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「診療科目 外科 内科 整形外科 眼科 心療内科 」
能美相生病院の看板の表記より。
LED蛍光灯の白い天井。気がついたら遼生は右足の膝にギプスをはめて八人部屋の窓際のベッドに寝ていた。
窓際はラッキーなのだろうか?。
イテテテ。
寝返りをうつ度に身体のあちこちが痛い。
遼生はバイクで転倒したあとどうにかスマホで救急車を呼びこの病院に運び込まれたらしい。
バイクの前輪が切れ込んだ感覚から記憶が全然ない。
身体も気になるがバイトの二半期分丸々つぎ込んだバイクも気になる。
あそこのガードレールの下は小さな沢のはずだ。
「山下さん」
一応、先に声をかけられたが、有無を言わせぬ感じでギスギスに痩せた中年の女性看護師がカーテンを開けて入ってきた。
「はい」
弱い声で返事。
「午後の診察の時間ですが、診察室まで車椅子で行きますか?」
「いえ、松葉杖で行きます」
とは、いえ本当に悪いのは骨折したであろう右膝だけだ。車椅子は少し大げさだろう。
ベッド脇の松葉杖を頼り、階下の外来の診察室まで行く。
未だにこの病院の構造すべてを把握出来ていない。
把握しているのは、病室とトイレと診察室だけ。
もう二度目だがいつも階段で苦労する。
よくドラマなどである感じで、ちょんちょんと歩く。
階下の診察室へ赴く。
午前中の外来の患者が去った、午後の病院は怖いぐらい静かだ。
「山下ですが、」
「ああ、どうぞ」
診察室には、整形外科の松永医師が居た。
日本中のどこにでもいそうで、誰とも違う感じの医師。中年太りが始まり気味。メガネ。頭良さそう。イケメンとは言い難い。色白。
「私が、ちょこっと病室まで回れば良かったのですが、学会の準備がありましてすいません」
世慣れてない医師にしては低姿勢。
「どうですか、調子は?」
正直に答える。
「身体中が痛いです。それと転んでからの記憶がありません」
「ああ、それね、」
松永医師が大きく振り返った。遼生には見慣れた愛用のヘルメットを持ち出す。フェイス・シールドは破損してなく、右側は大きく擦れ打ちつけ凹んだ後もある。
「バイク事故ではね、メットを診て頭部の打撲状況を見るんですよ」
八耐などのバイクレースで訊いたことがある。とはいえ、同じようなことを深夜の田舎の国道でやっていたのだ。
同じようなことをされて当然だろう。
「ああ、もちろんちゃんとCTからすべて検査はしましたよ、全てね。コンカッションですね」
「コンカ、」
「ああ、脳震盪、衝撃を受けた近辺の記憶が飛ぶんですよ、ラグビーなんかでも試合中よくあります」
「はぁ」
遼生は自分の傷んだメットを見ていると右のこめかみあたりが痒くなってきた。
右手を当てると小さなゴミのような金属片みたいなのが付いている感じだ。
松永医師は続ける。
「それよりですね、山下さん入院に際して血液から尿から色々検査したのですがね、驚くべき数値が出ましてね」
「えっ」
遼生の背中を嫌な汗が流れる。
医師からの言葉はすべて重大な恐怖につながる。
「いやいや、病気とかそういうのではありませんよ、この血液検査の結果を見てください」
と言って、細かい表でRとかCとかATとかアルファベットと数字で書かれたものを見せられる。
紙に書かれた暗号だ。
全然理解できない。
「あなたは、千人に一人の非常に貴重な抗体をお持ちです」
「抗体!?」
「医学の発展に貢献しては頂けないでしょうか?」
松永医師は身を乗り出す。
「医学」
「そうです。先進医療です。実はもう大学病院から当院へ出向されている完治科の漆原先生にはもう連絡済みなんです」
「カンチカ!?」
話は遼生をよそにトントン拍子に進んでいく。
「おっと、いけない、学会に間に合わない」
突然、話が打ち切られる。
「バイクでの事故は、右膝の骨折だけでなんの心配もいりませんから。時間がなくてすいません、看護師さんを通して今度は漆原先生から連絡があると思いますので宜しくお願いします」
もう松永医師は立ち上がって白衣を脱ぎだしている。
「ちょっと、、、、」
遼生が堪らず声をかけたが、松永医師は卓上の電子カルテをカチカチとマウスで終了させた。
松永医師は診察室の奥の医師と看護師だけが通れる通路から出ていってしまった。
カンチカってなんだ!?。
また右のこめかみが痒い。