逃げるには仮病が一番?
姿絵を美しすぎる自分の姿ではなく代役を立てて城へ提出したことで、陛下にお会いする前から気に入られてしまう危険性は避けられた。と思う。
あとは、仮病でも使って妃選びに参加できないていを装えば完璧だ。
(仮病といったら腹痛か頭痛よね。それなら医者に見せられても嘘ってバレないだろうし)
今日は妃選びの二日前。
今から体調を崩して寝込んでおけば、両親も蘭児も諦めざるを得ないと思う。
皇帝に嫁ぐ機会を失った後はどうしたらいいかな。
そもそも翠玉はこの家に来る前どうやって生活していたのかも分からない。
全て終わった後で蘭児に尋ねてみよう。
そういえば蘭児は『この家の娘を排除した』と言っていたけれど、それは殺したという意味なのだろうか。
まだ生きているようなら屋敷の皆の記憶をいじったという妖術も解いてもらって、本物の苑翠玉を家に戻してあげられないだろうか。
(そうなったらハッピーエンドね、きっと)
その為に――。
使うわよ。
一世一代の、仮病を――。
「痛っ。いたたたた……」
「どうしたー?」
蘭児はこちらを見もせずに言う。相棒の体調に興味なしか。
「急に、お腹が……」
「食いすぎか?」
「あなたと一緒にしないで……」
寝台で布団に包まり、うんうんと苦しむ私を見かねたのか、人を呼びに出て行った。
父と母そして玲玲を連れて、蘭児は戻ってきた。
「ああ、翠玉、どうしたというんだ……」
父は涙目で私の様子をうかがう。
「腹痛ですって?何か悪いものでも食したのかしら……」
母がそう言うと、父は玲玲に料理係を連れてくるように言いつけた。
数人の男女が部屋に通された。
「お前たちは翠玉に何を食べさせたのだ!!!」
父の怒声に料理係たちは一斉に跪いた。
温厚な人と思っていたけれど、それは娘の私に対してだけだったのかもしれない。
やっぱりこういう時代の人は使用人のことなんて下に見ているのだろう。
母が料理係の一人に町医者を呼んでくるように指示すると、気まずい沈黙が広がった。
(ごめんなさい!!料理人の皆さん!父がこんなに怒るなんて思わなかったの……)
申し訳なく思っても、このタイミングで『嘘でーす』とも言えないので、私は布団を被って医者の到着を待つことしかできなかった。
町医者はすぐに来てくれた。診察をするからと、母と侍女以外の全員が部屋から出ていった。
「お腹が痛いのですね、お嬢様」
「……ええ」
「いつからですか」
「……さっき。急に始まったの」
問診が終わると、医者は私の手首に布をあててから脈をとる。
(時代劇でよく見る『お脈拝見』ってやつね。でもこれで本当に体調が分かるのかな)
「処方箋を出しますから、煎じ薬を飲ませてください。そんなに症状は重くないはずですよ」
母が礼を言うと、医者は帰っていった。
「玲玲は町で処方箋に書いてある薬草を買いに行け!一番質のいいものを選ぶように!買ってきたら、そこの料理係、お前が煎じて部屋まで持って来い!急ぐのだ!」
父が大声で命じる。
皆迅速に行動し、罪悪感に打ちひしがれている私の目の前に薬の入った器がすぐに差し出された。
色は茶色でお茶みたいだけれど薬っぽい臭いで、なんだか苦そうだ。
匙を使って、恐る恐る口に含んでみる。
(やっぱり苦いわ……)
「これで翠玉が治らなければ、料理係全員に鞭打ちの刑を与える」
「ぶっ」
父の過激な発言に、飲んでいた煎じ薬を吹き出してしまった。
「さらに娘の面倒を見きれなかった玲玲と蘭児にも同様の罰を与える!」
「そんな……!」
「俺もかよ!?動物虐待だぞ!……いや、こわいですわーだんなさまー」
蘭児は余裕そうだけれど、玲玲の顔はみるみる青ざめていった。
「ちょ、お父様、それはやりすぎでは……」
「使用人に落ち度があれば罰して当然だ」
やっぱり価値観が昔の人だー!
(人権なんて概念は無いのね)
昔の中国には残酷な刑罰がたくさんあったとネットで見たことがある。
叩いたり切り落としたり焼いたり……色々とえげつなかった記憶が残っている。
使用人として働くのは命がけなのだ。
私は就活の時点で疲れ切っていたけれど、現代社会は仕事でミスしても拷問されたり殺されたりしないだけマシなのかもしれない。
しかし、これからどうしよう。
体調不良が嘘だということは疑われていないので、妃選びが終わるまで布団に包まって過ごすこともできる。
(でも、それじゃダメよ)
人が自分のせいで鞭打たれている中、寝台でじっとしているなんてできない。
治ったことにして、人命を救わなければ。
ただ、それだと妃選びに参加しない理由失ってしまう。
(私が処刑されるのはしばらく先の話だけど、この人達は今助けないと取り返しがつかない)
―――妃選びには参加する。参加した上で落選するという計画に変更しよう。
結局私は夕方まで寝たふりをし、様子を見に来た父と母に『薬を飲んで寝たら治った』と報告した。
両親は安堵した様子で、使用人たちはそれ以上責められることは無かった。