蜘蛛の糸を布地にする
【蜘蛛の糸を布地にする】
『スピドロイン(蜘蛛の糸のこと)を頂けたのは大変うれしいんですが、これ、加工どうするんですか?』
スピドロインは、蜘蛛の糸の人間界での名称である。
ロベルトの剣でも、僕の魔法でも、
なかなか糸を切断できない。
できないわけではないが、一苦労である。
『なにか特別な魔道具を作らないと、宝の持ち腐れになりますね』
『でもさ、スピドロインって高級品として流通してるんでしょ?』
『それよりも丈夫ですね。多分ですけど、流通しているスピドロインは蜘蛛の眷属の糸なんじゃないですかね』
ロベルトの推測は当たっていた。
僕たちのはビッグ・スパイダーの女王の糸だった。
普通に流通しているのはその女王の子供たちの糸だ。
品質に差がある。
『古代書で探してみようか』
◇
『強力な切断機?工業に関する古代書で簡単な紹介があった気がするわ』
アニエス先生に尋ねてみると、本をすぐに出してくれた。
『えっと、なになに……最強のウォータージェット?』
『高圧水でものを切断するというわけですか』
『只の水じゃなくて、研磨剤を混ぜるとあるわよ』
『研磨剤ですか』
『最低でもガーネットクラスらしいわ』
『ガーネットって宝石じゃないですか』
『宝石を粉末にせよ、と』
『ああ、ちょっとまって、これによると最強はダイヤモンド粉末だって』
『いや、ガーネットより貴重品だし』
『人工ダイヤモンドの作り方も載ってるわよ』
『人工?』
前世で人工ダイヤモンドの話を聞いたことがある。
超高圧・超高温が必要なはずだ。
『えっと、“黒鉛を、2,000℃を超える温度とともに大気圧の10万倍にあたる10GPaで圧縮する”だそうよ。いろいろ意味がわからないわ』
まず、大気圧という概念がこの世界では発見されていない。
そして、GPaという単位。
そもそもパスカルは前世の科学者・哲学者だ。
「人間は考える葦である」とかいう名文句が有名だ。
ただし、何をした人なのかは僕は覚えていない。
でも、パスカルという単位は物理でやたら出てくる。
学生を悩ます記号だ。
僕も高校で物理のテストは大抵落第点だった。
毎回補習とセットだったのだ。
もっとも、今や世界に誇る大天才の頭脳を持っている。
パスカルなどお手のものだ。
『要するに、超高圧をかければ良いということですね』
『簡単に言うけど、どうするのよ。古代書にも載ってないわよ』
本当に簡単じゃなかった。
まず、僕の魔力をもってしてもそんな高圧は出せない。
高圧の機械を作ってみるんだけど、
たいしたことのない圧力でもすぐに空気がもれる。
漏れないようにすると、機械が爆発する。
だんだんと機械が大掛かりになっていき、
物凄い分厚い金属の塊に、
ガチガチの結界魔法ソリッドエアを組み合わせた。
ソリッドエアは魔道具化しているが、
大きな魔石を取り付け、威力をブーストしている。
そして、空気の圧縮には高熱を使う。
要は、超強力な圧力鍋なのである。
ただし、温度は2000度を越える。
数回の使用でボロボロになってしまい、
メンテナンスが必要だ。
『ああ、成功だ!』
一ヶ月ほど寝食を忘れて取り組んだ成果。
度々爆発騒動を起こし、
実験所を森に移して研究を重ねたのだ。
こうしてできた人工ダイヤモンドは、
装飾用としては使い物にならない低い質のものだが、
硬度はダイヤモンドと変わらない。
『ダイヤモンドなんて粉末に出来るの?』
『確かにダイヤモンドは最強の硬さを誇るけど、割れやすい方向があるんだよ。僕の言う通りにやってごらんよ』
僕は金槌をカトリーナに渡し、指導する。
『わ、あっさりと割れちゃった!』
『じゃあ、ダイヤモンドだ、といって安心していては駄目なんですね?』
『だね。ダイヤの指輪をつけたまま夫婦喧嘩してダイヤを粉砕した人は結構いるみたいだよ』
いや、その前にダイヤつけたまま人を殴るなよ。
◇
さて、こうしてできた超高圧ウォータージェット、
ダイヤの研磨剤入。
『凄いわ。蜘蛛の糸があっさり切断される』
『射程距離はものすごく短いですけど、その範囲では世界最強ですね』
『これ、ダイヤモンドの加工にも使えそう』
ああ、そうだ。
思わぬ副産物だ。
前世では確かダイヤモンドをこすりつけて
ダイヤモンドを磨いていたような記憶がある。
それよりも効率的な気がする。
◇
蜘蛛の糸は、紡績・製糸の必要がない。
すでに糸となっているからだ。
ちなみに、製糸はカイコの糸からの生糸生産をいう。
紡績は、繊維から糸にすること。
繊維は綿花、羊毛、麻といったものだ。
糸車はある。
魔導糸車も発明されている。
しかし、消費魔力が高すぎるので、
割にあわず、全く使われていない。
僕たちならば、魔石をじゃんじゃん生産できる。
それと、既存の糸車にも改良をくわえている。
前世のミュール紡績機のようなタイプの
魔導糸車だ。
これで綿花や獣毛、麻などの繊維を糸にする。
『この機織り機、むっちゃ高速ね』
『従来の魔導機織り機の一部をエア化したんだよ』
『魔導機織り機ってあるの?』
『あるんだけど、魔石が高くつくからあまり利用されていないみたいだよ』
『うちは魔石タダだから、服が安くなるわね』
『布地作ってるのって、農村の女性たちなんだよ。彼女たちの収入を取り上げることになるから、慎重にやんなくちゃ』
『それも、そっか。でも、私達が使う分には問題ないわね』
『そうだね。ただし、熟練の機織り師には質で負けるけど』
機織りの祝福を得ている人たちがいる。
彼らの腕は非常に高く、製品は高級品として扱われる。
『あとさ、蜘蛛の糸はエア化魔導機織り機では難しい』
『そうなの?』
『糸が滑らかすぎて、エアに糸が絡まないんだよね』
『どっちにしても、魔導機織り機より手動のほうが質が高いんでしょ?』
『うん。熟練の、だけどね』
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