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内務省特別完治科  作者: 美作為朝
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7

「内閣支持率、大きく下落」

 その日の日本海新聞の見出しより。


 その夜はとても良く寝られた。

 睡眠導入剤のおかげか完治科とレーサーレプリカのショックのせいかはわからない。

 今日は、遼生にとって、骨髄液を採取する日だ。

 小太りの優しそうな女性看護師が朝食後やってくると


「麻酔の関係もあるので、移動していただきます」

 

 と八人部屋から一人部屋に移動になった。

 医学に貢献すると待遇も良くなるらしい。

 しかも車椅子で看護師が遼生を少ない荷物は医療事務員が運んでくれる。

 ホテル並だ。

 入院生活、衣食住そろっているというが風呂だけは不自由だ。

 右のこめかみがまた痒い。

 硬いかさぶたができているらしい。

 しかし場所が行けなかった。B棟だ。先日冒険したD棟に比べると、まだましだが80年代風のプラスティックの内装。

  

 しばらくするとナースセンターから違う女性の看護師がやってきた。


「採取は、夕食後、午後七時からに予定されています」

「七時!?遅すぎませんか」


 思わず遼生が訊いた。

 

「漆原先生の御予定があるとかで」


 女性看護師はすまなさそうに答える。

 それは仕方がない。この看護師には決定権も責任もない。


「わかりました」 


 一人部屋は静かで良いかとも思ったが、これがいけなかった。

 静かすぎて、刺激がなさすぎて気が変になりそうになる。

 ここ数日の変な出来事のせいかもしれない。

 小用を足しがてら、松葉杖でエントランスホールまで出かける。喧騒が恋しいというより、先日の冒険で受付けの前の待合室には新聞が置いてあることに気づいたのだ。

 ここ数日病院生活の色々に振り回されてニュースなど気にもとめていなかった。

 

 ピョコン、ぴょこん、ピョコン。


 A棟は良い。きれいだ。最新だ。

 ちゃんとした21世紀に自分が生きている気がする。

 頃合いは午前の外来患者のピークが過ぎた頃。

 待合室も空いている。

 世間はお盆らしい。

 待合室のど真ん中のソファーにどかっと座る。

 真ん中を金具で止めた新聞を手に取る。

 遼生が世間に居ようが居まいが世界は関係なく動いている。

 世論調査によると閣僚の失言で内閣支持率が急激に下落。辞任やむなしか。

 どっちでもよい。

 帰省のUターンピーク始まる。

 どっちでも良い。

 金沢市内で車上荒らし多発。同一犯か。

 どっちでも良い。

 大日川ダム、貯水率20%切る。

 ヤバいじゃん、ちょっと困る。

 

 空気を切り裂くような悲鳴が廊下の端から聞こえた。今までの悲鳴と全く違う女性のハイ・トーンの悲鳴だ。悲鳴の種類が違うだけでこの安心感とはいってられない。


「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 悲鳴の場所は遠い。

 外来診察室と処置室が多数立ち並ぶ、廊下と受付け前のエントランスホールの待合室とには仕切りがない。

 しかし、廊下からは奥まっており廊下の様子は見えない。

 

