逃亡
まぁぶっちゃけ幻刀顕現は卒門前には出来ていた。が、誰にも見えないし感じないようなので、それは出来ない(・・・・)のと同義であろう。
例え見えていても信じなければ居ないものと一緒な幽霊と、全く見えないけど居ると信じる幽霊と、どっちが必要とされるだろうか。
俺としては両方要らない必要ないである。でも、母さんの幽霊なら何時でも現れて欲しいものだが、それはまた別の話だろう。
さて、そんな訳で無事、幻刀流の門徒に入れなかった俺は、今は船の上である。そう密入国もとい、脱出中である。
こうなることは予想済みというより計画通りなので、問題ない。船頭をさせた人たちには既に金を渡し渡してもらうという契約だ。
黒刀、断空であるが、物は切れないが、逆にそれ以外は何でも切れるという良くわからん仕様である。製作者出てこい。俺だ。
記憶を切ればその切られた相手は記憶を失うと同時に、その相手の記憶を俺が食ってしまう。知ってしまうのだ。
知りたくもない事まで知ってしまうのだから質が悪い。
なんでそんな事をと思うだろうが、この船頭達の記憶を消すということであり、記憶と思い出を人質に取っているとも言える。
食った記憶や思い出を、吐き出すことで本人に勝手に戻るのは過去に何度か試しているので把握済み。
哀れ船頭の家族達は記憶と思い出を失い人質にされた状態で俺の言うことを聞かねば元に戻らぬという鬼畜仕様。
我ながらなんと恐ろしい力だろうと思う。妹様に忘れられる、華月に忘れられると思うだけで恐ろしい。あぁ、本当はそうしてから外に出るつもりだった。
それが一番穏便だったのだが、流石に同じ時を子供の頃から過ごしていた記憶が消えれば不安に思うだろう。そんな想いをさせたくはない。
結論としては俺の記憶を俺が消せば良いという自傷行為に相成るわけだが、これがうまくいかなかったのも言わずがなである。
俺が俺の記憶を食えば俺のものである。自明の理ではあるのだが、納得は出来ない。
そして最悪は殺すことだ。この断空で切り刻み存在を消した場合、大量のその人が歩んできた歴史ごと俺に流れ込んでくる。人であろうと鬼であろうとだ。
そんなのに耐えられる訳がない。俺の心は壊れるばかり、いつの間にか自分が自分でなくなっている感覚に俺は恐怖した。
湧き上がる嫌悪感を切り刻んだ。これは切り刻める感情は切り刻める。
まぁ、何が言いたいかと言うと、無事に国を出られたということだ。
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俺の記憶を失い、なんでこんな場所に居るのか解らず途方にくれている船頭たちを置いてけぼりにして、俺はようやく外の世界に降り立った。
船に何日ゆられたことか、かれこれ三日か四日か。船酔いで寝込んでたから良くわからん。終わりよければ全て良し。
とにかく今は食料確保と水の確保が先決である。それより村か街は無いものかね?
密入国な訳であり、いきなり街に船をつけられなかったのと、流石に記憶を消す作業を街のものに見られる訳にも行かないわけで、こうして苦労しながら森を進む訳だが歩きにくいにも程がある。
せめて人の手が入った道まで出られれば後は野となれ花となれ。いや、違うな。まぁ、何とかなるだろう。
こういう時は物語の王道である馬車が襲われていて颯爽とそれを助ける主人公的な何かを期待してしまうが、そんなことが実際にある筈もなく只管に森を進む。方角? 知らんわ。
ようやく開けた道に出た頃には夜であった。流石になんか猿みたいな魔物やら、犬? 狼? みたいなのが襲ってきたりと面倒極まりなかったが。
こちとら地獄の幻刀流の門下生での日々を潜り抜けて来た訳で。そのへんで拾った木の棒や石ころでボコボコにしたった。
正直、ナタとか刀とか持ってくりゃ良かったと後悔したが、今更おそすぎる。正直旅を舐めてた、うん腹減った。
そして上陸後初めて出会った現地民! ようやく人に出会えたよ。恋しかったよ、いかついオッサン達でも嬉しいものだ。
「おいガキ! 金目の物おいていけや。命だけは助けてやる」
「へっへっ、兄貴。こいつ黒髪で見た目も良いから高く買って貰えるんじゃねぇですか?」
「おう。なら身ぐるみ這いで奴隷として売っぱらってやる。ありがたく思えや!」
十人くらいに囲まれてるな。さて得物もないし、こんな奴らに絶空を使うのも気持ち悪いし、どうしたものかね。
別に金目の物なんて無いしな。奴隷だろうがなんだろうが街まで連れて行ってくれるならそれも悪くないな。
「ふむ、では奴隷になるのは良いのだが、どうすれば奴隷になれるんだ?」
俺は浅学なので奴隷の定義が解らない。奴隷になったことがないので、どのような態度が奴隷に相応しいのか解らないのである。
「いや、奴隷は奴隷だろう? 何いってんだガキ?」
「いやいや、俺が聞きたいのは奴隷の定義についてだ。俺は広義の上での奴隷の意味は理解できるのだが、お前らの言う高く買って貰える奴隷の定義が解らんのだ。その辺りを是非ともご教授して頂きたい」
「奴隷は奴隷だろうに。一般的にはそうだな、ご主人さまに扱き使われて死ぬほど辛い目に合うことじゃないのか? いや、そうなのか?」
「あ、兄貴、そんなに真面目に答えなくてもふん縛ったほうが早いですぜ」
「サムお前は黙ってろ。今はこのガキと奴隷について語り合ってるんだ」
「ちなみに何だが俺は今まで死ぬほど酷使された挙げ句に死にかけた回数は数え切れんほどある。十日ほど水以外は断ったこともあるし、毒も飲んだことがあるし、殺されかけたこともあるが。奴隷ではなかったな・・・・・・」
「お、俺が見た奴隷は絶望した目をしてたぜ! 目が世界を諦めているような・・・・・・」
「絶望など何度したか解らん。何度死のうと思ったことか。しかし、不幸な人生では無いと今なら言える訳だが、奴隷ではなかったな・・・・・・」
「う~~~ん」
「「「奴隷ってなんだ?」」」
オッサン二人と俺が首を捻って考え込む。ホント定義が難しい議題である。
「・・・・・・って、兄貴! 騙されちゃなんねぇ。こんなガキの口車に乗って、こいつはあやふやにして逃げるつもりに違いない!」
「お、おう、そうだな。でも、なんか気が抜けちまった。おいガキ、お前金目の物とか持ってるのか?」
「いや無一文で食い物すら無い。村か街まで出られれば良いなと適当に森を歩いた結果、今に至るわけだが。すまんなご要望に答えることはできそうにない」
「・・・・・・そうか、なら一旦ウチらの塒まで来い。頭に話つけて、今日の飯くらいは出してやる」
「それはありがたい。あぁ、これは申し遅れました。俺の名前は蓬莱秋夜と申します。まだまだ、ガキの時分ですが袖すり合うも他生の縁と申しますし、馳走させて頂きます」
「おう、ガキ一人くらい面倒見るくらいの甲斐性はあるぜ。俺の名前はウズラク。そしてウチら泣く子も黙る盗賊団”漁火”だ。がっはっはっ」
こうして出会った第一村人は盗賊団の面々であったとさ。