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内務省特別完治科  作者: 美作為朝
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「内務省とは、旧日本帝国において国内行政統治のすべてを取り扱った最大の省庁であり国内行政の要ともいうべき省庁である。

 現在で言えば、総務省、警察庁、地方の首長、国土交通省、厚生労働省、などにあたり、国家神道もあつかっていた。

 GHQはその大きさと統治におけるあまりにも大きな権限にいち早く着目し早急に縦割りに解体しつくした」

 歴史学者、鴨志田吉武かもしだよしたけ著の「内務省とその役割」より。



 遼生が朝起きて時々気づくのは、枕についた薄い金属片である。よく高級懐石料理についているような金箔に似た薄い金属片なのだが、どう見ても金ではなく鈍いシルバーのジュラルミンに見える。

 食事の食器の欠片だろうか?。

 それとも天井から落魄らくはくしてくるのだろうか?。

 入院生活ほど暇なものはない。寝られないに横になっているだけで考える時間だけはいやというほどある。

 スマホや携帯を取り上げるというのは病院の規則とはいえ如何なものか?。

 膝関節をギプスで固められた身の上とはいえ、松葉杖での歩行がうまくなってきた。

 何事にもコツがあるらしい。

 遼生は横臥し続けているのが不眠に一番良くないと病院内の探索の旅に出る。


 ピョコン、ぴょこん、ピョコン。


 遼生はまだ若いし。前身打撲の痛みも最近は退いてきた。

 病院のリノリュームに心地よくホールドされる松葉杖のゴム製の滑り止めの音と感触が心地よく感じられるときすらある。

 ときは、朝食の終わった午前中。

 階下に降りた遼生は外来の患者でごった返すエントランスホールで立ち往生。

 午前中は外来患者用なのである。

 朝の散歩は失敗だったなぁと思ったが、

 このエントランスホールにしか、全病棟を示した案内図がない。

 壁画か屏風絵のような巨大な案内図の前で立ち尽くす遼生。

 すべてを記憶するのは不可能だ。

 はっと気づく遼生。

 この能美相生病院のパンフレットを受付けまで行って手に入れた。

 これを地図代わりに、、、、。

 しかし両手で松葉杖を使っている身だ。かなり不便だ。だが、やむをえない。

 休み休み行こう時間つぶしの意味もあるのだ。


 この能美相生病院は、石川県の南部の山合いに初期の戦国時代の山城のように少し開けた山すそに建てられたらしい。

 パンフレットに輝ける来歴だけがびっしり書かれている。

 元々はなんとか寺という古刹の療病院だったらしい。歴史には興味がない。

 よくもまぁ、こんな不便なところに病院を建てたものだ。が、その山合いに建っていたからこそ遼生は助かったのだ。

 感謝すべきかも。


 ピョコン、ぴょこん、ピョコン。


 看護師の助けを一切借りない憐れな患者の小さな冒険は続く。

 遼生の八人部屋の病室があるのは二階。一階は外来専用の診察室処置室となっている。

 松永医師や漆原講師と対面したところだ。

 ここはA棟でエントランスホールの前は車回しがあり一番内装も外装も美しい。

 いわゆるこの病院の顔だ。

 A棟は四階まで、と。

 B棟からD棟まである。どんどん増改築していった様子でもう一つ規則性がない。

 各病棟が生物学的進化を遂げたようだ。

 夏場で外は熱いのでなるべく病棟内を進んでいくようにルート設定を行う。

 D棟は病院の顔のA棟からすると一番背後にあり、後ろは森というか、山と言いうか、壁のように山がそそり立っている。

 D棟からは背後にはどこへもいけない。


 ピョコン、ぴょこん、ピョコン。


 松葉杖の旅は続く。松葉杖は最高の通行パスだ。すれ違う保健師、検査技師、看護助手看護師、医師まで軽く遼生に会釈する。

 最初は気分が良かったが、遼生の顔を覚えたぞってサインかもしれないと思うとちょっと怖くなった。

 右膝にギプスはめている患者さん、、あああ山下遼生さん。とかナースセンターで会話しているかも知れない。

 しかし患者さんのことをしっかり把握するのが医師や看護師の仕事だろう、しょうがない。

 

