プレミアム食堂ラテンス・ロコ
【プレミアム食堂ラテンス・ロコ】古語で隠れ家
『結局、今年はパンの改善のみですか』
『ギリギリ、ヘンシェン鶏が間に合うかもしれないけどね。当面は余所から小麦を購入して、製粉・製パンだな』
『それでも、食堂利用者には望外の喜びかも』
『王国でもトップクラスの質のパンになるからね』
供給されるパンは白い小麦パンまたは、全粒粉パン。
王国でも王侯貴族クラスでないと食べられないか、
もしくはそれさえも上回る質のパンなのだ。
『こんなおいしいパンを食べたことがない』
これが偽らざる利用者全員の感想である。
『で、お坊ちゃま。プレミアムな食堂を作りたいと』
『そうなんだよ。少量ならば、お祖父様の領地から色々と食材を供給してもらえるからね。全部が王国最高の素材なんだから、ぜひともみんなに味わってもらいたい』
『場所とかは決めてるんですか』
『アニエス先生と話しててね。ちょっと小高い丘があるでしょ。あそこならどうかって』
『ああ、見晴らしいいですね。あんな場所、借りられるんですか?』
『そこはアニエス先生の力をお借りして』
『ああ、確かにいけそう』
『名前も決定済。“プレミアム食堂ラテンス・ロコ”』
『素敵な響きですね。どういう意味なんですか』
『ラテンス・ロコは古語で隠れ家という意味だよ』
『なるほど。数が出せませんし、ひっそりと営業するわけですね』
『といいたいところなんだけど、建物のイメージも決めてあるんだ』
といいながら、僕はあるイメージ画像を取り出した。
このイメージを伝えるために作った魔道具が、
映像記憶プリンターである。
レイ・カトウさんがマンガ等を出力するために
開発した魔道具だ。
僕の前世の記憶をこれで出力してみると、
案外使える画像が出力されてきた。
歪んでいたり、ぼやけていたりするが、
イメージを伝えることができればいいのだ。
そのイメージは前世の観光名所である、
ヘネラリーフェ離宮だ。
アルハンブラ宮殿のそばにある世界遺産建物である。
入り口をくぐるとずっと伸びる中庭は、
スルタナの糸杉の中庭。
中庭の周囲に回廊があり、
その先に南欧風の建物があるといった意匠である。
『まあ、素敵な建物ですね。確かに、ひっそりというには豪奢すぎますね。このお庭が素晴らしいです』
『やっぱり?』
『異国風ですけど、どこの様式なんですか?』
『僕の想像』
『お坊ちゃまは、料理だけじゃなくてデザインの才能もあるんですね!流石です』
ごめんね。それ、前世の観光名所なんだよ。
『建物の側とかは僕が造営するとして、細かいところはデザイナーを雇うつもり』
『肝心の料理は?』
『しばらくは、ロベルトとエレーヌが監修してほしいんだけど』
『ああ、問題ないですよ。こんな素敵な場所で働けるならば、やる気も倍増ですし』
僕、エレーヌ、そしてロベルトの3人は、
料理の腕に関しては同等だ。
ただ、僕の料理には強化効果がついてしまう。
だから、現場には簡単に立つわけにはいかない。
補助として、お祖父様の領や農産物を納入する村から
料理人の推薦をしてもらった。
それが10人。
料理の指導だけでなく、接客についても、
王国の作法にうるさいエレーヌが担当した。
彼らは後に料理の鉄人衆と呼ばれ、
この世界の料理を導く者と崇められることになる。
◇
さて、実際の料理は。
『パンは余裕で王国一番ですね』
『魔石肥料と魔導農機具の性能がダンチだもんな』
『小麦の段階で明らかに香りが違いますよね』
『酵母菌も、より性能のいいものを見つけてるし』
『他はせいぜい、ビール樽を利用する程度ですもの。パンのふっくら度が全然違います』
『肉系なんかもちょっと追随を許さないでしょ』
『魔牛。森猪。ヘンシェン鶏。いずれも森に棲まう高級食材を家畜化してるし』
『魔牛・森猪になると、B級魔獣指定。魔牛など、冒険者ギルドに持ち込めば最低でも金貨50枚。ものがいいと金貨100枚以上というレベル。それがドーンと出てくる』
『しかも、しっかり血抜き・熟成させてますものね』
『野菜にしても、魔石肥料で育てて、最上に育ったところを収穫。そのままマジックバッグで保存するから、調理するときでも新鮮そのもの。香りも味も最上級なんだよね』
『野菜はサラダでよし、付け合せに使ってもいいし、ソースの材料としてもこれ以上望むべくもないレベル。もちろん、メインディッシュにもできます』
『見栄え重視も新しいですよね』
これは前世の懐石料理とかフランス料理とかの配膳をマネている。
建物で使った映像記憶プリンターが
僕の朧気な記憶を打ち出してくれるのだ。
絵画的な才能のある人物を雇入れ、見栄えの研究も怠らない。
『炭酸ドリンクも目新しいですし、高級食材の砂糖がたっぷり含まれています』
炭酸はこの世界でも僕が始めて持ち込んだ。
そこに麦芽糖を混ぜてある。
この世界では、まだ甘いものが高級品になる。
王国の南部でサトウキビが生産されているが、
砂糖はまだ少量しか生産できないのだ。
だが、すでに僕はシーナ糖、ルオハン糖、麦芽糖と
3種類の糖分を見つけ、量産に成功している。
食後のデザートはフルーツ・タルトやショートケーキなど。
これこそは、この世界でも未知の味覚であろう。
甘味でさえ高級品であり、滅多に食せないのに、
この食堂では甘味の最上等品が提供されるのだ。
欲を言えば、食器か。
前世日本のように様々な陶磁器じゃなくていい。
白い食器だけでも質の高いものが欲しいところだが。
『余裕ができたら、磁器とかボーンチャイナに挑戦したいね』
『磁器とかボーンチャイナ?』
『うん。高温で焼き上げた陶器だよ。硬質でもっと白の映える食器になる』
『なるほど。純白に芸術家の絵をのせたりするわけですか』
『そうだね。他にも銀製のカトラリーとかガラス製のグラスとか』
◇
開店すると、お客さんの反応はみんな一緒だった。
建物の美麗さを称賛し、
料理の香りの良さに目を細め、
一口食べると目が輝き、
無口のまま一心不乱に食べ始める。
そして食後はすべからく腰を蕩けさせていた。
『桃源郷とはこのことか』
対象とするのは、学院生徒と教職員、卒業生、
そして学院訪問者に限定している。
しかも、1食大銀貨2枚(2万円相当)する。
にも関わらず、開店するや否や予約が次々と殺到した。
学院訪問者という枠がザルということもある。
簡単な申請で学院に訪問できるからだ。
『空きがあるなら毎日でも食べたい』
金持ちはどこにでもいるのだ。
その一人がアニエス教授である。
彼女は自分の発明したものに対する対価で
唸るほどの金銀宝石をため込んでいた。
彼女は研究が趣味であり、浪費することがないのだ。
『身上をつぶす者には食道楽が多い、と言われるけど、よーくわかるわ。私、このレストランの料理ならいくら出しても構わないもの』
なお、予約するにはIDが必要だ。
当日連絡なしでブッチした人は倍払いか、出禁とする。
というのは、予約だけという人が続出したからだ。
出禁とされた人は、少なくとも学園都市では
信用がゼロになる。
アニエス教授肝いりのレストランに恥をかかせた
人物だからだ。
だから、あわてて倍払いする。
後年になるが、やがて料理の鉄人たちは
この世界独自の料理を次々と編み出していくことになる。
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