正妃の次の呪い1
【正妃の次の呪い1】
『大ニュースです』
『なんだ?』
『正妃が拘束された模様です』
『容疑は?』
『はっ。暗黒魔法使用による国家転覆罪とのことです』
『暗黒魔法だと?それはやはり黒死病発生に関係しているのか?』
アンチカース魔法で呪いを跳ね返した際、
攻撃が首都方面にむかっていった。
しかし、呪った首謀者が誰なのかまでは
特定できていない。
『城のほうではそれどころではなかったようです。いきなり暗黒魔法発動の影響が城のいたるところで表面化しました』
『それほど強烈だったのか』
『はい。あわてて正妃を拘束しようとしたのですが、激烈な抵抗にあって、多くの犠牲者が出た模様です』
『黒狼偵察部隊はやはり近づけないのか?』
『はい。正妃の居室付近は以前から結界が強くて、簡単には近づけません』
『それでも、状況的に正妃が黒死病の首謀者と考えて良いのだろうな』
『坊っちゃん、間違いないでしょう。問題はこれで一見落着か、ということですが』
『黒狼の話によると、正妃が拘束されている地下室は、強力な結界が何重にも張り巡らされていますが、この先どうなるかは判断できない模様です』
『完全には拘束できていないということか』
『はい。拘束結界とおぞましい力が未だにせめぎ合っている模様』
『これは父上と相談する必要があるな。証拠を集めて正妃を追い込もうと考えていたが、悠長なことはいっていられないようだ』
『ですな。一連の王位継承権に関わる騒動。その中心に正妃がいるのは公然の秘密ですが、それはあくまで噂レベルのもの。しかし、ここにきて正妃がなりふり構わず自分の力を行使してきました』
『ああ。今まではなかなか尻尾を出さなかった。僕たちも明確な証拠がなければ正妃を追い込めなかった』
『証拠は以前の闇のもの襲撃事件での大蛇使いの証言だけでしたからね』
『下手に騒げば僕が謀反を疑われる。僕は政治的な立場が非常に弱いからね』
『今まで決して表面に出てこなかった正妃がここまではっきりと力を表面化させました。嫌な予感がしますね』
『うん。拘束されても問題ないような苛烈な手を用意しているのか。ものすごく嫌な予感がする』
正妃が打った手は3つ。
その一つは解き放たれた。
王城の地下に正妃は拘束されている。
それでも、正妃の残りの呪いは発動するのか?
ところで、正妃の出身国であるアメミア聖教国は
宗教国家である。
アメミア教を尊ぶ、少し狂信的なところはあるが、
概ね穏やかな国だった。
しかし、現大教父がアメミア聖教国のトップになってから、
急速に宗教改革が進められ、
密かに暗黒魔法を大幅に取り入れ始めたのだ。
クノール王国国王の正妃。
彼女はその大教父の娘にあたる。
“闇のもの”の本部も聖教国にある。
その暗黒組織は大教父の実働部隊なのである。
大教父と正妃は密かにクノール王国の篭絡を目指していた。
彼女の頼みとする“闇のもの”はクノール王国支部である。
それが、ジュノーたちにより人知れず半壊していたのだ。
“闇のもの”は、起死回生の策を練らざるを得なかった。
これ以上の失点は自分たちの存続に関わる。
待ち受けるのは“死”以外にない。
王妃の状況はそこまでひどくはない。
大教父も自分の娘を単なるコマのように扱うほどではない。
しかし、王妃は極めて個人的な理由(嫉妬)により、
切羽詰まっていた。
両者は結託した。
“闇のもの”クノール王国支部は
本部より秘匿されているオーブを持ち出した。
ダンジョンオーブである。
これに大量の魔石を浴びせると、急速に成長、
凶悪なダンジョンとなり、
ダンジョン内部が魔物で溢れるようになる。
いかな“闇のもの”と言えども、
そのような重要機密を簡単に持ち出せることは困難だ。
その手助けをしたのが、王妃であった。
ダンジョンオーブを持ち出した理由は。
スタンピードを起こすためである。