 L字型に入り組んだ渡り廊下を渡ってB棟に入った瞬間、世界が変わった。

 えっ!?。

 遼生自身、タイム・スリップしたのかと思った。

 内装が打ちっぱなしのコンクリートになったのだ。照明も薄暗い。黒い壁面のシミもそのままだ。

 どういったわけか、冷房だけは、進めば進むほど異様に効いていてもう寒いくらいだ。

 位置的には、どんどん背後の壁となっている山裾の迫っているはずだ。

 診察室の名前がCの某になったので、もうC棟まで進んでいるのかも知れなかった。

 病院全体における自分の位置もよくわからない。A棟に帰るには来た路をもどるしかない。


 ピコン、ぴこん、ぴおん、ピコン。


 怖くなって、松葉杖のリズムが早くなる。

 だが突き進むことは、どんどん奥へ進んでいくことになる。

 病室も表札みたいな名前が書かれていなかったりする。

 はっと気がつくと、手術室のように廊下に中扉があるところに遼生は行きついた。


 『関係者以外立入禁止』

  

 と、その内扉に書かれている。

 そらそうだろう。

 しかし遼生は入院患者だ関係者だ。

 骨髄液の献体も決まっている。

 遼生は内扉の奥が気になってその内扉の横の大きな立て看板に数歩進んで漸く気づいた。


内務省特別完治科ないむしょうとくべつかんちか


 ナイムショウ!?。そんな省庁あったっけ?。完治科!?。カンチカ!?。

 まただ、完治科。

 その時、内扉の向うの一つの扉が開いた。その扉は完全密封の防音扉になっていたらしい。

 開いた途端ものすごい悲鳴がその室内から漏れ聞こえた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああ」


 遼生が夜中に遠くで聞いたあの悲鳴が目の前で聞こえたのだ。


「おい、講師を呼んでこい」


 という声とともに、テラテラの時代錯誤のゴムエプロンをした一人の男性看護師がその部屋から出てきた。

 ちらっとその看護師が処置室を出て左右を見たとき遼生と目があった。


 あの、雷雨の中患者を走らせていた雨合羽の看護師だ!。


 遼生は間違えようがないが、看護師は気づいたかどうか、、、。

 射すくめられたように遼生は内扉の前で立ちすくんでいたが。看護師は緊急事態らしくやや小走りで内扉の更に奥に駆けていった。


 処置室の扉は開いたままでまだ、悲鳴は続いている。


「ぎゃあああああああああああああああああ」


 遼生は一本の松葉杖を器用に支柱にすると回れ右をした。

 急いで今来た路を駆け戻った。


 ぴっ、ピッ、ぴっ、ピッ。


 松葉杖のピッチは最高潮だ。松葉杖を使用したパラリンピックがあれば日本記録かもしれない。

 背後では悲鳴がどんどん小さくなっている。

 遼生がカンチカから離れているあかしだ。


 気がついたら、冷や汗か本当の汗かわからないが、汗びっしょりでA棟のエントランスホールに居た。

 もう午前の外来の診療時間は終了しているらしく、エントランスホールは閑散としている。

 冷房は心地よい程度で効いている。

 だが、あの完治科とは室内で続いている。今遼生がそれを証明した。あの悲鳴を上げている患者と同じ冷房の空気吸っているのかと思うと吐き気が急にこみ上げてきた。

 遼生は自動ドアーを出た。

 外は青々とした異様な快晴。

 外気は蒸し風呂のように暑かったが遼生には心地よかった。これが自然なのだ。これが普通なのだ。

 えずきはどうにか収まった。

 車回しには運転手が昼寝中のタクシーが一台のみ。

 しかし、ここをあの雷雨の中白い傷病兵のような襦袢を着た患者が真夜中走らされていたかと思うと、急にこの場を離れたくなった。

 松葉杖を数歩進め、A棟の端まで行く。

 夏の強い午後の日差しの中、円形の大きな影が遼生を包む。

 建物の影なら長方形かひし形のはずだ。

 振り返り見上げると、D棟の屋上にUFOの下部のような超巨大なパラボナ・アンテナがあった。

 その大きさは異常でD棟屋上すべてを覆い、A棟までも覆いかぶさろうという大きさだ。

 なんだ、これは?電波望遠鏡?。

 それぐらしか遼生には思いつかなかった。

 病院の施設としてはありえない。

 遼生が訝りながら視線を落とすと、そこには、従業員用の駐輪場があった。

 こんな山合いまで自転車なら大変だろうと思ったが、駐輪場に駐輪しているのは、ほぼ原付きかバイクだった。

 遼生の目が一台のバイクに釘付けになった。

 遼生には転倒したときの記憶はなかったが、転倒前の記憶はしっかりあった。


 忘れもしない、2ストロークの250ccのバイク。バブルの時代から抜け出た様なフルカウルのレーサーレプリカ。

 車体後部のナンバープレートもあの時のまま、超遠方の県外ナンバー。

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