古代語研究者の教授1
【古代語研究者の教授1】
図書館は、Eクラスからは少し離れたとこにあった。
蔦のからまる古風な建物で、
少なくとも歴史の古さは十分に感じられた。
それに大きい。
話によると、蔵書は数千冊あるという。
それだけで期待してしまう。
僕は、城の図書館は6歳の時点で読破してしまっている。
城なのに蔵書は僅か数百冊しかなかった。
それに、さほど参考になる本はなかった。
でも、魔法の集積地である学院の図書館なら。
図書館に入ると本特有の匂いにふんわりとする。
酸っぱさとカビ臭さとインクが混じったような匂い。
僕はこの匂いが好きだ。
この世界では紙は貴重品である。
気軽に使えるものではない。
中には羊皮を使っているもの、
或いは竹の短冊を使っているものもある。
図書室の表に出ているのは数百冊。
それぞれに厳重な鎖がかけられてある。
残りは裏の倉庫に厳重に保管してあるらしい。
まずは、表に出ている本の読破だ。
僕には映像記憶スキルがある。
ペラペラとページをめくるだけで、
カメラを写すように脳に記憶されていく。
そして、多くの場合、瞬時に内容を理解する。
◇
最初の1週間をかけて表に出てるすべての本を読破した。
だけど、興味をひかれる本がない。
司書は、僕の姿を不思議そうにみていたが、
『あなた、ひょっとして映像記憶スキルの持ち主?』
と聞いてきた。
『私もそうなのよ。行動が似ているから聞いたんだけど』
僕以外にも同じスキルの持ち主がいるのか。
『はい。僕は1年のジュノー・クノールと申します』
『ああ、貴方が。私は司書でここの教授でもあるアニエス・エマールよ。見てのとおり、エルフ』
おお、エルフ。初めて会った。
さすが噂通りにかなりの美形だ。
『はじめまして』
『私は貴方を小さい時に城で見かけたことがあるわ。どうかしら。興味のある本はあった?』
『いや、これといってないですね』
『あなたは二か国語と古代語に精通しているという話だったけど』
『いまは三カ国語、古代普通語です。ただ、特に古代語は精通しているというレベルじゃありません。城においてある書籍では限界があって』
『そう。あなた、古代ナード語って知ってる?』
『名前だけは。古代語とは系統が違うらしいですね。内容まではわかりません。もの凄く難解だとか』
『この図書館にはね、古代ナード語の原書がたくさんあるのよ』
『ほう』
『古代ナード語はね、古代語の記述が5種類の文字体型からなると言われているのよ。そして、私は古代ナード語の研究者なわけ』
『5種類?』
『そうよ。悪魔の言葉とも言われているわ。でもね、古代文明の粋が詰まっているとも言われているのよ』
『そんな本なら見せていただけませんか』
『あら、やっぱり興味がでるわよね?目が輝いているわ。少し待っていてね』
『お待たせ』
という言葉とともに、
エマール先生が持ってきた何冊かの本。
それは、明らかに“マンガ”であった。
『どう?絵と言葉を連ねた書籍。多分、子供用のものだと思うんだけど、大人向けのものもあるのよね』
僕はペラペラとめくってみた。
これは少年ジャ○プだ。
『ちょっと、暴力的な描写が多いのがネックなんだけど、絵と言葉がならべてあるから、内容がわかりやすいのよね。中には、絵だけ見てても内容がわかるものもあるわ。表現力がすごく高いのよね』
といって、先生は僕にひらがなとカタカナを教えてくれた。
教えてもらうまでもない。
この本を読めない日本人は、幼児か目が悪いか。
『先生、他の文字体型をまとめたものはありますか』
『あとはね、漢字、アルファベット、絵文字というのがあるわ』
といって、早速辞書のようなものを見せてくれた。
『アルファベットはカタカナ・ひらがなの別バージョンね。表音文字というやつ。意味はないけど、音だけを表す文字。絵文字は見たまま。読みははっきりわからないのだけど、意味ははっきりわかるわ』
『そして、悪魔の言葉といわれるのが“漢字”なのよ。意味も読みも表しているの。でも、いろいろな意味といろいろな読み方が一つの文字にこめてあって、気が狂いそうになるわ』
僕は辞書をパラパラとめくってみた。
普通の日本語辞典と漢字辞典だ。
特に漢字辞典。
日本人の僕でも初めて見たような漢字とか読み方が
多数掲載されている。
確かに、日本人にとっても悪魔の言葉だ。
“3月1日は日曜日で祝日、晴れの日でした”
この文章の“日”はすべて違う読み方である。
“生”という漢字。一つの漢字に多数の意味がある。
・いきる。生きる。
・うまれる。生まれる。
・はえる。生える。
・物事が起こる。発生。
・うむ。おこす。創生。
・純粋な。生粋。
・新しい。生傷。
・なまの状態。生煮え。
・中途半端な。生半可。
・勉強をしている人。生徒。
だが、僕には映像記憶スキルがある。
砂が水を吸い込むように、
次々と新しい漢字を吸収していった。
『先生、しばらくここに通わせてください。なんとかなりそうな気がします』
『そうなの?まあ、しばらく学習してみて。わからないことは私に聞いてね』
いや、先生。
申し訳ないんだけど、僕は元日本人なんだ。
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