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第4話

 初めての高校で、まき子は学食に行ってみたかったため美千代を誘って二人で食堂に来ていた。美千代は弁当を持参したようで、水筒と手提げを持っている。


「美千代はお弁当なんだ」

「まき子は違うの?」

「今日は学食が食べたくて、お母さんに言って作ってもらわなかったんだ」

「作ってもらえるならこれから作ってもらいなよ。鵬華の学食バカみたいに高いよ」

「え、そうなの?」


 まき子は想像していなかった事態に軽く焦る。学食なら普通のコンビニ弁当とかよりも安いものではないだろうか。


 覚悟しといても千円くらいだろうという考えは食堂にきた瞬間掻き消えた。天井にぶら下がるシャンデリアと、巧みな彫刻が彫られた天井。美しい刺繍をされたテーブルクロスのかかった丸テーブルにお洒落な椅子。

 購買も弁当も見当たらない。


「え……これだけ?」

「そうだよ。鵬華は基本的に食事形式がビュッフェになってるし、あとは……あそこのレストランとか」

「どう考えても高級料理店じゃん」

「私たちには手が出せないんだよねねぇ」


 思ってた学食と違う……とガッカリしたまき子に、美千代が自分の弁当を少しくれることになった。

 自動販売機もないらしく、とことん高級感のある学風を保っているようだ。


「ごめんね、美千代……。今度お菓子買ってくるから……」

「いいよ、気にしないで。どうせ今日は早く帰れるし」

「本当に申し訳ない。放課後に部活とか見なくて良かったの?」

「うーん、見たかったけどまぁいいや。あ、そんなに気にしてるなら一緒に部活見学回ってよ」


 ね? と楽しそうに笑った美千代に、まき子は頷いた。まき子も部活動をしようと思っていたので、ちょうど良い。


「美千代は中学で部活してた?」

「うん、バスケ部」

「え! すごいね。スポーツしてそうとは思ったけどバスケかぁ。高校では何するつもり?」

「清史様は部活入ってないからさぁ。どうしようかなーって悩み中! まき子は何部だった?」

「私は美術部……だった、よ」

「え、なにその歯切れの悪い感じ」

「いや、あんまり行ってなくてほぼ幽霊部員って感じだったんだ」


 まき子は絵を描くのが好きだった。少女漫画の次か、それと同じくらい大好きな趣味である。一時期美術館に通うほど絵画に傾倒したし、実際に自分でも沢山の絵を描いた。しかし、まき子は絵画を趣味以上のものとは思えず、テーマを定められた絵を描くのは苦手だった。


 描きたいと思ったものしか、描けない。だからやる気が削がれるとその絵は止まったまま、色を塗られることなく放置される。


「適当に入部した感じ?」


 自分の描いてきた作品のことを思い出している間に意識が飛んでいたらしく、美千代の声で現実に引き戻された。


「え、いや。絵を描くのは好きだよ」

「風景画とか? 絵ってよく分かんないんだよね」

「風景画も描くけど、私は人も含めた風景を描くのが好き。特に、油絵は独学で結構勉強したし、狂ったように描いてた時期がある……なんであんなに描いてたのか、今でも疑問に思うけどね」

「作品撮った写真とかある? 見たいなぁ」


 美千代のお願いするような声に、まき子もちょっといい気分になって一番お気に入りの作品を美千代に見せる。入賞して、短期間ではあるが美術館で飾られたものだ。


「これ」

「う、うわぁ~! えー!? めっちゃ上手いじゃん! こんな才能あったの!?」

「いや、もっと上手い人沢山いるからね。ここのムラとか気に入らないし。コントラストも足りない」

「いや、いやいや。理想高すぎ。へぇ。実物見てみたくなるね」


 まき子の自信作。中学二年の時に、下校中思わず写真を撮って保存したものを絵に閉じ込めた。


 沈む夕日と、赤く染まる海。港となってしまった海岸沿いにはコンテナと大きな船が所狭しと並んでいて、機械的だ。まき子はどちらかというと自然の風景画を好むため、あまりこの景色には心引かれなかったのだがこの時は違った。


 まき子と同年代か、もう少し年下の男女二人がデートするように手を繋ぎ歩いていたのである。まき子は無意識のうちにカメラを握りシャッターを切っていた。


 撮れた写真をぼんやりと見つめて、描きたい、という欲がむくむく膨らんでいった。行動範囲の狭い中学生の、ひっそりと隠れるようなデート。それだけなのにまき子にはそれがとても神聖で、キラキラと輝いているものに見えたのだ。


