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第3話

 仕事の関係で俺達は職場に近い場所にそれぞれ新居を構えた。

 俺の方がやや小ぶりだが、とりあえず新婚の二人が住むには充分だった。

 そして週末には彼女の実家にお邪魔して、俺には無かった穏やかな家族というものを味わわせてもらっている。

 なので俺はもう、実に結婚して良かったなあ、と思っている組なんだが……


「スティーブンスさんのお母様が去年お亡くなりになったでしょ?」

「ああ。あれは結構突然だったなあ、まだ若いのに」


 そう、彼の母親はまだ五十も半ばで唐突に亡くなってしまった。

 あの時のハロルドは酷かった。

 喪主は父親がやっていたが、彼が何もしなくていい訳がないのに、足取りもよろよろとして、奥方が支える始末だった。

 埋葬の時など、ほとんどその穴に身体を乗り出し、駄目だお願いだ埋めないでくれ、と大変だったのだ。

 その落胆ぶりは本当に酷く、彼は何と、一ヶ月もの間事務所に出てこなくなってしまったのだ。


「奥さんは意気消沈するハロルドさんのことを支えて、元気が出る様にと何かと工夫してきたというらしいんだけど、どうもメイドさんによると、それが上手くいかないみたいで」

「上手くいかないって言うと?」

「昼間は自分の部屋に閉じこもって、昔のアルバムをひたすら見ているんですって。掃除をしにメイドが入っても、触らないでくれってぴしゃって言われたって」

「アルバム…… 写真をそんなに?」

「昔っから、家族写真はよく撮る方だったって言ってたわ」

「ああ、そう言えば見せてもらったことがある」


 そう言えばそうだった。

 彼の家にお邪魔すると、マントルピースの上に何かと写真立てが並んでいた。

 それがまた凄い量だったので俺は本気で驚いた。


「ところが、ふとそのアルバムが開いているのをメイドが見てしまったのね」

「触らないでと言われたのに?」

「それ以外のところだけでも掃除しないと、ほこりが大変でしょう? だから触らないで周囲を一生懸命掃除していたのだけど、その時にちょっとびっくりしたんですって」

「と言うと?」

「スティーブンスさんの亡くなったお母様の若い頃の写真がそこにはあったんだけど、それがあのひとの奥様にそっくりなんですって」

「え? それは奥さんの写真じゃなかったのかい?」

「いいえ、だって、まず写真自体がセピアになりかけていたし、それに何たって服装が違うもの。メイドさんのお母さんの古いよそ行きの服に近い、って言ってたわ」

「ふうん」

「ふうん、って貴方、それ結構凄くない?」

「うーん」


 返答に困る。


「まあ男にとっての最初の恋人は母親だ、って言うしなあ」

「そういうものかしら。でも貴方そうじゃないでしょ?」

「絶対無い」


 俺はそう言って煮込みをじっくり満喫する。


「俺の母親は、君の様に美味しい食事を作ってくれなかったし、時間が遅れたからって温めてもくれなかった。それ以前に、碌な食事が摂れなかったしな……」


 そしておかわり、と俺は彼女に言う。


「そうね。だったら私は貴方をじっくり一生掛けていい感じに太らせてあげるわ」

「おーい、今でも俺、ベルトがだんだんきつくなってきてるんだぞ」

「構わないわよ。別に私は貴方の姿や顔で結婚した訳じゃないし」


 そしてツバメの様に身を翻すと、お代わりの皿をそっと俺の前に置く。

 俺はそんな彼女の首を抱くと、頬をすりつける。

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