ダンジョンができても、
急速に魔物は沸いてこない。
ゆっくりと時間をかけてダンジョンは進化し、
それとともに魔物も増えていく。
そこに王妃は暗黒魔法を使用した。
魔素溜まりの密度が非常に濃くなる魔法を。
魔素を必要とするダンジョンは急速に育ち始めた。
魔物もそれに合わせて膨れ上がる。
ダンジョンは学院の裏の森、約5kmの地点に設置した。
学院と学園都市から等距離である。
こんな近くにダンジョンができれば、
通常はすぐに発見される。
そして、適度に魔物狩りが行われる。
スタンピードを起こさないためだ。
ところが隠蔽の魔法がかけられ、
容易に発見できるものではなくなった。
スタンピードは、ダンジョン内の魔素密度が
ある一定以上に達すると急速に魔物の数が膨れ上がり、
魔素がダンジョン外に漏れ出すとともに、
魔物も一気にダンジョン外に溢れ出す現象である。
通常、数万体から数十万体の魔物が漏れ出すと言われる。
スタンピードが起こると
そのエリアの人的・経済的破壊は致命的なものになる。
まさしく、蹂躙されるのだ。
◇
それは日没間近の時間帯であった。
『カンカンカン!』
『なんだ、この聞き慣れない警報音は?』
『スタンピード発生!』
警報音に続いて、驚くべき音声が流れた。
この地区では、100年以上スタンピードが起きていない。
『スタンピードって?』
現実味のない市民も多い。
『おい、兵士、冒険者、武器を使えるもの、東の外壁に登れ!大至急だ!』
大混乱が起こった。
あまりの情報不足に何をしていいのかわからない。
西の門では逃げ出そうとする市民や馬車が殺到していた。
東の外壁に登ってみると。
彼方の地平線が急激に黒く染まっていく。
空飛ぶ魔物。
ブラッディバットだ。
魔物の第一陣だ!
『よーし、ひきつけたら範囲魔法をぶっ放すぞ!』
混乱して誰が指揮をとっているのか不明だが、
それでも統制はとれているようだ。
『よし、斉射!』
誰かの号令で、各自持てる最大の攻撃を魔物にしかけた。
『どうだ、見たか!』
ブラッディ・バットは火にまかれ、風に吹き飛ばされた。
そもそも、その程度の魔物では街にかけられた結界を
破ることはできない。
『なんだ、手応えがないな』
攻撃を仕掛けたものはホッと胸をなでおろしたその時。
彼方にさっきとは比較にならないような黒い大波が
こちらに向かってきた。
いよいよ、本格的な魔物の攻撃が始まろうとしている。
その光景は見るものをあっという間に萎縮させた。
まさしく、凶暴な数の暴力であった。
『おい、どうするんだ……』
ぺたり、ぺたりと腰を地べたにつける攻撃側。
こちらに向かってくる大波に唖然としていると、
『おい、空を見ろ!誰かが飛んでるぞ!』
ジュノーとロベルトであった。
二人は息を合わせ、大波に向かって大魔法を繰り出した。
『アース・ウォール』『フレア・トルネード!』
いずれも土魔法・火魔法の上級魔法である。
強大な土壁と火炎が大波の前に展開された。
土壁で魔物を静止させ、火炎風で葬りさるのである。
特に、フレア・トルネードは効果絶大だった。
煉獄の炎の竜巻、上級火・風合体魔法である。
半径30mの敵が吸い込まれ焼き尽くされる。
魔力のつきるまでは消えない。
それをロベルトの発動した土の壁の外側に
ずらりと最大10発動した。
幅約600mの防衛ラインが出来上がった。
『おお、なんだこの光景は……』
『おい、この焼け焦げた臭い。魔物のものか?』
土壁で遮られ、こちら側からは向こうが見えない。
だが、やがて壁を越え、
あるいは壁の横から魔物が溢れ出した。
『おい、いよいよ魔物がこちらにくるぞ』
『全員、構え!ひきつけて各自攻撃せよ!』
壁側でも死闘が始まった。
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