「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」


 悲鳴が連鎖して時差付きで起きる。

 さすが遼生も松葉杖の身ながら、廊下の様子を見に行く。

 待合室に残っていた外来の患者の中では外に逃げ出そうとしているものもいる。

 遼生長いが廊下でみたものは、、、。


 あの雷雨の中走らされていた白い戦前の傷病兵の格好をした大男が手に小さな金属の金具を持って廊下の向こうからこっちに向かって走っていた。

 大男は白い帽子を被っていたが首がややかしげ尋常じゃない目つきだった。

 廊下の奥では、この大男に切りつけられたらしい女性患者がうずくまりどす黒い血の大きな水たまりを作っていた。

 逃げ惑う患者に大男を阻止しようとする勇気のある看護師。

 医師は処置室や診察室の奥にいるのでまだ出てこれない。

 大男を阻止しようとした女性看護師が深々と腹を刺された。大男の白い襦袢に縋りながらも徐々に力を失い倒れていく。

 大男に抗おうとするものは、ほとんどいない。

 受付け奥の男性事務員も逃げだそうとしている。


「こいつは、狂っとるぅんじゃ!」


 誰かが叫んだ。


「逃げてくださぁい」


 女性の声だ。

 遼生にはすべてがスローに見える。いや違った。大男の動きがスローなのだ。

 走っている風なのだが、いかんせん動きが遅い。

 大男は斬りつけるのが目的ではなく、目の前に居るものだけを切りつけている様子だった。

 大男が持っている金属片は医療用のメスだった。

 しかも両手に持っている。 

 遼生も逃げるか避けるか早急に決断しないと大男のメスの餌食となる。

 だが、実は決断の余地がないことにすぐ気づいた。

 松葉杖ではどちらを選んでも結果は同じだ。

 一番手前の処置室に居た医師が飛び出た。

 大男と戦う気も逃げる気もなかった気がするが、大男の走るための振っていた左手のメスがシュッと医師の白衣にあたった。

 医師は袈裟懸けに切られ片膝を付いた。メスの切れ味は鋭い出血は大分あとだった。

 もう大男は遼生の居る待合室の前まで数歩だ。

 大男の表情までもうわかる。

 首がさっきと反対方向にかしげていた。目の焦点はあっていない。斜視というわけでもない。苦痛に耐えるようになぜか歯を食いしばっている。

 それにしてもでかい。大きい。

 身長は二メートルは軽く越えているのではないか。

 遼生は、膝をギプスで固められているため、しゃがんで避けることすら出来なかった。

 ただ、ただ、大男の進路に立ちすくんでいた。

 大男の右腕が斜め上から振り下ろされた。

 遼生は新聞を止めている金属の金具で受けた。


 コキィーン


 今まで聞いたことのない、乾いた金属音が院内に響いた。

 遼生は大男の振りおろした対角線上で右手で受けていた。

 大男の馬鹿力を受け止められていることが信じられなかった。

 大男は左手を今度は左から真横にサイドスローのように薙いできた。

 遼生は必死に同じく左で受け止めた。

 受けたのは松葉杖で。


「ぐぅおおおおおおおおおおおお」


 両刀のメスとも受け止められた大男が叫んだ。 

 今まで何度も聞いたD棟でも聞いた叫びだ。

 遼生は、両足でどうにか立っていたが、長くは持ちそうになかった。

 大男の右手のメスが新聞の留め具をすーっと走り、遼生の目の下を少しかすめた。

 痛みが走る。

 だが、メスが留め具に沿って走ったおかげでメスが留め具のナット引っかかり、大男は右手のメスを落としてしまった。

 一瞬、大男と遼生の目があったが、大男は遼生の後ろの後ろに展示されてある介護用品を見ていた。

 いや正確にはなにも見ていなかった。

 形勢逆転である。

 遼生はとっさに新聞の留め具で思いっきり大男の右側頭部を殴った。


 ガクィーン


 またもや、聞いたことのない金属音が院内でした。

 大男の首の傾ぎ方がさらに異様なレベルまでになった。

 それでも、大男は同じ表情のまま立っていた。どうにか大男を転倒させるか倒さないと。

 遼生は新聞の留め具でなく、直接右手でそのまま大男の側頭部を押した。ありったけの力を込めて押した。

 大男の首がもげるのではないかというほどかしいだ。

 それでも、遼生は力を入れ続けた。倒さないと。なんとか倒さないと。

 大男の左手のメスはカクカク言いながら松葉杖を行ったり来たりしていた。

 何度か遼生の胸辺りにメスがあたったかもしれない。

 遼生に出来ることは右手で大男の頭を押すことのみ。

 一瞬、遼生の右手にかかる力が弱まった。

 というより、右手が頭の上を滑った。

 首をもいでしまったのかと思ったが、大男の顔の向きは変わっていたが首はそこにあった。

 毛の塊が大男の足元にあった。

 この大男はかつらだったのだ。

 スキンヘッドになった大男の頭の皮膚は至るところ縫合ほうごうの跡だらけだった。

 そして大男の白い襦袢の襟元を見たとき、遼生は院内の誰よりも大きな悲鳴を上げた。

 首と胴体の間も縫合の跡が在り、まだ遼生が押し続けていたのでプチプチと裂けていた。あっという間に異様な匂いがあたりを覆い、鎖骨と肋骨数本と息をする度に大きくなったり小さくなったして動くのが見える灰色と化したの臓器が見えた。


「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああ」


「おい、抑えろ」

 

 大男の両脇で声がした。

 どこからか駆けつけた、二名の男性の看護師が大男の両脇に手を言れて大男を遼生から引き離した。


「たぶん、廃電が完全じゃなかったんだな」

「すぐ講師に連絡しないと、、、」

 

 駆けつけた看護師が声を潜めものすごく小さな声で語りあう。

 二名の男性看護師はあっという間に四名になり大男をストレッチャーに乗せ駆け足でどこかに運んでいった。

 

「御怪我はありませんか?」


 女性の看護師が遼生に声をかけた。

 遼生は、大男のスキンヘッドの両脇に小さな金具が付いていたことをその看護師には言わなかった。


 いや、誰にも言わなかった。

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