第十話:変わらぬ二人のすれ違い
「またリュウトに逢えるなんて、夢にも思わなかったな」
最初にそう口にしたのはエスティナ。
その表情は本当に嬉しそうだ。
「俺も。正直、早々異世界転移なんて経験できると思ってなかったし。もし転移したって、出逢えるかも分からなかったしさ」
「そうだよね。こっちに戻ってきて、お祖母様から再会はできないだろうって話を聞いた時は、子供ながらに凄くショックだったもん。……リュウトはあの時、私ともう逢えないかもって、思ってた?」
エスティナがふとそんな質問をしてきたけど、どう答えればいいんだろう?
俺は内心少し迷う。
……まあ、昔の話だし。嘘を吐いたって仕方ないもんな。
「……ごめん。実は俺、あの時両親から聞いてて、もう逢えないだろうって分かってた」
「え? そうなの?」
「うん」
「でも別れる時、リュウトは笑ってくれてたよね。その……私と別れるの、寂しくなかった?」
何かが心に引っかかったのか。
エスティナが少し気落ちした顔をするけど、俺は彼女を慰めるように、こう本音を語った。
「そんな事ないよ。エスティナに俺の笑顔を覚えておいてほしかったから、泣かないよう必死に笑ってただけ」
「……本当に?」
「うん。最後に見せた顔が泣き顔なんて、何か悪いかなって。だから、笑顔で送り出そうって決めてたんだ」
それを聞いたエスティナの表情が、また少し嬉しそうなものに戻る。
なんていうか、やっぱりこっちのほうが安心するな。
「そこまで考えてくれてたんだ」
「そんな。大したことじゃないよ」
「ううん、そんな事ないよ。実はね。あの時リュウトが寂しそうな顔をしなかったの、ちょっとショックだったんだ。でも、こっちに戻ってきた後、こうも思えたの。きっとリュウトは私が元の世界に帰れるのを、喜んでくれたんだって。だから、こっちでまた頑張らなきゃって思えたの」
「そっか。そう思ってくれたなら、笑った甲斐もあったかな」
「ふふっ。そうだね。ありがとう」
にっこり微笑んだ彼女が紅茶を口にするのに合わせ、俺も紅茶を少し飲む。
……ほんと。俺、うまく笑えてるだろうか?
さっきっからずっと緊張してて、うまく喋れてるかすら自信がないんだけど。
そんな事を思いつつも、何も喋らないほうがより緊張しそうで。
俺は必死に頭の中で話すネタを考えながら、何とか会話を繋ぐ。
「そ、それよりごめん。突然俺が現れた時、きっと怖かったよね?」
「怖いには怖かったけど……むしろ、こっちこそごめんね。私、あの時あなたを変態なんて貶して、炎まで向けちゃって……。きっと凄く嫌な思いをしたよね」
「まあ、流石に剣と炎を向けられた時は、俺はこの世界に来ていきなり死ぬのかな、なんて思ったけど」
俺的には冗談交じりに話したつもりだったんだけど。
話を聞いて、露骨にしゅんとし俯いたエスティナは、
「こんな女の子、やっぱり嫌だよね……」
そう、ポソリと呟くと、ため息を漏らす。
……きっと、俺だと知らなかったとはいえ、あんなことをしたのがショックだったんだろう。
だけど、あれは流石に仕方ないと思うけどな。
「気にしなくって大丈夫だよ」
俺が安心させるよう、笑顔でそう口にしてあげると、彼女は不安げな顔のまま、ゆっくりと上目遣いでこっちを見る。
「誰だって、突然見知らぬ人が自分の部屋に現れたら驚くよ。実際、エスティナも怖かったって言ってたでしょ?」
「うん……」
「それは仕方ない話だし、気にしなくていいと思うよ。それに、さっきの選択の時に、エスティナが俺の背中を押してくれたからこそ、ちゃんと寮で暮らそうって覚悟ができたんだ。俺はそんなエスティナに感謝してるし、嫌だなんて思わないよ」
こんな拙い言葉で、彼女を元気にできるのか。正直自信はなかったんだけど。
俺の語りを聞いた彼女は、にこりと笑うと。
「……リュウトって、やっぱり変わってないね」
そう言って、微笑んでくれた。
「そ、そうかな?」
相変わらず、こっちをドキッとさせるのに十分な微笑みに、俺は思わず目を泳がせながら頭を掻く。
「うん。小さい頃と同じ。すっごく優しいもん。きっと女の子にモテたでしょ?」
「いや、全然。ほとんど男子と遊んでばかりだったし、女子から話しかけられる事も全然なかったよ。それよりエスティナのほうこそ、気立てもいいし、良家のお嬢様だし。それこそ色んな人に告白とか求婚をされてるんじゃない?」
……って、何を聞いてるんだよ!?
