明日が勝負!
使用人たちの危機を前に仮病を押し通せなかった私は、結局明日に控えた妃選びに参加せざるを得なくなった。
今は部屋で母立ち合いの元、明日着ていく衣装の試着をしている。
「お嬢様、衣装に袖を通してみて下さい」
「……ええ」
数ある上等な生地から比較的地味なものを選び、仕立てさせた衣装に身をつつむ。
色は淡い緑色で、芙蓉の花が刺繍してある。
上はチャイナドレスのような服で、下は白いズボンを履いている。昔観た清の時代が舞台の中国ドラマに出てきた衣装によく似ていた。
玲玲が髪を丁寧にとかして結い上げ、普段より多くの髪飾りをつける。
「頭が重いわ」
「まあ、後宮に入られればもっと重たい装飾品を身に着けるんですよ。それにしてもお嬢様、やはり衣装が少し地味ではありませんか?若いのですからもっと華やかな色の方が良いのでは」
以前はそういった衣装を好んでいましたよね、と玲玲は続ける。
(いや、その頃とは中身別人なので……)
そうとは言えず、黙る私に玲玲はハンカチのような布を渡した。
「さあ、靴を。手巾を持って歩いてみて下さい」
手を引かれ、高さがあり歩きづらい靴でよろよろと進む。
「なんだかぎこちないわね、翠玉。陛下にお会いする時は一人だから侍女に支えてはもらえないのよ」
「ええ、そうね……お母様」
母が私の頬に手を添える。
「でも、美しいわ。これなら、きっと陛下もお喜びになる。一族の安定も大事だけれど、あなたの為でもあるのよ。どうせそろそろどこかに嫁がなければならないのだから、後宮に入って栄華を誇った方が良いわ」
「……はい」
――いや、誇りすぎて死ぬ運命なんですよ、私。
母が手を二回叩くと、女の使用人が汁物の器を持って入室してきた。
何か聞いたら、燕の巣だという。
貴族の娘もめったに食べない高級品だが、明日の美容の為に父が用意したらしい。
「浮かない顔ね。緊張しているの?蘭児、話し相手になって気を紛らわせてあげて」
明日の衣装を脱いで普段着に着替えると、母と玲玲は部屋から出て行った。
匙を手に取り、燕の巣をすくってみた。半透明で、どろどろとしている。
「これって、美味しいのかな……」
狐に戻った蘭児が少し食べたいというので、先に口の中へ入れてやった。
「んー……たけー味がするな」
多分そんなに美味しくはないみたいだ。
「それにしても苑家の娘と成り替わって一年、長かったなー!まあこの家でも結構いい暮らしできたからいいんだけどよ。宮廷はこことは比べ物にならないはずだぜ」
「あなたはどういう生活がしたいの?食べ物くらいにしか興味ないように見えるけど」
「そりゃうまいもんは好きだ!死ぬほど高い物を死ぬほどたらふく食いてー!」
「あ、そう……」
蘭児は気楽でいいな。
「それにやっぱアレだろ、アレ」
「アレ……?」
「お前だって好きだろ!人間の断末魔!」
予想外の発言に驚いて、持っていた匙を床に落としてしまった。すくったままの燕の巣を見て蘭児が「もったいねーだろ!」と叫ぶ。
「いや、だって蘭児何言ってんの……?」
「女の悲鳴の方が好みだけど、男の方が声でかいから聞きごたえはあるんだよなー。宮中では日々色んなやつが罰を受けてるから聞き放題だ!しかもお前自ら罰を下すことだってできるんだぜ」
先日の一件で、ここは鞭打ちのような拷問が存在する世界観だと実感したことを思い出した。
今まで蘭児のことは食欲旺盛でふわふわの獣くらいにしか思っていなかったけれど、人外らしい残虐な考えも持っているらしい。
そして多分、私が入る前の翠玉も同じような感じだったのだろう。
――人に対して残酷だから、自分もひどい死に方をすることになるのだ。
(私は、絶対そんな風にはならない)
まず妃には選ばれない予定だし、最悪選ばれてしまっても後宮の隅で大人しく暮らすつまらない女になろうと思う。
寂しいかもしれないけれど、処刑されるよりましだ。
その日は早めに床につき、明日の妃選びに備えた。
翌朝、かなり早い時間に玲玲が起こしに来た。朝餉を済ませ、昨日試着した衣装に身を包む。
「お父様、お母様。行って参ります」
挨拶をしてから、既に用意されていた馬車に乗り込んだ。馬は一頭のみで、手綱を引く御者が一人に、蘭児と玲玲も歩いて一緒に付いてきてくれている。
(まだ眠いわ。苑家は都に屋敷があるからいいけれど、遠くから来る令嬢は大変ね)
しばらく馬車に揺られていると、町の雑踏が消えて静かになった。
「お嬢様、そろそろ城に到着しますよ」
玲玲がそう知らせてくれる。
「皆さま方、馬車の待機場はこちらでございます!」
男性が声を張り上げた。宮中の太監だろうか。
玲玲に手を引かれて馬車から降り、衣装のしわを整えてもらう。
どうやらお付きの者達はここまでしか入れないようだ。皇帝と皇太后、皇后の居る場所までは一人で行くことになる。
(日本に居た頃は一人で行動するのなんて普通だったけど、こっちに来てからはずっと誰かしら側にいたから少し不安だわ……)
「うまくやれよ」
蘭児が囁いてきた。
(でも、ごめんなさい。うまくやるつもり、無いのよね)
こっちは、うまく落選する予定なのだ。
と言ってもあまりやる気がなくては無礼にあたり罰を受けるおそれがある為、あくまで真面目に取り組む形で落選しなければならないから少し難しい。
貴族令嬢でそれなりの身分がある私だが皇帝や皇太后、皇后はさらに雲の上の存在なので、粗相があっては最悪ここで命を落とすことになるかもしれない。
私は侍女や御者と別れ、他の令嬢たちと一緒に宮廷への一歩を踏み出した。