妹は
やあ、みんなこんにちは。蓬莱秋夜です。
そっと気配を消して親父様の前から姿を消して一安心。
・・・・・・とはならず。部屋を出て暫くあるいた庭先で、妹様とばったり出くわしてしまった。
「お兄さま~っ!」
おおう、綺麗な黒髪なびかせてイノシシのような突進を受け止める兄の心意気を見よ!
「ぐはっ!」
妹様の激突により庭先で妹様を抱きかかえたまま二回ほど地面を跳ねてようやく受け止められたよ。うん、もうそろそろこのやり取りやめて欲しいな。
「お兄さま、お兄さま・・・・・・」
グリグリと頭をね。鳩尾にやるの辞めてね。まじで結構痛いから。
「はぁ、妹様よ。そろそろ、離してくれまいか? 背中と鳩尾が二律背反で痛いでござるよ」
自分でも何言ってるのか解らないが、クンクン、はぁはぁ言っている妹様をとにかく落ち着かせて立ち上がらせる。
「ふぅ、お兄さま成分を堪能させて頂きました。これで明日も生きられますわ」
「まったく、あんまりはしたない真似はしないようにな。蓬莱家として将来の旦那の為にも慎み深い女性にならないと駄目だよ」
凜夏の頬をムニムニとしながら注意する。
「お兄さまの前だけですわ。それにお兄さま以外の男性に好かれたいとも思いませんもの」
子供の頃からこの調子である。そのうち好きな男でもできるだろうと家族でも放置した結果。治らなかった。が、仕方ない。俺は悪くない。
というよりも、家族の前ではこんな調子ではあるが、一度外に出るとその可愛らしい表情から一変、冷たい氷のような表情に変わる。
氷雪姫、凜夏の二つ名であり、幻刀顕現を表すものでもある。
「凜夏、頼みがあるんだが。幻刀顕現をまた見せてくれないかな?」
「いいですわよ。凍えよ氷雪双姫!」
魂が凍えるような感覚。名に似つかわぬ厳冬を思わせる双刀が凜夏の両手に顕現される。
心を顕現するというのに、どうしてこの暖かな妹様からこのような冷たい幻刀が顕現されるのか解らない。人の本質、もう一人の自分、など色々と教わってきたがやはり理解できない。
「ほんと・・・・・・羨ましいよ・・・・・・」
羨望の眼差しを向けていると、凜夏がこちらを見てニコリと微笑む。あぁ、本当に恐ろしいほどに羨ましい。
「ところでお兄さま、明日は卒門式ですわね。明日は流石に今までのように幻刀顕現ができないフリはよしておいたほうが宜しいかと・・・・・・」
このように、妹様は致命的なまでに俺のことを解ってもらえない。血を吐くほどの苦行を行った。十になった凜夏が幻刀顕現が行えることを知ったとき焦りに焦った。無意味な自傷も行った。
死にたいと思ったことも何度もある。嫡男のくせにと影で言われていることも知っている。まったくその通りなので、目の前で言ってもらったほうがまだマシだ。
他の門下生と同じ、いや遥かに辛い鍛錬をこの身に課した。毒薬を手に入れ、致死量手前まで飲んだこともある。十日に及ぶ断食もした。あらゆる文献を読み、あらゆる事を試した。
・・・・・・だが、全て無駄に終わった。
俺には俺の心なんて全く理解できない。凜夏を疎ましく思った事もあった。いっそ俺を慕ってくれなければと思ったこともある。大切な人を殺せば・・・・・・もしかしたら・・・・・・。
「・・・・・・凜夏。何度も言うようだけど、俺には才能がないんだ。幻刀顕現は俺には無理なんだ、無理なんだよ・・・・・・」
「大丈夫ですわ! それが本当だったとしても、お兄さまは既に何体もの鬼を屠っているではありませんか! 何の問題もありませんわ!」
そう言うと、凜夏は一瞬オロオロしたあと、いつの間にか顕現していた氷雪双姫を解除していた両手で、俺の手を優しく握ってくる。
