5、私は翻弄される
よろしくお願いします。
夜会は始まりこそゴタゴタとしましたが、以降恙無く終える事が出来ました。とは言え、時間が押して色々な部分が短縮されましたが。
中でも面倒な貴族からの挨拶がばばばっと最速で済んだのは僥倖でしたね。名乗りとおめでとうと一言でハイ次っ! でしたから。毎回これになりませんかね。無理ですか。
夜会が終わった後にはアルにお願いして屋上の温室でいちゃいちゃしました。それはもう、本当に楽しかったですよ。ぎゅっと抱き締めたり、キスをしたり、膝枕をしてもらったり……。
本当に女装デート一回の価値がありました。
ハァ。そろそろ私が何かお願いする度に服の交換や女装の強要をするのは止めてほしいですね。女物の服を着てのお忍びは特に肝を冷やします。
それに可愛い可愛いと褒められてももう嬉しくありません。私はれっきとした成人男性なんですよ。このなかなか筋肉が付かない線の細い身体も母上そっくりな女顔も、私はあまり好きでは無いのに。
……でもアルに求められたらその笑顔が見たいが為だけに喜んでこの身を捧げるでしょう。
◇
夜会の翌日、三人の処罰が決まりました。
アーロンとデリックは決まっていた騎士団への内定が剥奪されました。そしてそれぞれの領地に呼び戻され、再教育が施されるそうです。きっと王都に戻る事は無いでしょう。
クラリス嬢はアルへの侮辱罪でとりあえず懲役3年が言い渡されました。他にも色々と余罪が追加されそうです。
そうそう、彼女は学院入学直前にクロトン男爵家に引き取られた庶子でした。
あの夜会には伯爵家以上の家格の者しか招待していなかったのですが、そこはペペロミア侯爵家のアーロンとパキラ伯爵家のデリックによって招き入れられてしまったらしいです。
護衛騎士の落ち度として、当日警備に携わっていた者は1週間無償奉仕の罰が与えられました。本当に迷惑な話ですよね。アルにナイショで差し入れ位はしておきましょう。
そして彼女は言動が怪しかったので、アルによって自白魔法が掛けられました。
あれだけの事をして、アルを見た途端アルフォンス様と甘ったるい声で鎖をガシャガシャと。虫酸が走ります。
私と彼女の接点は唯一、入学式の日だそうです。急いでいた彼女が転んだ所を私が助けたとか。
私はアルと一緒に通える事が嬉しすぎてよく覚えていませんでしたが、アルがそう言えばそんな事もあったと言っていましたね。3年も前のどうでも良い事をよく覚えているものです。
他に私に関する事で言えば『出会いイベントをこなしたのに、ウィルが全然寄って来ない!』と憤慨していました。
出会いイベントとは一体何でしょう。そもそも私は彼女の存在を認識していなかったのですが。アルが勘違い女と言っていたのも頷けます。
あとは『悪役令嬢が学院に居ない!』『イーサンとなかなか遭遇できない!』『本命はアルフォンス様なのに全然関係が進展しない!』等々、意味不明な事を言っていました。
悪役令嬢はアルミネラの事らしいのですが、何なのかわかりません。アルフォンスが本命と言うのも、アルはあのような対処をしていたのでお話になりません。記憶から抹消されるなんて、彼女は一体何をしたのでしょうか。
……なるほど、胸を押し付けての誘惑ですか。確かに見事なモノをお持ちの様ですが。でも、地雷と言う言葉は知っていますか? と彼女に聞きたいです。
あぁ、もちろん私は今のアル位が丁度良いと思いますよ? アルには彼女ほどのモノは必要ありません。それに、それはそれで育てる楽しみがあって……ひぃ、ごめんなさい。お願いだからそんな蔑む様な目で見ないでください! アルにそんな目で見られたら立ち直れません!!
宰相の息子であるイーサンは既に卒業して文官として働いているのですが、使いで学院に来た時に何度か絡まれたそうです。
急いでいる時に廊下の曲がり角でぶつかられた時は本気で殺しそうになったとか。その日の内に提出しなければならない書類がバラバラになって、並び替えるのに時間が掛かるわ、数枚行方不明になるわでかなり大変だったらしいです。
更に、彼女には魅了の眼と言う加護がありました。調べてみると、極一部の人間にしか掛けられないものだそうです。アーロンとデリックはこれによって魅了状態だったとか。あれだけの事をしでかして騎士団への内定剥奪で済んだのは、この辺りの事情を汲んでのものです。
彼女は私とアル、イーサンにも魅了を掛けたらしいのですが、私はそもそも王族なので洗脳関係は加護で守られています。イーサンは母上が王妹(私の叔母)なのでギリギリ加護の範囲内ですね。アルに関しては、何か変な感じがしたから跳ね返したと言っていました。何ですかその力任せな対処法は。
と言う事で、とりあえず騒動は落ち着きました。あとは専門の方々に委ねます。
◇
あの夜会から1日休みを挟んだ今日、朝からアルは私を翻弄してきました。
いつもはちゃんとアルフォンスになってから私を起こしに来るのに、今日はアルミネラのままで来たのです。
涼やかな声でおはようと声を掛けられ、いつもなら布団の中でグダグダしている私はパッチリと目を覚ましました。下ろされた髪がはらりと私の顔にかかり、覗き込む様に細められた目とほんの少し開いた唇が目の前に。堪らず口付けたのは仕方がないと思います。
……夢と現の狭間で寝惚け、朝から暴走寸前だった私は気付きませんでした。アルからの腹パンが無ければこの関係が終わる所だったなんて。それまで完全に都合の良い夢だと思っていましたからね。これからも気を付けないと。
アルは何食わぬ顔でまた後でと言うと、自室へ戻って行きました。痛みにお腹を抱え踞ったままの私を放置して。
私は痛みがある程度引くと、侍女たちを呼びに扉へ向かいました。余程私の顔色が悪かったのか、医師を呼ばれたりと少し騒ぎになってしまいましたね。
私の腹には見事なアザが浮かび上がりました。手加減の上、急所を外す辺りはさすがですが、もうちょっとやりようがあったのではと思います。
医師から強く問い質され渋々こうなってしまった理由を言うと、皆私の事を生温い目で見てきました。そして一様にこう言ったのです。
『それは殿下が悪いです』
──そして今、私はいつも通り馬車で学院へと向かっています。なぜかアルフォンス姿のアルと。
アルは私の目の前でその長い足を組み、窓枠に頬杖をついて外を眺めています。本当、悔しい程絵になります。
「なぜ今日もアルフォンスなのですか? もうアルミネラを解禁しても良いですよね?」
「フッ、アルミネラで隣に居たら、ウィルがソワソワして勉強に集中できないだろう?」
……正直、図星を指されぐうの音も出ません。
「卒業まであと2ヶ月なんだ。少しは我慢しろって」
アルは前屈みになって私の頭をぐじゃぐじゃと撫で回します。やめて欲しくて見上げると、唇を掠める様なキスをされました。
「ははっ。顔を真っ赤にして、本当にウィルは可愛いなぁ」
「もう! 何なんですか! アルの方が男の私よりスマートに格好いいとか、どうしたら良いんですか!!」
私が頭を抱えたら、向かいからクスクスと笑い声が聞こえてきます。
へそを曲げた私は学院に着くまでアルの方を見ないと決めました。でも、いつもすぐにほだされてアルを見つめてしまうのですけど。
はぁ。一昨日の事があったので昨晩から気が重かったのですが、アルのお陰で頑張れそうです。これからもよろしくお願いしますね。
本編おしまい。
次話より蛇足です。2話同時更新です。