2、私は嫉妬する
ここからは普通に進みます。
1話の様な展開を期待された方には申し訳ございません。
よろしくお願いします。
今日の夜会は私ことウィリアム・アシェル・モンステラ第三王子の成人祝いです。
それと同時に、アルミネラ・サンスベリア公爵令嬢が私の婚約者候補から正式な婚約者へとなった祝いの席でもあります。
とは言え、私にはアル以外に候補者が居た訳では無いので、今までと然程変わりありませんが。
あぁ、アルの方は色々と大変ですね。アルミネラとアルフォンスの一人二役ですので。でもまぁ、国王陛下を筆頭に王家と宰相は事情を知っているので問題ないでしょう。
そして、この婚約はアルが王家へと嫁ぐ為のものではなく、私が公爵家へと婿入りする為のものです。アルは一人っ子ですからね。
私は将来アルを助けられる様に、空いた時間でサンスベリア公爵領の予習をしています。私がアルの足を引っ張る訳にはいきません。
それに、父上はまだまだ現役で兄上たちもご健勝ですから、私まで王位が回ってくる事も無いでしょう。少し歳の離れた王太子の元にはまだ幼いですが王孫も居ますので、王家としては安泰ですね。
彼が無事成人した暁には次兄と共に王位継承権を手放す予定です。下手に持っていても軋轢を生むだけですから。
私たちの未来は準備万端と言いたい所ですが、先程聞いたアルミネラの噂が気にかかります。私とアルはすんなりと結婚する事が出来るのでしょうか。
私はアルの用意が整ったと報告を受け、公爵家へ割り当てられた部屋に向かいます。
許されて部屋へ入ると、サンスベリア公爵と公爵夫人、そして着飾ったアルミネラがいました。
アルはそのスタイルの良さを活かした紺色のドレスに身を包んでいます。なるほど、胸元から首まで繊細なレースで覆われるから首飾りは要らないと言ったのですね。鎖が引っ掛かってしまっては大変です。
詳しい事はわかりませんが身体の線が全面的に強調される形の為、着るにはかなり身体を絞る必要があるでしょう。いや、常に鍛えているアルは絞る必要がなかったですね。はしたないと言われそうなドレスですが、極力露出を控えている事と、同色の珍しい形をした丈の短いジャケットによって品の良さは保たれています。これは長身のアルだからこそ着こなせるものなのでしょう。
今の私の位置からは見えませんが、夜空に輝く月の様に美しい白金色の髪は頭の後ろで綺麗にまとめられていることでしょう。そのアクセントに耳飾りと一緒に私が送った揃いの髪飾りを着けてくれているはず。
側近として四六時中一緒にいるアルの目を盗んで贈り物を選ぶのは、本当に大変なのです。
私がほうっとアルの神々しいまでの美しさに見惚れていると、卿からそろそろご挨拶宜しいですかと声がかかりました。その声には少しだけ、揶揄いの音が混じっています。
「殿下、この度は成人おめでとうございます」
「ありがとうございます。サンスベリア卿、これからも今まで以上にご指導のほど、よろしくお願いいたします」
私がペコリと頭を下げると、殿下はいつも真面目ですねと朗らかに言われました。夫人は隣でうんうんと頷きながら微笑んでいます。
お二人は将来の義父、義母なのです。しっかりとご挨拶させていただかないといけません。それなりの頻度でお会いしていますが、この様な場でないと言う機会もありませんからね。
「それでは、アルミネラ嬢をお借りします」
「よろしく頼みます」
「いってらっしゃい、また後でね」
私達はお二人に見送られ、会場の控え室に向かいました。
私達は控え室に着きました。
すぐに呼ばれる様なので、椅子に座らず待つことにしました。とても悔しい事ですが、並んで立つと私とアルの目線は揃ってしまいます。
アルは立ち姿まで美しいですね。ヒールを履いて歩いてもぶれない、ピンと伸びた背筋は日頃鍛えているからでしょう。
しかし、化粧とは凄いものです。周りに冷たい印象を与えるつり目がイタズラ好きな猫の様に変わり、本来は薄いはずの唇がふっくらとして美味しそう。変わらないのは瞳の色と鼻筋くらいのものでしょうか。
アルミネラとアルフォンスが同一人物と見破る事は、相当に難しいと思われます。姉弟だから似ていると言われてしまえば、皆すんなりと納得する程の変わり様ですから。
「うふふ、先程から見惚れすぎですわ」
聞き慣れない涼やかな声が耳朶を打ちました。
「滅多に見られないアルミネラをしかと記憶に留めようと思いまして。──アル、いつにも増して綺麗ですよ」
「まぁ! ありがとうございます」
アルはにっこりと薔薇の蕾が綻ぶかのように微笑んでいます。
……抱き締めても良いでしょうか。いや、今はダメですね。ドレスに変な皺がよってもいけません。夜会が終わったら抱き締めさせて貰いましょう。終わってしまえばもう人前に出る事も無いですから、そのままキスをしても許されますよね。
どうせなら屋上の温室にでも誘いましょうか。令嬢モードのアルをたっぷりと堪能したいので。アルは私の側近として城で寝泊まりをしているのですから、多少夜遅くなっても問題ないはずですね。
ふふ。そんなご褒美があると思えば、これから始まる面倒な夜会(貴族たちの探りあいの挨拶、好きでも無い令嬢を誘わなければならないダンス)はいつも以上に頑張れそうです。
私とアルは少しの間見つめあっていたと思います。突然、オリーブ色の瞳がイタズラを思い付いたとばかりに煌めきました。
「ウィル、少し縮みました?」
「な!? アルが高いヒールを履いただけでしょう!!」
──ほんっとうに! 面白くない!!
アルが私に遠慮して高いヒールを履かないのは知っています。履いても精々5cm程。でも、その5cmが私の余裕を無くします。決して私の身長が低い訳では無いのですが、アルが女性にしては高すぎるのです。
わかっています。私が少し良からぬ事を考えていたのがアルにばれたのでしょう。釘を指して来たんですね。でも仕方がないじゃないですか。滅多に会えない恋人なのですから。いや、毎日会っていてもそれとこれとは別物です。
はぁ。強く、賢く、気高いアルに更に身長まで負けてしまったら、私は立ち直れないでしょう。もしそうなってしまえば、私が勝っているものは王子と言う身分くらいのものですから。それに、アルの方が女性にモテますし……。これが劣等感や嫉妬と言うものですね。
「うふふ。やっぱり落ち込んでいるウィルは可愛い」
そんな不穏な言葉と共に、アルは私の頬を手袋越しにするりと撫でました。私は唖然としてしまい、返す言葉が見つかりません。
その時、用意が出来ましたと部屋の外から声がかかりました。今の私からしたら救世主の声です。
私達は連れだって、控え室を後にしました。
肩出しマーメードライン、ホルターネックのドレス
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ショート丈七分袖ノーカラーのジャケット
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シルクの総レースの手袋