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それぞれの思惑




――まずい。結局、後宮に入ることになってしまった。


放心しながらも馬車を止めてある場所まで歩いて行くと、玲玲(れいれい)と御者が「おめでとうございます」と言ってきた。

私が戻る前に宮女から知らせを受けていたらしい。

蘭児(らんじ)は『選ばれて当然』とでも言いたげな憎らしい表情をしている。


侍女達に促されるま馬車にの乗り、来た道をまた揺られる。

家路は来た時よりも遠く感じた。




翠玉(すいぎょく)!良かったわね」

苑家の屋敷に到着し玲玲に支えられながら馬車から降りると、母が私の手を取り、喜びを伝えてきた。

父も満足そうに笑っているし、使用人たちも出迎えてくれて口々に祝いの言葉をかけてくる。


(いや、めでたくない……。本当にめでたくない……)

部屋に戻り、寝台に寝転ぶ。


「おい、皺になるぞ」

「蘭児……」

「まあそんな衣装どうだっていいか。陛下に寵愛されればもっと高級な生地がいくらだって手に入るんだからな!」



私、原作の小説の通りにならない為に色々してきたつもりだけど、何も上手くいっていない気がする。

その気がないのに選ばれてしまうのも、やっぱり主人公補正というやつだろうか。

どうせなら、やることなすこと思い通りにいく方で補正してほしかった。

主人公補正にも種類があるんだなあ。




翠玉が馬車に揺られていた頃、妃選びも終わりを迎えていた。今回は翠玉を含め四人の娘が選ばれ、後宮に入ることとなった。


「母上、余は孝親王(こうしんのう)と話がありますので」

「……ええ、では先に戻るわ。皇后、あなたの部屋でお茶でも飲みましょう」

「はい」



妃選びで翠玉の番が終わった後も絵描き―――孝親王は建物の外で控えていた。

「皇帝はまだ中に居るわ。あなたに話があるそうよ」

「ありがとうございます、母上」


「最近、よく参内しているようだけど、皇帝と内緒の話でもあるのかしら」

「兄弟の間でしか交わせない冗談もございます」

「……兄弟。確かに、そうだわ。けれど、皇帝は皇帝。あなたは臣下よ」

「存じております」

皇太后と皇后はその場を立ち去った。




「戻ったか、絵描きよ」

「からわかわないで下さい、陛下」

二人は声を上げて笑った。


「そなたが姿絵を描く為屋敷を訪ねた時、賄賂の多かった家の娘は落選させたぞ」


「そうですか。お役に立てて何よりです」

「余が少し眺める程度の絵の為に、民が数か月生活できるほどの金子を払うなど、馬鹿げている」

皇帝は溜息をついた。


「奉仕した者に褒美や心付けを渡すのは悪いことではないが、度を超えてはならぬ。そのような贅沢な娘を娶っては後宮の出費が増すばかりだ」

先帝の代、国の財政は傾いていた。

それを立て直すため、皇帝は倹約に努めている。


「ただ、李小春(りしょうしゅん)だけは母上の勧めで入宮させることになってしまった」

「一番賄賂が多かった李家の娘ではありませんか。しかし後宮に入っても高い位を与えなければ、贅沢はできないでしょう」


「その点、(えん)家は問題ないな」

「随分とあの娘がお気に召したのですね」

弟の軽口に皇帝は笑う。


「苑家で僕が受け取った金は本当にお茶代くらいの金額でしたからね。本物の絵描きなら不満に思う程の金額ですよ」

今度また狩りにでも行こう、そう言って皇帝は弟の肩を叩いた。




一方、皇太后は皇后の部屋で、お茶を飲みながら歓談していた。

「良いお茶ね」

「陛下から下賜されました」

そう、と言って皇太后は湯飲みを置いた。


「皇后よ、苑翠玉を覚えている?」

「ええ、忘れようとしても忘れられない程の娘ですわ」

「……十七歳で先帝に嫁いでこの歳になるまでずっと後宮に居る私でも、あれほどまでの美女、見たことがない」

「……そうですわね」


「あなたを凌ぐ存在になるのではないかと、心配してるのよ」

「皇太后……」

「妃選びの時苑翠玉の入宮に反対しようとしたけれど、李小春のことを暗に引き合いに出されて何も言えなくなったわ」


皇太后は古くからの臣下を無下にしないため、皇帝があまり気に入っていない李小春を後宮に入れた。妃選びに家族の活躍の話を持ち出したのは自分であったので、国の為に死んだ兄を持つ苑翠玉の入宮を却下することはできなかった。


「皇帝は母である私に従順なように見えるけれど、自分に利がある場合は意見を曲げたりしない。あなたのことも、守れるとは限らない」

「……」

新しい側室たちには心してかかりなさい、そう言って、皇太后は侍女に付き添わせ出て行った。




成人した皇子は宮廷を出て屋敷を構え、そこで暮らす。

先帝の皇子であり今の皇帝の弟である孝親王も例外ではなかった。


「おかえりなさいませ」

老齢の使用人が孝親王を迎える。

彼はまだ妻帯しておらず、使用人と共に暮らしていた。



「……絵描き業は、しばらく休みだな」

自室で絵を描く道具を整理していると、一枚の紙がひらりと落ちた。絵描きに扮した孝親王が渡された金額を書きつけたものだった。

特に金額の多かった家に印がつけてある。


()家、(こう)家、李家――苑家。



「……苑家の夫人が握らせてきた金は、李家よりも多かった」

皇帝に嘘の報告をした男は、にやりと妖しく笑った。




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