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替え玉作戦決行




孤児だった玲玲(れいれい)(えん)家の主人に拾われ、翠玉(すいぎょく)(本物)の侍女になり、二人は一緒に育った。

優しかった翠玉は一年ほど前急に横暴な性格に変わってしまった。

そのあたりの記憶はなぜか朧げだが、蘭児(らんじ)が屋敷に来たのもその頃だった。

いきなりやってきて翠玉(狐)の侍女になり、玲玲よりも彼女の側に居ることが多くなったのだった。



玲玲が厨房に行くと、目当てはすぐに見つかった。


「ちょっと、あなた」

重そうな荷物を持っている薄汚れた娘は、こちらを見ているだけで返事もしない。近づいて顔を確認すると、別に醜くはない。洗濯場の下女たちは適当なことを言っていたようだ。


(まあ、顔をよく見ていないとも言ってたけど……)


以前の玲玲だったら、もっと条件に合う者を探していたかもしれない。

だが自分よりも蘭児が優先される不満を感じていた彼女に、忠誠心はあまり残っていなかった。

実際翠玉にそんなつもりは無く、ただ宮廷に潜り込み贅沢な暮らしをする共犯者として一緒に行動した方が都合がいいから蘭児をお付きの侍女にしただけだが、玲玲にそれを知る由は無い。


(もう、探すのも面倒だし、この子でいいわ)


「ねえ」

「……」

「口がきけないの?お嬢様が呼んでるから、一緒に来て」

一言も発しない娘に痺れを切らし、手を掴んで翠玉の部屋まで引っ張っていった。



「お嬢様、連れてきました」

「ありがとう。あなたはもう下がって良いわ」


(以前はずっと一緒に居た。『下がれ』なんて滅多に言われなかったのに)

玲玲は憎々しげに蘭児を睨み、部屋を後にした。


「蘭児。この子をこっそりお風呂に連れてって。髪を綺麗に結ってあげてほしいの」

「は?なんでコイツを……」

「いいから!」

おやつあげるから!と言うと、蘭児は連れてこられた娘を伴って部屋を出て行った。


「風呂行ってきたぞー」

「ありがと。私からの褒美だと言って、厨房で点心をたくさん食べてきていいわ」

「いよっしゃー!」

蘭児は嬉々として厨房に向かった。



「さて、あなたにお願いが……」

身体の汚れを落とし、髪を整えた娘を見て私は愕然とした。

「あ、れ……?可愛いじゃん……」

少し垂れ目の大きな瞳、微かにそばかすのある小さな鼻。桃色の唇。そこにいたのは可愛らしい少女だった。

予想外ではあったが今から代役を探す余裕は無いし、もう仕方がない。


「応接間の隣の小部屋でこれに着替えて。その後絵描きに自分は翠玉だと言って絵を描いてもらってくれる?」

「……」

「あら、もしかして声が出ないの?」

そういえば玲玲に連れてこられてから一言も喋っていなかった。


「まあ、でも、この衣装を着て部屋に行けばこの家の令嬢だと伝わると思うから、大丈夫よ。ね、やってくれる?」

娘はかすかに頷いた。

「ありがとう。お礼はするわ」




替え玉の娘が部屋へ到着すると、絵描きの男は紙やら筆やらを広げて待っていた。

「おや、あなたは……」

「……」

「いえ、何でもありませんよ、翠玉お嬢様。椅子に座って、少しじっとしていて下さい」




(玲玲には美人じゃない子を頼んだのに……髪に隠れてあまり顔立ちが見えなかったのかしら)


私は部屋で待機しながらぼんやりと考えた。

絵を描いてもらっているはずの私が出歩くわけにはいかないから、あの子が戻ってくるまでじっとしていなければ。


可愛かったけれど素朴な魅力という感じだったし、私のような派手顔美女の絵姿を提出するよりも陛下の興味を引かないだろう。

他の妃候補の令嬢たちも親が絵描きにお金を払って七割増しくらい美人に描かれているだろうから、苑翠玉の姿絵だけ麗しすぎて目立つという事態は避けられたと思う。

いや、本当に色々失礼なことを言っているのは分かってるけれど、こちらは首を落とされるかどうかの瀬戸際なのだ。


そんなことを考えていると、扉の外に人影が見えた。そういえば、声が出ないんだっけ。

「待って、今開け……」

あ、開けてあげたらお嬢様らしくないか。

「……いや、入ってきていいわよ」

まだ少し慣れないな、このふるまい方。


「絵をちゃんと描いてもらえた?」

こくり、と頷く。

「じゃあ、その衣装、良かったらあげるわ」

娘は少し戸惑ったような顔をしてから深々と頭を下げ、部屋から出て行った。


(そういえば蘭児、戻ってこないわね……まだ厨房で点心を食べてるのかな)

もう他にやることも無いし、少し庭に出て蘭児の姿が見えないか確認してみようかな。




この屋敷は広すぎて、まだ行ったことの無い場所もたくさんある。散策していると、背後から声をかけられた。


「翠玉お嬢様」

使用人の誰かかな、と思い振り向くと、髪を横で一つに束ねた若い男が立っていた。


「あなた、絵描きの……?」

「はい」

まだ帰っていなかったのか。



――いやそれ以前に今、翠玉と呼ばれなかった?



(バ、バレてる……!?)


「……なぜ私が翠玉だと分かるの?」

「一度お会いしたじゃないですか。ご両親と一緒に」

「でもあなた、ずっと跪いて顔を伏せていたじゃない」

「ええ、当然。許可もないのにお嬢様のお顔を拝見できませんからね」


「じゃあ、なんで」

「手、ですよ。顔は見ていなくても、手は視界に入っていました。最初に見た女性と姿絵を描かれる為に部屋へ来た女性とでは、指の形が違った」


「ゆびのかたち……」

絵描きだからだろうか、すごい観察力だ。


「……誰かに報告する?」

「しませんよ。僕は面白い人が好きなんです」

「面白い?」


「はい。陛下のお眼鏡にかなう為自分より美人の替え玉を用意するなら分かりますが、逆を行う人は初めて見た」

今まで閉じられていた糸目が見開き、私を見据える。

絵描きは、それでは失礼しますと言い残し帰っていった。


(じゃあ、あの人は偽物だと分かって姿絵を描いたの?なんの為に……?)

私は疑問に思いながら、去っていく絵描きの後ろ姿を眺めていた。




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