4、私は静観する
よろしくお願いします。
※あらすじを書き直しました。
アルは私の腕から離れ、彼女達へ向かい合いました。アルの温もりが無くなってしまい少し寂しいです。
「そこのお嬢さん。何を根拠にわたくしを悪女と罵っているのかしら?」
アルの涼やかで凛とした声が会場に響きます。
「あなたは勉強の為に隣国へ留学しておきながら、学校へ通わずに遊び歩いているではないですか!」
やはり噂話を出してくるのですね。あれ? 噂話のはずなのに断定するのですか?
「なるほど。宰相閣下、わたくしの卒業証明書はお持ちですわね。こちらのお嬢さんにお見せしてくださらない?」
会場がザワッとしました。そうなのです。私と同い年のアルミネラは、本来であればまだ隣国の学校へ通っているはずなのです。それが卒業証明書とは? と疑問に思うのも無理はありません。この国の学院には飛び級と言う制度はありませんからね。
「サンスベリア嬢、こちらが貴女の卒業証明書です」
アルは宰相に御礼を伝えると、彼女の前にいるアーロンへと渡します。アーロンはそれを見て言葉を失いました。そこに書かれた卒業年齢に驚いているのでしょう。
アルは『アルミネラの卒業証明書』があればアルフォンスとして学院に入学をしても良いと陛下たちから言質をとり、それを実行に移しましたした。15歳になったと同時に隣国へと渡り、級を飛びに飛んで3ヶ月で卒業してきたのです。
アルの並々ならぬ努力のお陰で、私は入学式から毎日一緒に学院に通っています。ふふ。とっても愛されているでしょう?
「そんな……これは偽物よ!」
アーロンに見せられた彼女も、驚きに言葉が詰まってしまった様です。でも、その瞳はまだ光を失っていません。厄介ですね。
チラリとアルの表情を覗き見れば、楽しげに口角が上がっています。これは日頃の鬱憤を晴らすつもりですね。でも、彼女の存在自体を忘れていたのでは? まぁ、何か言葉を挟んでアルの機嫌が悪くなるのも困るので、私は静観していましょう。
「あら、こちらの証明書が偽物と言うことは、友好国である隣国の事を疑う事にも繋がるのですが。お嬢さんはその言葉に責任を持てますの?」
アルはクスクスと笑っていますが、会場の空気が凍りました。今日の来賓の中に件の隣国から大使が招かれているのです。
気になってチラリとそちらを見たら、なんとも言えない顔でアルの事を見ていました。これは隣国でも何かやらかしていますね。
「あ、あなたが隣国の学校を卒業した事は認めるわ!」
おや、簡単に理念を曲げましたか。いや、そこまで大層なものでもなかったのでしょう。認めると言ったものの、次は何を言おうかと悩んでいる様です。
そこへ美しい救世主の手が差しのべられました。
「あぁそうでした。わたくしには黒い噂があると耳にしましたの。お嬢さん、もしその内容を知っていたら教えて頂けませんか?」
アルはクスリと笑って彼女を見ます。でも恐ろしい事に目が笑っていません。発言次第では大変な事になりますが、彼女は何と言うのやら。
なんだかドキドキしてきましたね。普段はあり得ない状況に、少し楽しくなってきました。
「あなたはウィルと言う婚約者が居ながら、男を取っ替え引っ替え侍らしているじゃない! それに、夜な夜なわたしの口からは言えない様なふしだらな場所に入り浸っているんでしょう! まるで娼婦の様なあなたが公爵令嬢なんて聞いて呆れるわ!」
ははは。はい、さようなら~。100点満点で地下牢行きですね。彼女は気付いていないどころか、どうだと言わんばかりに胸を張っていますが。不敬と言う言葉を知らないのでしょうか。
「なるほど、そうですか。何箇所か訂正させて頂きますね」
何箇所か……全否定しないのですか? 何か考えがあるのでしょう。
「まず、ウィルの婚約者との事ですか、昨日までは婚約者候補でしたの。それから殿方を何人も侍らしているような噂ですが、わたくしが仕えているのはただ一人だけですわ。夜な夜なふしだらな場所は、まぁ、似たような状況なのでそこだけは認めましょうか」
アルの言葉に私の耳が一瞬で熱を持ちました。
あぁもう、チラッとこっちを見ないで! 扇子の下とは言えニヤニヤ嗤うのは止めなさい! 美人が台無しです!
