃彼はもう寝てるのかな?
リュウトの寝顔って、どんな感じだろう?
……一緒に暮らしたら、こっそり覗き見できるかな?
って、そんなのダメに決まってるじゃない!
リュウトに嫌われたら意味ないんだから。
でも……ちょっとくらい……ダメダメ!
──その夜。
念願の再会を果たした彼の事ばかり考え興奮し過ぎちゃって、明日学校だっていうのに中々寝付けず、結局寝不足になっちゃったんだけど。
あまりに浮かれ過ぎてて、私は肝心な事を忘れてたの。
女子寮で一緒に暮らすという事は、それだけの恋敵がいるかもしれないって事に……。




