Ⅰ
初稿は2013年10月。
10年振りに突然書きたくなって作った『夢のあとに』続編。
本作をもってSF作品集は完結。
ナインによれば、あのときのあたしの奇声は発情期の猫さながらだったという。うら若き乙女に対しあまりのいいようだとは思うけど、人間、理解を超えた事態に遭遇すると、あられもない声が出ちゃうってこと。
*
話は2日前にさかのぼる。
朝食の時間になっても桔梗が現れないのはいつものことなのに、その日のあたしはどういうわけか惰眠をむさぼる彼女に無性に腹がたち、叩き起こしてやりたい衝動にかられた。
居候の身では相手の生活サイクルにいちゃもんつけられる立場じゃないないんだけれど、それを手玉にとったかのように桔梗は毎日毎日、難くせ、横やり、わがままをぶつけてくる始末。あたしのストレス風船はふくらみにふくらんで、ついに弾けるときがきたってわけ。
惰眠の妨害ついでに寝起きのふぬけた顔でもおがんでやれという、実にせせこましい奇襲目的ではあるけども、舌戦じゃまったく歯が立たないから、しょうがない。
でも、気持ちよく寝てるとこを強制的に起こされるって、かなりのストレスにならない? あたしのときがそうだった。経験者は語るってやつ。
ちょっと部屋に忘れ物……とかいってダイニング・ルームにナインとエバを残し、あたしは桔梗の部屋へ向かった。もちろん、ノックなんかしない。ドアを押すとふつうに開いたのでラッキーと思ったけれど、腑におちなかったのも事実。年頃の女性がロックしないで寝るかなぁっていう。あ、もしや桔梗って若造りしてるだけで年増とか? だとしたら、寝起きの顔はいよいよ見物。
中をのぞくと、毛布を肩までかけて眠る桔梗の頭部が目に入った。うーん、寝相の悪さを笑うって手は使えないか。服も、たたまれてはいないだけで椅子の背にまとめてかけてあるし、汚部屋ってわけでもない。だらしなさを突くって手も使えない。ちぇっ。
壁側を向いてるから寝顔は見えなかった。あたしはベッド脇に立つと、そーっと毛布をつかみ、思いっきりひっぺ返してやった。
「いつまで寝てんのっ。いいかげん起きなさいよ!」
確かに桔梗はとんでもなく意表を突かれたらしい。びくっと肩をすぼめると、背を向けたままの姿勢で固まった。
誤算だったのは、あたしまでもがドえらく意表を突かれたってこと。眼球をふくめ全身が固まる。だって、だって、毛布の下の桔梗ってば――。
全裸なんだもん!!
なんでハダカ?! こーゆー格好して寝る人も世にはいるらしいけど、女性で全裸ってのは、あり??
そして、驚きのあとに沸いてきたのは、悲しいひがみというか、さもしい嫉妬。神様って、ほんと不公平よね。桔梗の端整な顔はシミひとつないきめ細やかな肌。とくれば当然、背中もヒップもこうなるでしょうよ、ええ。
そりゃもう美しかった。きれいだった。ふれなくても、なめらかさやまろやかさが伝わってくるっていうの? 同性でも見せあう場所じゃないだけに、いざ現物を差しだされると興味津々っていうか、恥じらいつつもガン見……想像以上の艶めかしさに惚れ惚れしちゃって目が離せなかったわけ。
いや、桔梗の裸なんて想像したことないから、想像以上にってのも変だけど。
あたしの思考回路はパニックにおちいりながらも、プッツンはしなかった。だから焦る半面、それなりの判断力も残ってたのね。
すっごく色っぽい背中なんだけど。その、何だか、女性にしてはずいぶんと――。
桔梗がようやく体を起こした。ゆっくりと、だるそうに。
でもって、あたしの手から毛布をひったくると、腰まわりにかぶせ、ものすごい剣幕で罵声を飛ばしてきたのだ。
「何しやがんだ、このクソ女っ!!」
目の前には、寝ボケまなこどころか怒りで両眼をぎらつかせる桔梗の顔と、あらわになった胸――っていうか胸板。それはもう立派な、たくましい、成人男性の。
プッ……ツン。
「☆&%▽#@◆○×*■&@――――――!!」
こうして。
ナインがいうところの発情期の猫さながらの奇声が、船内にとどろいたのだった。
駆けつけたナインとエバには目もくれず、あたしはひたすらわめいてた。両耳をふさいで顔をそむける桔梗に向かって。
「ちょ、ちょ、ちょっと、これ、どういうこと?! 桔梗が女装趣味のヘンタイ男だったなんて聞いてない!」