「やっぱり! あなたはウィルには相応しくないわ! サンスベリア公爵家もアルフォンス様が継ぐべきなのよ!」
……なぜ私はウィルと愛称で呼び捨てで、アルフォンスは様付きなのでしょうか。どうでも良いのに気になってしまいました。いえ、軽い現実逃避ですね。
「はぁ。それでは種明かしをしましょうか。面白いので結婚式まで引っ張るつもりでしたのに。まぁ良いですわ。
わたくしはある殿方に誠心誠意お仕えしております。それこそ、おはようからおやすみまでほぼ毎日。側に控えていないのは着替えと入浴と御手洗いの時くらいのものですね。場合によっては主人の私室で二人きりになることもありますわ。
警備の都合上、主人の寝室のお隣に私室を与えられておりますの。扉から直接行き来のできる続き間と言うものですね。夜な夜な結婚しているでもない殿方の寝室と繋がっている部屋で就寝しているのですから否定しませんでしたのよ。
ねぇ、ウィリアム殿下?」
アルは扇子を外し、良い笑顔でこちらを見ました。恥ずかしくて思わず手で目を覆います。
「──家族からの生温い視線が耐えられないので、私との日常を暴露しないでください。それと、私は神に誓って手を出してなどいませんからね」
寝室が続き間とは言え、あくまで護衛用の続き間で、夫婦の寝室とは違うんですよ。……私は誰に向かって言い訳をしているのでしょうか。
アルとずっと一緒に居たいと駄々を捏ねたのは幼少期の私ですし、隣の部屋を用意したのも当時の私です。思春期を過ぎても未だにそんな関係が続いているのは、どうしても私がアルを手放せないからですね。
たまに煽られてドキリとしますが、結婚するまで耐えると義父に誓いを立てています。それがこの関係を続ける為の条件です。ハグやキスくらいは許されていますけど。
会場全体が今までで一番ざわめいています。恐る恐る手を外してサッと見た所、驚きの視線と困惑の視線が突き刺さります。あぁ、心臓に悪い。
今のアルと私の発言で、アルフォンスの正体にたどり着いた者がそこそこ居る様です。優秀ですね。目の前の彼女はそこまで思い至っていないようですが。
「やっぱり破廉恥じゃない!」
「──クッ、ククッ、ハハハッ! バカだとは思ったが、ここまで愚かだったとはな。いったいお前の頭には何が詰まっているんだ?」
とうとうアルはアルフォンスの口調と声で彼女を罵倒しました。思わぬ事態だったのか、彼女はポカンと口を開けています。はしたないですよ。
「アルフォンス・サンスベリアはこの世に存在しない。私がウィルに常時侍っても支障がない様に化けていただけだ。四六時中ウィルと行動を共にしているアルミネラ・サンスベリアは、噂されている様な行動が一切とれないとこれでわかったか?」
ははぁ。言い切るアルは格好いいですね。でも、アルミネラでアルフォンスの仕草をされると、何だかよくわからない気持ちになります。私の中で二人が別れてきているのでしょうか。
「護衛騎士、この三人を捕らえろ。特にこのバカは侮辱罪で地下牢行きだ。連れていけ」
アルはテキパキと護衛騎士に指示を出し、私に向き直りました。
「ウィル、遅くなってしまいましたがわたくしたちの夜会に戻りましょう」
サッと令嬢モードになったアルは私にエスコートを促します。そして先程から私がドギマギしている事に気付いたのか、アルは耳元で囁きました。
「うふふ。顔が真っ赤なウィルも可愛いですよ」
私が更に顔を赤くしたのは仕方がないと思います。
お嬢さん、彼女→クラリス
名前を呼ぶ気の無いウィルとアル