永遠の双子
それは、ぼくたち2人に限ったことではなかった。何もかもがツインだった。生まれたときからずっとだ。いつも一緒にいた。1人になるなんて考えられない、誰もがそう言った。
不思議な遺伝形態だと思う。この世のどのツインをとってみても、クローンは存在しないのだから。すべてが自然の摂理として、そこに在った。
「べつに不思議なことじゃないよ」もう1人のぼくが言う。
「世界は相互作用でできている。存在するからには、必ず意味があるんだ。すべてがツインであることで、バランスが保たれてるんだよ」
そう言われると、不思議でも何でもない気がする。思いきって訊いてよかった。ぼくは昔からどうでもいいことを延々と考えこんでしまう癖があって、周りからは面倒くさがられていた。彼だけが嫌な顔ひとつせず、こうして答えをくれるのだ。 ぼくにとっては親以上の存在だった。
その噂が初めて出まわったのは2日前のことだ。世界中が騒然となった。
平和の極に在るものが戦争ならば、戦うことも均衡を保つための手段なのだろうか。
「違うよ、これから始まるのは戦争じゃない。もっと意義のある、ずっと普遍的なことなんだ」
もう1人のぼくは、いつにもまして冷静だった。おびえるぼくを諭すように、笑みすら浮かべ、続けるのだ。
「怖いことは何もない。存在理由と同じさ。この世のすべての事象には必然的要素が組みこまれてる。それは決してマイナスには働かない。だから安心おしよ、ね?」
しかし、判然たる思いが、ぼくをとらえて離さなかった。
たぶんもう、一緒にはいられない。彼の言うように、ツインという本質部分は変わらないのだろう。でも、今までと同じようにはもう二度と――。
その夜、ぼくはベッドの中で、もう1人のぼくに悟られないよう声を殺して泣いた。
時間を追うごとに混乱は増すばかりだった。異次元の出現、次元の分離などと言われても、子供にはさっぱりわからない。
犠牲者の出ない自然災害のようなものだと、もう1人のぼくは言う。ふたつに分かれた世界で、それぞれが別々に暮らしてゆく。それだけのことなんだと。
「それにね、いつでも会えるんだよ」
彼の包みこむような温かさが、つないだ手のひらから伝わってきた。
運命の日は、明日に迫っていた。
記憶がなくなると知ったのは、その瞬間が訪れる直前だった。
そんな大事なことをなぜ今になって、と多くのツインたちが騒ぎ出した。ぼくもその1人だ。ひとときも離れたことのない彼と別々に暮らすだけでも耐えがたいのに、このうえ記憶まで消されるなんて……冗談じゃない!
ぼくは、もう1人のぼくにしがみついて泣きじゃくった。恥も外聞もなかった。
そして、こんな状況下でも変わらず穏やかに微笑む彼を、生まれて初めて責めた。
「だって、ぼくが泣きたくなったら、きみが泣いてくれるんだもの。ぼくが悩みたいとき、怒りたいとき、全部きみが引き受けてくれるから、ぼくはこうして笑えるんだよ。落ち着いていられんだよ」
そのためのツインなんじゃないか――。
『世界は相互作用でできている。存在するからには、必ず意味があるんだ。すべてがツインであることで、バランスが保たれてるんだよ』
彼の言葉がよみがえる。それは魔法の呪文のように、カタルシスにも似た鎮静作用をぼくにもたらした。
「きっと、すぐにでも会えるさ。きみはぼくで、ぼくはきみなんだから。何が起ころうとも、2人がツインである事実は変わらない。これだけは誰にも何にも変えられない。変えさせるもんか! いいかい? 新しい場所でもツインは在るべくして在るんだよ。世界は、そのように変容するんだ」
空間がゆがみ、悲鳴が重なる。天地が逆さまになったような感覚とともに、ぼくは深い眠りに落ちていった――。
*
トントン、と肩を叩かれ目が覚める。
半開きのまぶたに、教授の渋っ面が重くのしかかってきた。
「いい身分だな。1限目、しかも授業開始前からの熟睡とは……寝る間も惜しんで勉強してきたというわけか」
「す……すいません」
妙な夢のせいで、今朝はいつもより早く起きてしまった。2度寝をすれば間違いなく遅刻すると思い、そのまま大学へ来たものの、誰もいない教室でぼけっと座ってるうちに、眠りこけてしまったらしい。
「ふむ、せっかくの努力を無駄にしちゃいかん。成果を確かめてみるとしよう。量子力学における、並行世界の考え方とは?」
「う……えっと、複数の世界が、干渉し合いながら共存……同時進行して」
詰まりながらも説明を続けるおれは、窓に視線をやった瞬間、息をのんだ。
え? ビルが透けてる?!
――って、何を今さら……ただの《鏡》じゃないか。まだ寝ぼけてんのかな。
久しぶりの晴天に恵まれた今日、林立するマジックミラー張りのビル群の壁には、いつにもまして鮮やかな青空がくっきりと映し出されていた。
いつものおれなら、こんなふうには思わなかっただろう。物理にロマンは不要だ。昨日の妙な夢と教授の質問とが不思議なシンクロを奏で、それにつられて出たイメージにすぎない。あくまで巨大な《鏡》に映ったあたりまえの景色だ。
でも。
どうゆうわけか、それは。
今日のおれの目に、それは。
透明な壁をへだてたその向こうに、もうひとつの世界が生きて続いているように見えた――。
END




