壱
初稿は2001~2002年頃。
大好きな歴史上の人物をSFに絡めようと強硬突破しすぎた感のぬぐえない作品。
3人とも実在の剣客だが、性格・特技等は脚色している。
当時の原稿にはタイトルがなく(こればっかだな…)
2012年別サイトへ投稿の際、苦し紛れにつけたもの。
はっきり言って大混乱だった。これを混乱と言わずに何と言おう。
だいたい、ここはどこだ? 否、どこというより何だ。何なのだ。
「あのぅ……そんなに押さないでくれます? こちらも余裕ないんですから」
「押してないよ。自然に体が動くんだから仕方ないだろ」
ふわふわふわ。くるくるくる。
要するに、浮きながら回ってるのである。先刻から。数秒前までは壁だったところが、今は天井、すぐさま床に。
目をあけたら、やたらと長い筒のような空間にいた。高さは7尺(※約2メートル)ほど。幅は……20尺は超えてるといったところ。四方八方、見たこともないガラクタで埋めつくされている。
「何かにつかまるとかして、体を固定させればいいんですよ」
「ああ成程……って、あんた、なんでそんなに冷静なんだ」
抱えた膝にあごを乗せ、毬のようになって壁の突起物へへばりついていた男は、さも心外といったように口をとがらせた。
「やだなぁ、私だって驚いてますよ? 夢でもなさそうですし。『天地無用』と叫びたい。でも、私を冷静と言うなら、さっきから座禅組んで瞑想中のあの御仁はどうなるんです」
男は、同様にふわふわくるくるしている、もう1人の人物を目で訴えた。
「人間じゃない」と俺。
「失敬な」と男。
「だって、ぴくりとも動かないんだぞ。生きてるのか?」
「寝てるのでは」
「突いてみよう」
「いきなり起こしたら悪いですって。私たちも少し声を落としましょう」
「そうゆうところが冷静なんだよ。回ってぶつかって起きなければ、これくらいの声で起きるわけないだろ」
「しぃ! 眠ってる獣をわざわざ刺激する必要はないってことです」
俺は、へぁ?という顔になった。
「人の皮をかぶった獣かもしれませんし、触れたとたん爆発する機巧人形かもしれません。相手の出方を待って、対処方を考えましょう」
俺が人間じゃないと言ったとき、失敬だと非難したのは誰だよ。
しかし……と、俺はあらためて第三の人物を見やった。
獣はともかく、人形はありかもしれない。俺は生まれてこの方、こんなに綺麗な女を見たことがない。
髪を後ろで束ねてるゆえ、顔立ちがはっきりとわかる。肌は雪野原。色白というだけでなく、感触までひんやりしてそうだ。潤朱色に染まった唇は、どんな声を聞かせてくれるのだろう。鶯のように可憐か、もしくは雲雀のように愛らしいに違いない。
ああ、動く姿を見てみたい。今も動いてはいるけれど、こんなふわふわくるくるした慣性の動きではなく、意思の宿った動きを。この状態では逆さになるたび、袂で顔がかくれてしまうのだ。袴であることも至極残念。裾がはだけて太腿あらわ……なんて事態も期待できない。やはり起こすべきだろう。
「あのぅ……あなた? そんなに近づいたら危ないですって。え、自然に体が動くんだから仕方ない? 今、方向さだめて壁を蹴ったじゃないですか。あ、ちょっと! 何ですか、その左手。しかも背後からなんて、武士の風上にも置けない人ですね。もしもし、聞いてます? ねぇ!」
聞いてない。聞こえてない。聞く気もない。
ふわふわふわ。
俺は彼女の右肩へそろりと手を伸ばした。
が――それだけだった。指先が小袖に触れずに止まる。否、止められた。肩に回された彼女の右手によって。でも、その顔は相変わらず前を向いたまま。
わめいていた男が押し黙った。
俺が正面から近づいたのなら、話はわかる。それでも彼女は目をとじてるわけだから俺の所作に気づくってのはじゅうぶん驚きではあるけれど、まだ納得がいく――と思った瞬間。
カチャっと音がして、俺は彼女の前にいた。声を出す間もなかった。俺の左手をつかんだ彼女はそのまま背負い投げのように腕を振り下ろし、結果、俺の背後をとっていたのだ。
嘘だろう……?
《伊庭の麒麟児》、《伊庭の小天狗》と恐れられてきたこの俺が、不意をつかれたとはいえ女に投げられるとは!
反転したとき、天井に踵をぶつけた。突起物にでも当たったのだろう。絶対、切れてる……痛い。しかも背骨のあたりには、嫌ぁな感触も。
カチャ。あの音。聞きなれた音。聞き違える筈もない。空耳じゃない。彼女は刀の鯉口を切り、柄頭を俺の背に押しあてているのだ。
「降参」
俺はゆっくりと右手を挙げた。
左手はつかまれたままだし、こうして右手もさらけ出している。刀を抜く気は毛頭ない、という意思表示だった。
「同じく」
背後で声がした。凛としているが想像よりもずいぶん低い、彼女の第一声だった。
同じくって、降参ってこと? 後ろを取られ、鯉口まで切られてる俺に??
「恐縮です」
そう答えたのは、もう1人の男だった。いつのまにか俺と彼女のすぐ隣に浮いている。男は右手の親指を刀の鍔元から放すと、莞爾と笑った。
何てこった……こいつも切っていたのか!
でも、音は1度しか聞こえなかったぞ。俺は耳だけはいい。ということは――。
「同時だったのです」
左手が自由になるや、体もふたたび回り出す。俺は壁の突起物をつかんで、声の方へ顔を向けた。彼女が俺を見つめていた。