Ⅱ
エバとあたしの前で平然と全裸――腰から下は毛布でおおわれてたけど――をさらせてしまる図太い神経の桔梗であっても、《ヘンタイ男》という呼称は堪えられなかったらしい。頭をかかえ、しばしうなだれたあと、ナインをやぶにらみしながら怒りあらわな低音で唸るように言った。
「おい……これはどういうことだ」
「いや、オレにも何がなんだか」
「ナインは悪くない! あたしが勝手に」
桔梗は片眉をあげるや、あたしの言葉じりを喜々ととらえた。
「勝手に……何だ?」
「勝手に……起こしにきただけよ」
「ほぉ、そいつはまた頼んでもないことを。ずうずうしいご親切、痛みいるね」
ベッドの上には、今やどう転んでも成人男性にしか見えない、めちゃくちゃ目つきとガラの悪い《誰か》がいた。
もしかしたらこの人はあたしの知らない4人目の仲間で、あたしの知ってる桔梗はほかの部屋にいるんだって考えが浮かばないでもなかったけど、だったら、そういう話になってもいいわけで。ナインもエバも黙ってるってことは、目の前にいるこの人は、昨日まで生活を共にしてきた、あたしが女性と認識してる桔梗なんだ。
でも、何度チラ見しても、あるべき場所にふくらみはなく、まだ発育途上の胸という女性的弱みにあてはめたくとも、肩幅の広さや筋肉の厚さが男性的強みとなって浮きたつばかり。なによりこの皮肉っぷりといい、あげ足とりいい、性格はあたしの知ってる桔梗そのもの。
ってことはやっぱり、目の前にいるこの人は昨日まで生活を共にしてきた、あたしが女性と認識してる桔梗であって――。
「いつまでそこに突っ立ってんだ。それともアンタが取ってくれるのか? 俺はかまわないけどな。全裸でそっちにいっても」
桔梗はあたしの後ろにある、服をかけたままの椅子をあごで示した。
この人の性格からして、本当にそのつもりなら即実行に移す筈。ここにいるのがあたしとナインだけだったら、断りもせず、ためらいもせず、そうしただろう。毛布をかけてるのは、エバに対する礼儀なのだ。逆に言えば、どんな啖呵をきられても、エバがいるかぎり破廉恥な真似はしてこない。
「ずいぶんと不満そうなツラだな。そいつはお門違いだろ。こんな仕打ちかます相手に、紳士らしく振るまえとでも?」
「仕打ちって……たまには一緒に朝食とるべきだって、思っただけで」
「くだらない口実だな。前の日に言えばすむことだ」
「言っても聞かないくせに」
「わかってんなら、ほっとけよ」
「さっきから何なの、その態度。人をだましてたことへの罪悪感はないわけ?」
「罪悪感? その科白がアンタの口から出るとはね。個室へ忍びこんで明らかに寝てるヤツの毛布をむしりとることは、良心のとがめる行為じゃないわけだ。つまり、アンタに同じことをしても、文句は言われないと」
応戦するつもりが、出てきたのは不覚にも涙だった。真理をつかれたことへの恥ずかしさから? 言い負かされたことへの悔しさから? ずっと女性だと思ってきた人が実は男性だったっていうショックから? たぶん、そのぜんぶがいっぺんに襲ってきて、ボロボロボロボロ、涙が止まらない。
「ミオ……」
エバがうつむくあたしの肩を抱いてくれた。
「桔梗、やっぱりおまえの態度はないよ」
ナインは抗議にまわったようだ。顔を見なくても声色でわかる。本気で怒ってくれてるんだってことが。この人にしては、とてもとても稀なことをしてくれてるんだってことが。
2人の厚意が嬉しくて、あたしはさらに泣けてしまった。
「言わずにいたオレたちにも非はある」
「聞かれなかったから、言わなかったんだ」
その一言に、あたしは勢いをとりもどした。
「聞かれなかったから? あたしのせい? 女言葉を使う人が男だなんて、思えるわけないでしょ!」
「思えるわけないんなら、そのままでいりゃあよかったんだ。こっちは、それが狙い――」
そこまで言って、桔梗は口をつぐんだ。あきらかにバツの悪い顔。
「要は、人をだまして楽しんでたってことでしょ。ほんと最低最悪の趣味と性格」
「お言葉だが、俺はアンタ程度の女をだましたくらいで悦に入れるほど落ちぶれちゃいない」
「! 言い訳するにも、言い方ってもんが」
「さらに言うなら、だましてもいない。黙ってただけだ」
「言い訳の次は、ひらきなおり?!」
ここでナインが割って入ってきた。
「オレたち、あっち行ってるからさ。桔梗も早くこいよ」