 時々恥ずかしそうにしながらも、二人は決して手を離さない。おそらく無言であろう状況でも、幸せな二人の感情がまき子まで伝わってくるようだった。

 心を通わせるとはなんと美しいことだろうと、まき子は生まれて初めて何かに胸を打たれ泣くほどの感動を覚えたのである。


 まき子がその作品を描くことになった経緯をそう説明すれば、美千代は少し目を見開いて真顔で言った。


「まき子は美術部に入りなよ」

「……え?」

「だって、そんなに絵が好きでそれだけの実力もあるんだもの。もったいないよ」


 美千代の真っ直ぐな迷いない言葉にまき子は頬を赤らめた。親以外にこんなに褒められたことはなかったため、嬉しかったのだ。


「それに、私はまき子の作品見てみたいな」


 そんなことを言われてしまえば火がつかないはずがなく、まき子は心の中で美術部に入ることを決めた。彼女は意外と単純だった。


「でも、また幽霊部員かもしれないよ」

「鵬華の美術部は部員数えげつないから、端の方でひっそり描いてたら見つからないわよ。大丈夫! まき子の趣味のために教室とキャンパスと絵の具貸してもらえばいいのよ」


 美千代のずる賢い考えに、確かに、とまき子は頷く。


「鵬華って美術部有名なの?」

「違う違う。ほら、まき子が気に入った先輩いたじゃん? 生徒会の」

「七々扇真澄先輩?」

「そうそう。七々扇先輩がね、美術部なんだよ」

「え!? ほんと?」

「ほんとほんと。良かったねぇ! 絵も描けて推しも眺められる、一石二鳥だよぉ」

「てことは美術部員みんな七々扇先輩のファンってことでしょ?」

「まぁそうなる……かな? 嫌だ?」

「ううん。別に大丈夫。絵さえ描ければいいし、遠くから眺められれば目の保養になるだろうから」


 あの綺麗な人をほぼ毎日見れると思えば、美術部が余計悪くないものに思える。部員が多いのであれば、コンクールなどものらりくらりと躱せば良いのだ。期間やテーマを決められるとまき子は途端に描けなくなってしまうので、これくらいが丁度いい。


「あ、自分の部活が決まったからって明日の放課後帰らないでよ」

「当たり前じゃん。ちゃんと美千代にお供しますよ」


 美千代と仲良くお弁当を半分こしていると、またもや食堂がざわついたり悲鳴が聞こえたりしてきた。

 なんだか今日はやけに生徒会に遭遇する。こんな風に黄色い声が聞こえた時には、大抵生徒会が絡んでいると流石のまき子も学習した。


「また生徒会?」

「そうだよ! ほら、上見て! わぁー、生徒会のミーティングと被るなんて奇跡だ……。しかもこんな特等席だなんて……」


 気がつけば辺りの席は全て埋まっていた。美千代に言われて上を見上げたら、なんと食堂に二階があった。二階は一階を見下ろせるような仕様になっていて、そこだけ異空間のように思える。

 一階の食堂とは一味違う豪華さに、まき子は財力の差を感じた。


「生徒会のミーティングがあそこであるの? 生徒会室ですれば?」

「生徒会メンバーは皆忙しいのよ! だから必ず時間が空く、昼休みに食事をしながら話し合いをするんだって!」

「……それ、どこ情報?」

「姫のネットワークよ」


 いしし、と笑った美千代は悪い顔をしている。彼女は人の懐にするりと滑り込めるだけの気さくさがあるけど、ちゃっかりしてるしなんなら腹黒そうだ。姫と呼ばれるファンクラブとも繋がりがあるらしい。


 まき子は興奮する美千代から視線を外して、どうせなら自分のお気に入りの先輩を見ようと二階を見上げた。

 そこには見たことのある男子三人と、同じクラスの春陽と見たことのない美女がいた。高校生とは思えない妖艶な見た目である。


「え、女性の先輩いるの?」

「そう、つい最近まで生徒会の紅一点だった、早乙女(さおとめ)椿(つばき)様! 政治家の父とデザイナーの母を持つ正真正銘のお嬢様! 早乙女武蔵って知らない?」

「あ、テレビで聞いたことある! その娘?」

「そうよ」

「やっば! すごっ! そんな人が同じ学校にいるの!?」


 驚いて、呆然と見上げた。自分には程遠い世界で生きる上の方の人間。

 見上げるくらいが丁度いいのかもしれない、とまき子は頬杖をついた。


 生徒会五人が一つの席に座る姿は圧巻の一言だった。その中で、春陽は確実に浮いている。椿とはまた違った初々しい可愛らしさは成熟された先輩の中に混じるには異質すぎた。

 だが、その愛らしさが逆に生徒会の雰囲気を柔らかくしているようにも見える。


 美千代が言った、特等席とはどうやら本当のようで生徒会の話し声も聞くことができた。隣の美千代は盗み聞きする気満々であった。煩くすれば殺されるかもしれないと思い、まき子は黙って自分も生徒会の会話を聞くことにした。


