Ⅲ
ダイニング・ルームへ戻って3人、いつもの席についた。あたしの正面にナイン。ナインの右隣にエバ。エバの正面、つまりあたしの左隣は……空いたまま。
朝食もそのままに、エバの入れてくれた猫舌用のホットココアをすする。あたしの精神状態が多少鎮まったものと察したらしいナインが、口をひらいた。
「ほんと、素直じゃないよな」
「……どうせね」
むくれるあたしを見て、ナインはエバへと視線を走らせる。彼女は、話し手はゆずるわ、というように肩をすくめた。
「ミオちゃんのことじゃなくてさ。眠り姫が突然現われて、これからどうするかって話し合ったとき、男2人のどっちかは女のフリしようっての、桔梗の提案だったんだ」
あたしは面食らった。何で、わざわざそんな奇抜なことを?
「いくらレイがいても、素性のわからない野郎どもと過ごすのは不安だろ? 神経張りつめさせておくのも、かわいそうだからって」
「…………」
「つまり、女装はミオちゃんが安心して過ごせるようにっていう、桔梗なりの気づかいだったわけ。でも、途中からあいつ自身がそれを楽しんじゃってる節があって。ハマっちゃたっていうのかな。正直、オレとレイも困惑――」
ゴンッというにぶい音がして、ナインがテーブルにつっぷした。背後に桔梗が立っている。ナインの後頭部へ1発、落としたらしい。
「ないこと、ないこと、しゃべってんじゃねぇよ。提案はしたけど、役決めはジャンケンだったろうが。俺は負けたから引きうけたんだ。進んでやったわけじゃない」
後半の科白は、あたしに向けて言ったんだろうなぁ。
「でも、このうえなく適材適所だったろ?」
ナインは頭をさすりながら、あたしを見て続けた。
「実はオレもやってみたんだよ。そしたらどう頑張ってもヤバい仮装にしかならなくてさ。裏を返せば、それだけ男性フェロモンが勝ってるって証なんだろうけど。桔梗の場合、女装を超えてしっかり女になってたもんな」
「まぁ、それは」
否定しないけど。
「そんなお墨付き、いらん」と吐きすてながら、桔梗はいつものようにあたしの隣りに座った。
男ってバレたあとなのに、服装はこれまたいつもと同じ秋草模様の二藍の小袖といった時代風、下は黒のレギンスといった現代風。調和してるのが不思議。髪は高い位置で丁寧に結うのが面倒になったのか、後ろで無造作に束ねるだけの手抜きになったけど、たぶん、櫛もいれてない。
でも、その頓着しないさまが逆に男らしさを引き立たてていて、あたしは、はからずも緊張するはめになった。
桔梗は、エバが出したブラックコーヒーをひと口ふくんで言った。
「だいたい、なんでアンタが泣くんだよ。赤っ恥かいたのは俺だろうが。個室に無断侵入され、毛布をひっぺ返され、あげく裸までお披露目だ。悪態のひとつもつきたくなるぜ。それをビービービービー、こっちが悪者みたいに」
素直に謝れないでいるあたしに、桔梗もそれ以上は責めてこなかった。
「いつも鍵かけてないの?」
「あー、昨日にかぎって忘れた」
いかにも適当ってかんじの桔梗の言い種に、ナインはふくみ笑いをもらした。
「ほんと素直じゃないよな。鍵なんてかけたことないくせに。女性陣に何かあったとき、すぐ駆けつけられるようにって理由は、正当だと思うけど?」
へー、ふーん、そうなんだ。桔梗なりに、あたしやエバのこと考えてたんだ。
「じゃあ、ナインの部屋も?」
「それ確認してどうすんだよ。夜ばいでもするつもりか」
「桔梗と一緒にしないでくれる」
「あはは、オレでよければいつでも歓迎するよ~」
「ナインまで、からかわないで!」
「一緒にするな、だ? 聞き捨てならねぇな」
桔梗はつぶやくなり、袖の袂からカードケース大の物を取りだし、あたしの前に置いた。
「何よ、これ」
「現実を見ろ」
「は?」
どーゆー意味? いぶかりながらもそれを手にとる。中からは1枚の磁気カードが出てきた。文字や数字の印字はない。どっちが裏か表かもわかんない。
「これがいったい」と言いかけたあたしの前で、それはいきなり発光した。熱かったわけじゃないけれど、反射的に手をはなす。
それはテーブルの上でしばらく光ったあと、すぐ脇の空間に人型のホログラムを投影し始めた――あたしの姿だった。
あいた口がふさがらない。今の時代、3D映像は生活にとけこんでるとはいえ、自分のホログラフィー映像を目にするのはこれが初めてだった。
「カードにふれた奴の指紋から内蔵チップが即座に人体識別番号を認識、保健省に毎年更新登録されてるデータバンクにリンクして、そいつの立体像をかたどってくれる」
桔梗が淡々と説明した。