ああ、やっぱりバレていたか。俺は鬼を屠ればもしかしたら顕現できるのではないかと鬼門から外れた場所にいた鬼を何体か刀で殺している。
結局無駄だったのだが。
「まぁ、できないものはできない。しゃあないな、だからお前もそんな悲しい顔をするなよ」
俺は凜夏から手を離し、頭をポンポンと撫でる。いくら俺でもこの可愛い妹様に憎しみをぶつける気にはならない。
明日居なくなっても、大丈夫だろうこの優秀すぎる妹様に家督を譲るのも何の抵抗も無い。
「じゃ、明日卒門式で俺様の幻刀顕現を見せてやるぜ! はっはっはっ」
(出来ないけどな・・・・・・)
「・・・・・・お兄さま」
手をヒラヒラと振りその場から立ち去る。俺は明日が来ないことを祈ることしかできなかった。
さてさて、可愛い妹様にもヘタレな兄貴は格好つけては見たものの、何一つ問題は解決しないまま卒門式を迎える朝がやってきた。
既に幻刀顕現ができるものは余裕の表情。できないものは暗い重い空気を纏わせ門を潜る。
「それで秋夜は結局やるのやらないの?」
「違う、やるやらないじゃなくて、出来ないんだよ」
昨日の妹様とのやり取りの焼き増しかと疑う今日このごろ、隣に控えたるは幼き頃より婚約者として将来を誓い合わされた遠野家の才女。遠野華月である。
「私達の婚約はどうなるのかしら? ねぇ、婚約者様?」
穴という穴からダラダラと冷や汗が出るのは冷たい視線のせいだろう。ホント恐ろしい。
「えっとアレだ俺が華月にふさわしくないヘタレなので、婚約解消後、きっと素晴らしい男性が求婚してくれるっ」
「へぇ、子供の頃『華月はボクが必ず幸せにする』って言ってくれた秋夜はそんな事を言うんだ。ふ~ん、私が他の人に取られても何も感じないんだ。へ~、ふ~ん」
遠野華月は美人である。そりゃもう、まだ幼さの残る十四歳ではあるが、将来美少女から美女になるのは約束されたようなものだ。
切れ長の目に、濡れ羽色の髪には女神も裸足で逃げ出すね。女神なんか見たことねぇけど、どっちかと言えば疫病神に好かれてそうな俺には縁はないな。
そんな美少女にこうも冷たい目で見られるのは、流石に図太いと思われる俺も心胆が寒い。親父様とは種類が違う恐ろしさ。あぁ、恐ろしい。
「あの頃は若かった・・・・・・」
「あなたまだ十四歳でしょうが」
「若気の至り。つか、ぶっちゃけ婚約なんて親が勝手に決めたことじゃん。大丈夫、華月の男遍歴に傷は付かない、きっと多分恐らくは」
「そもそも秋夜と手を繋いだことがあるくらいね。男遍歴とか言わないでよ、気持ち悪い」
「で、まぁ、正直言うとこの卒門式後な。俺居なくなるつもりなんだが、どうする?」
「どうするも何も、私達遠野家は蓬莱家に尽くす立場よ。お館様の指示に従うわよ」
更に温度が下がった視線を数秒見合ったあと、「はぁ」と溜め息を漏らす華月の呆れ顔。美少女は何をやっても絵になるものだな。
「ほんとにどうしてあなたが幻刀顕現ができないのか解らないわ。色々手伝ったのに、結局今日を迎えちゃうし。本当に全く意味不明よ」
剣術主席、気術主席、算術次席、戦術次席、この成績で幻刀顕現はできません。これはこの蓬莱幻刀流始まっての珍事である。
お師匠様方は頭を抱え色々手を尽くしてくれはしたのだがこの様である。本当に申し訳ない。
「まぁ、出来ねぇもんは出来ねぇで諦めもつくってものでな。良い機会だし、外の世界で遊・・・・・・見識を広めてくるわ」
「前向きなのか後ろ向きなのか、秋夜は良く解らないわ。あんなに必死だったのに、もうあっけらかんとしてるし」