「貴女が新しい生徒会の会計ね?」


 凛とした声が響く。春陽ではない女性の声は椿で間違いない。その容姿に負けぬ芯のある力強い声だった。


「あ、は、はい! 一年の綾瀬春陽です……!」

「そんなに怯えなくていいのよ。これからは貴女も生徒会の一員なのだから。ねぇ? 斗真」

「あぁ。困ったことがあるなら椿に聞くといい。女性同士の方が何かと話しかけやすいだろう」


 次に聞こえた声は聞いたことがある。あのライオンみたいなイケメン生徒会長だ。美千代の情報では彼は俺様系イケメンと聞いたけれど、いままでの言動を見る限り、どうも俺様とは感じられなかった。相手を気遣うような声かけをするし、高圧的な態度もない。

 俺様とはなんだったか……? とまき子がくだらないことを考えている間にも話は進む。


「自己紹介した方がいいよね? 春陽ちゃんは僕のこと分かる?」

「あ、いえ、ごめんなさい、知らないです」

「そうだよね。僕は七々扇真澄。副生徒会長をしてるよ。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 柔らかいふわふわしたこの話し方。まき子のお気に入りの先輩である。まき子はバッと顔を上げた。柔和な容姿に見合う美しい高めの声だった。声まで綺麗など反則である。

 美千代が隣でニヤニヤしながらまき子を見ていたので、まき子は咳払いをして誤魔化した。


「で、こっちの寡黙な厳ついのが東條清史。会計。ピアノが得意なんだよ」

「よろしく」

「…よろしくお願いします」


 異常なほど喋らない身体の大きな男は美千代の推しである東條清史らしい。美千代は感動のあまり顔を両手で覆い、天井を見上げていた。


「あの、庶務って何をするんでしょうか」

「それはちゃんと追々教える。今は春陽の参加祝いで集まっただけだ。小さな親睦会と思って気楽にしてくれ」

「は、はい」


 春陽の声はどう考えても緊張で強張っている。気楽になんてとてもじゃないが出来ないだろう。


(あんなイケメンや美女に囲まれたら料理の味なんて分かんなくなりそうだ)


「……あの、これからよろしくお願いします。私、頑張ります」


 丁寧に春陽は頭を下げて、しっかり挨拶をする。生徒会のメンバーは微笑ましいものを見るように彼女を見つめていた。

 まき子は春陽の様子に関心した。可愛くて、礼儀正しくて、勉強もできるなんて完璧じゃないか。


 だけど、生徒会の周りを取り巻く生徒たちの春陽に対する視線は、優しいものではない。

 まき子は不安になって美千代に聞いた。


「春陽ちゃん、いじめられたりしないよね?」

「生徒会に入ったってことは生徒会長の加護があるってことよ。だから余程のことがない限り表立ってどうこうしようとは思わないんじゃない?」

「そうだよね……。ファンもすぐにできそうだもんね」

「そうそう。──変に調子に乗らなければね」


 美千代の冷たい声にまき子は背筋を凍らせた。真顔でそんなことを言われれば、顔が強張ってしまうのも無理はない。怯えたまき子に、美千代は笑ってみせた。


「ほら、時々ね、いるのよ。生徒会に呼ばれて、勘違いしちゃう人が。そりゃ実力が認められるのは嬉しいだろうしあんな美女イケメンに囲まれて舞い上がるのも分かる。でも、それで威張り散らしたり周りを見下すのは違うと思わない?」

「……確かにそうね。美千代の言うとおりかもしれない」

「でしょ?」


 まき子はちょっと美千代が怖かった。中学時代に色々体験してきたまき子は、言葉をオブラートに包みあまり自分の感情を出さないことで上手く人と関わってきた。上滑りする言葉でも、ハッキリ言って相手を傷付けるよりマシだと思っていたからである。

 でも、美千代はその逆。ズバズバ物事をハッキリ言うし、正論も憶さず相手に伝える。きっと他人にも自分にも厳しいタイプで、まき子に少しでも失望すればあっさり関係を絶ち切ってしまいそうな雰囲気があった。


(言葉に裏表がないから分かりやすいけど、怖い子だなぁ)


 しかし、だからと言って、まき子が怯える必要などない。なんせ、まだ出会って一日目。お互いのことなど全く知らないのだから今彼女を判断するのは早すぎる。


「まき子、この卵焼き食べる? 甘いのが好きなら食べていいよ」

「美千代は?」

「私は毎日食べられるから、あげるよ。ほら」


 美千代は最後まで残っていた卵焼きを、まき子にあげた。こういうのは弁当の持ち主である美千代が最後を食べるものだとまき子は思っていたが、彼女はなんの躊躇もなくまき子にあげる。


(ちょっと怖いけど、すごく優しい子だ)


 まき子はそれがわかっただけで十分だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 椿さまのイメージ→黒髪ロングのクール系美女 脳内妄想が捗って美味しいです
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