Breakers’ Break
初稿は??? こんなん書いてたのかという、もはや新発見レベルの作品。
原稿にも、一緒に出てきた設定メモにも、タイトルなし。
2012年別サイトへ投稿の際、考えに考えて『壊し屋たちの休息』とした。
すさんだビル群の谷間から覗く夜天の先へ、少女は手を伸ばした。
「ああ、流れ星。願いごとは間にあったか?」
少女を肩車していた20代前半――外観はどうみても10代後半だが――の若者が、ともに仰ぎ見ながら言った。
「どうせ撃墜された偵察機か、エラー発生で空中分解した小型艇だろ。ご愁傷さま」
とは、若者の向かいで壁にもたれかかって座る30代前半の不精髭の男。
「おたくは、どうしていつもそう――」
「子供の夢を壊すかって? 夢は寝てるときに見るモンであって、起きてるときに見るモンじゃないから、さ」
男は紫煙をくゆらすと、目をすがめて事もなげにそう吐いた。
「夢は与えるものでもあると思うけどね」
「こんなご時世に生まれて、そりゃ理想論だ」
「こんなご時世に生まれたからこそ、でしょ」
「圧倒的な闇が支配する世界で、小さくとも夢は光になるってか。あいかわらず女みてぇな考え方すんな。いっそのこと性転換したらどうだ。そのほうが面にも合ってるし、楽に生きられるかもしんねぇぜ……なぁ、雅ちゃん?」
からかい口調でニヤつく男に、いつものパターンだとわかっていても若者は憤りを抑えることができなかった。
「外見もだけど、思考もずいぶんとオヤジくさくなったよね。都のほうこそガタがきてんじゃないの? 脳みそ含めて全とっかえしなよ。戦線で足手まといになられても困る」
「あ? 何だそれ。ケンカ売ってんのか? いつもウザいくらいチームの和を重んじる、おまえが?」
男はレザーパンツの埃を払いながら、ゆっくりと立ち上がった。対する若者はひるむどころか、にっこりと微笑んだ。
「へぇ、やる気? すごいね」
声帯の機能しない少女は張りつめた空気に惑い、小さな額を若者の後頭部にうずめた。若者は男の刺すような視線から目をそむけることなく、巻きついてきた細い腕を軽くたたいた。
「大丈夫だよ、紗那。じゃあ、都からの先制攻撃ってことで、どーぞ」
「おまえって……」
「《嫌なヤツ》でしょ」
「銀河一《嫌味なヤツ》だ! くっそ、やってらんねぇ」
若者は、足早に歩きだした男のあとを慌てて追った。
「ちょ、待ってよ! 《嫌なヤツ》より《嫌味なヤツ》のほうが感じ悪くない?」
若者は少女を肩車しているにもかかわらず、跳ねるような足取りであっというまに男の前へ回りこむ。呼吸ひとつ乱れていない。
「ほんとは避けてくれて助かったんだ。紗那を乗せてるし」
「関係ねぇよ。おまえなら両手両足縛られてたって、殺られるか」
「さぁてね。おたくの《闇の左手》に狙われたら、五分だ」
「まだ五分かい……」
男は苦りきった色をみせたが、心底不快には思っていなかった。彼にとっても、これはお決まりのパターンなのだ。
「おい、紗那! いつまでしがみついてんだ。そんなやつの肩、降りちまえ。俺のほうが背高いぞ、こっち来い!」
「ヤニ臭いから、ヤだって」
吸いさしを地面に投げ捨て勢いよく踏みつけている男に、若者はなおも加えた。
「それにさ。戦闘モードになったこの子って、100メートル以上の高さから俯瞰できるんだよね。どっちが眺めいいかな?」
「ほんっと、おまえってやつは」
「逃げるぞ、紗那! 鬼ごっこの始まりだ」
若者はすでに、男の10メートル先を走っていた。もちろん少女を肩に乗せたまま、成人男性の体格としては標準以下の痩躯で軽やかに駆けてゆく。
木星連合軍との大戦の最中の、穏やかすぎる非日常。バイオ・コンバット兵の身を忘れられる、つかの間の休息。
だが、星影さやかな夜の先では、殺伐とした日常が口を開けて待っているのだ。
3人の姿はその口元に吸いこまれるように――見方によっては、おのずから飛び込むように――消えていった。
END
今回、もんのすごく久し振りに読み返してみて「あー、この子たち何か好きかも」と思った。戦争兵器として造られた彼らだけど、3人でいるときだけは《ごくふつうの少年と青年と少女》になる、その関係性が好きなんだと思う。戦闘シーンは無理だけど、生活シーンなら書けるかな――続編が。