「五十三番、前に!」
「はい!」
さてさて、死刑宣告を受けた受刑者か、それとも死刑を執行される前の受刑者か。どっちにしろ受刑者は呼ばれた番号に従って師匠達の前に歩を進めるしかないのである。
・
結果? 聞くなよそんな解りきったことを。
はいはい、今年度最高位の門下生であった俺は晴れて、幻刀顕現が発動するわけもなく淡々と、蓬莱幻刀流の門徒にすらなれずにトボトボと門から出ましたよ。
あははっ。師匠たちの前で「幻刀顕現!」とか、必死に叫んじゃったよ俺。あはは、馬鹿だよね。何も起こるはずもないのにさ。
そもそも、顕現するときに使う言の葉は妹様なら「凍えよ」であり、華月は「陰よ」である。ははは、俺は一体なにを顕現できたんだろうな。今更本当にどうでもいいことだが少しは興味があったのは確かだ。
「終わったな・・・・・・」
このまま家に帰るのも何だか辛い。とりあえず、母様の墓にでも行って今日の笑い話を聞いてもらうことにしよう。
俺は親父様の正妻である、蓬莱雫の息子である。鬼の発する瘴気に当てられ、体が弱かった母は俺が八歳のときに鬼籍に入った。
ちなみに凜夏は側室であった蓬莱桔梗の娘であり、要するに異母兄妹である。
やんちゃ盛の頃から俺と凜夏をこの歳まで分け隔てなく愛してくれているし、凜夏に似ていや正確には桔梗さんに凜夏が似たのか、明るく優しく可愛いところもある。正直親父様のどこに惚れたのかわからん。
この辺の事情があって跡取りとかの問題とかもあるんだが、妹様が天才すぎるので特に反対の意見は出ないと思う。多分。
「・・・・・・って、感じで見事俺は蓬莱幻刀流の門徒にすらなれなかったよ。まぁ、母さんを死に追いやった鬼どもを駆逐する役目は担えなかったけど、なんだろうな少しだけ安心してる自分もいるんだ」
『力が欲しいか・・・・・・』
「いや、別にいらん。母さんとの語らいを邪魔すんなこの糞が」
かなり前からこの幻聴が聞こえるようになった。これが所謂もう一人の自分なのだろうか? しかし、力が欲しいかと言われれば別に要らない。
俺が欲しいのは・・・・・・なんだろうな。幻刀顕現なんて別にできなくてもいいやと全部諦めた時に聞こえたこの幻聴。
きっと、多分、恐らくはこの声に「はい」とでも答えれば、できそうな気はする。だが、俺が欲しい力はそうそんな力ではない。
鬼を殺せる力? いらない、もう必要ない。
人を守り救う力? いらない、人も鬼も等しく結局は変わらないのだから、どちらかを守り救うのは何か間違っている。
鬼と通じる力? いらない、既に持っている。
人とわかり会える力? いらない、自分すら理解できないのに他人を理解できるわけがない。
「拒絶せよ”絶空”」
黒刀が手に握られる。この刀は俺以外には見えない。人にも鬼にも見えない。感じない。
『力が欲・・・・・・』
その黒刀を腹に突き刺すと、幻聴が止まる。
「五月蝿ぇよ。この糞が・・・・・・ごふっ」
声が止んだのを確認したあと、突き刺した刀を抜き幻刀を解除する。
腹に傷はない。これはそういう刀ではない。
心を絶ち、記憶を絶ち、力を絶ち、全てを断つ。記憶を食らう。心を食らう。思いを食らう。想いを食らう。
「こんなので、鬼退治なんて出来るわけねぇよなぁ・・・・・・はははっ」
とうの昔に心など壊れている。もはや手遅れ、どうにもならない、いっそ全てを壊したいなどとは何とも子供の癇癪極まる。
「じゃあ、母さん。大事な人達を傷つける前に俺は旅にでるよ。暫くは来れないけど、安心してくれ。まぁ多分大丈夫だ」
のろのろやります