思わずプライベートに踏み込み過ぎな質問をした無神経さに、俺はエスティナの気分を害したんじゃないかと強く後悔した。
実際彼女も、何処か気まずそうな顔をしてるし……。
「あ、その、ごめん! 変なことを聞いちゃって!」
「あ、ううん。大丈夫。あのね。確かに、色々な家から求婚のお話もあったし、街中で急に告白されたこともあったよ。でも、全部断っちゃった」
「え? どうして?」
「だって、その……相手を知らないのに、お付き合いするのって、やっぱり考えられなくって」
神妙な面持ちで語る彼女の顔は少し赤い。
やっぱり、恥ずかしい話をさせてるんだって後悔したけど、もう今更。
それでも彼女はちゃんと話し続けてくれてるからこそ、俺もちゃんと耳を傾けた。
「私ね。以前、お祖母様にお願いしたの。私は、私がちゃんと好きになった人とお付き合いがしたいって。そうしたらお祖母様も、それで良いよって受け入れてくれたの」
「そうなんだ」
「うん。だから、外見が良いとか、家柄が良いとか。そういうのだけで将来の相手を決めたくないの。……こんな考え、わがままかな?」
「うーん……。この世界の普通がわからないけど。少なくとも俺は、それが普通かなって思うし、わがままとは思わないかな」
「そっか。良かった」
俺が素直にそんな感想を口にすると、彼女はほっとした顔をする。
「でも、リュウトが女の子と縁がないって意外だね。その……誰かを好きになったりとか、しなかったの?」
少しもじもじとしながら、エスティナが急にプライベートに踏み込むような質問をしてきた。
好きにって……まあ、目の前に好きになった子はいるけど……。
「ま、まあ、その……昔、好きになった子はいたけど、その、今は……」
今は……いや。俺は今も、エスティナを……好きだと思う。
まだ再会してたった二日だし、その前に逢ったのなんて随分小さかった訳で。思い出補正は間違いなくあるとは思う。
でも、昔と同じ……いや。昔以上に可愛くなった彼女に、俺はずっとドキドキさせられてるし、優しい言葉ひとつ掛けられるだけで、凄い嬉しくなってるしさ。
でも、流石にそんな本音、本人の前で口になんてできやしない。
そのせいで、しどろもどろになっている自分に耐えられなくなって、
「そ、そういうエスティナは? 付き合いたい人とかいないの?」
なんて、また空気の読めない切り返しをしてしまう。
いや、何で俺こんな事を聞いてるんだよ!? なんて思うものの、既に後の祭り。
俺の質問がよほど酷かったのか。
エスティナは「えっ?」と小さく声を上げると、より顔を赤くし、椅子に座ったまま小さく身を竦める。
「あの、その……えっと……」
彼女もまたしどろもどろ。
ただ、その相手を思い出したのか。
エスティナは少しだけはにかむと、か細い声で……。
「……いるよ」
そう、ぽそりと呟いた。
それを聞いた瞬間。
俺の心は一気に高揚感を失い、虚しさに染まる。
普通、好きな人の前で、あんな幸せそうな顔して、好きだなんて言わないよな。
……って事は、やっぱり脈なしか。
ま、そりゃそうだ。
小さい時だって、別に互いに好きだって伝え合ってたわけでもないし。
彼女だって思春期の女の子。
あれから随分と時間も経ってるんだ。誰かを好きになってたっておかしくない。
まったく。俺は何を期待してたんだか。
勝手な片想いなんて、早々叶う訳ないだろって。
「そっか。じゃあ、うまくいくよう応援してあげないとね」
内心気落ちしながらも、俺は何とか微笑みながらそんな本音を口にすると、エスティナがはっとしてこっちを見たんだけど。その直後。
コンコンコン
というノックの音が届き。
「お嬢様。リュウト様。仕立て屋が到着いたしました」
俺達を呼ぶデルタさんの声が、扉越しに聞こえたんだ。




