Ⅳ
そんなカードがあるなんて全然知らなかったあたし。たぶん、一般には流通していない、特殊な職に就いてる人だけが携帯を許されるたぐいの物なんだろう。
自分自身とのご対面ってのは、とてつもなく奇妙なうえ、すこし恐い体験だった。鏡に映った姿を見るのとは、まったく異質の感覚。でも、ますますもって、わかんない。っていうか、いつ消えるわけ? いいかげん恥ずかしいんだけど。
あたしは、ふてくされ気味に桔梗に訊いた。
「これが現実見るのと、どう関係あるってのよ」
「自分の姿をよーく見ろってことだ。俺に襲われるに値する女かどうかな」
「!!」
ナインが仰向いた。かんべんしてくれって意思表示なんだろう。
桔梗はテーブルをコツコツとたたきながら、なおも横柄な態度をくずさない。
「俺にもさ、好みってモンがあるわけよ。ナインと違って女とくれば見境なく受けいれるようなタマじゃないんだ、あいにくと」
ナインを巻きこもうって魂胆ね。今度はあたしが、かんべんしてって心境になる。
そのナインは反論するかと思いきや、左手で頬杖をついたまま空いた方の手をエバへと伸ばし、彼女の華奢な肩をおおうウェーブヘアをすくいながら、こう訊いた。
「あんなふうに言われちゃったけど……桔梗よりずっと長いつきあいの君の瞳に、オレはどう映ってる? エバ」
エバの顔からいつものクールさがはがれることはなかった。冷やかな微笑み。でも、あんな表情ができるのは成熟した女性の余裕からなんだ。
エバは、おもむろに首をかしげると答えた。
「Sir.のご期待に添えるような返事が、すぐには浮かんでこないのですけれど」
「それは残念。でも、完璧な答えだ」
言ってナインは、あたしに視線を移した。心臓がはねあがる。
「こうやってあしらえばいいのさ、ミオちゃん。すべて真に受けることはない。男ってのは、女性にかなわないようできてるんだから」
「お子様には無理な注文だな」
桔梗が茶々をいれる。
「じゃあ、そのお子様から注文。もう女装やめたら?」
「はぁ? してねぇよ」
「だって、その格好」
「アンタが現れる前からこうだったんだ。言っとくがな、俺は女装なんて自覚これっぽちもないからな。そもそも、和装がどうして女装になるよ」
ふむ、確かに。
「俺が変えてたのは口調と髪型だけ。なのに『女装、女装』連呼しやがって、てめーは」
桔梗は、斜交いでそっぽを向いてるナインの胸元に、例のカードケースを投げつけた。もう1人のあたしは、いなくなってる。一定の時間がたつと消える仕組みらしい。ほっ。
ナインは、カードカードケースを人差し指と中指ではさみ持つと、それをひらひらさせながら、桔梗にウインクを送った。
「よくよく考えたら、言葉使い変えたところで口の悪さはモロに出てたし、完璧な女装じゃなかったな」
「完璧も女装も狙ってねぇんだよ」
「でも、化粧くらいはしてたんでしょ」
くいさがるあたしに、桔梗は視線と同様、恐ろしく冷たい声で答えた。
「小娘1人かつぐだけで、なぜそこまでの必要が?」
「…………」
かなりショック。桔梗が男だって知らされたとき以上かも。
あたしは初めて会ったときから桔梗を女だと思ってきた。服装の件をぬきにしても、たぶんそう。
ってことはよ。口調と髪型を変えただけの男性が、女のあたしから見てもあっさり認めちゃうくらい女性然としてたってことでしょ。
こんな話、ある? ケンカ売ってんの? あの色香はどっから――あ、もしや雰囲気作りの一環と称して。
「下着は女物だったとか」
桔梗は即座に目をむいた。
「気色悪いこと言うんじゃねぇ! もともと和服ってのは体の凹凸や線が目立たない造りになってんだ。性別をごまかすのに適してるんだよ。アンタだって俺に胸がないことを不自然には思わなかっただろうが」
「そうだけど……」
桔梗は、なおも不満の抜けきらないあたしに、ちらりと視線を走らせながら、ぼやいた。
「むしろ、男の俺と比べても大差ないそっちの方が不自然だろ」
体じゅうの熱が、みるみる顔へ集まっていく。
「どぉこ見てんのよ、へんっっったい!!」
バシッ!!
あたしの顔より桔梗の右頬の方が赤みはひどかった筈。これは絶対、自信ある。
いきり立って部屋をあとにする際、耳をかすめたナインの一言が忘れられない。
「な? これで桔梗もわかったろ。あの子、見かけによらず力あるんだって」
「…………」
桔梗は無言だった――当然よね?




