ラッキーボーイ(リーダーズストーリ―佳作)
初稿は2002年頃。
『SFマガジン』のリーダーズストーリに応募し、
全文掲載という快挙には至らずとも選評を頂けた最初で最後の作品。
当時の雑誌は今も大切に保管してある。
星敬先生、その節はありがとうございました。
けたたましい呼び出し音で目が覚めた。
っだよ……まだ10時じゃないか。こんな朝っぱらから一体誰だ?
低血圧の俺は毛布にくるまったまま、床をはいずってTV電話のある場所へ辿りつく。スイッチを入れるや、呼び出し音以上にけたたましい女のキンキン声が飛びこんできた。
「Good morning, sir! This is Anna Baker of XY Temporary Personal Services!」
な、な、何だぁ?
自慢じゃないが、学生時代の英語の成績はアヒルだった。進級しても成長することなく、かといって退化することもなく。大学まで16年間、ずっとアヒル。
女はそんな俺に対し、手加減一切なしの英語をまくしたててきた。
全然わからないっつーの。間違い電話じゃないのか?
スイッチを切ろうと手を伸ばした瞬間――。
「Don’t turn it off, sir!」
……怒鳴られた。英語だから余計にビビる。意味はわからないが、切ったらマズイという雰囲気は、わかる。
ちくしょう、画像モードにしなきゃよかったな。
ようやく晴れた頭と視界で改めて女を見ると、かなりの美人。俺の沈黙に気を悪くすることもなく、笑顔のまま必死に何かをうったえている。
その中で、繰り返し口にする言葉があった。
ユーアーラッキー。
これなら俺にもわかる……って、俺がラッキー? 何で?
女は俺を見つめて何度もそれを口にする。そういや最近応募した懸賞に、火星旅行があったっけ。それに当たったのかもしれないな。彼女は旅行代理店のスタッフかなんかだろう。
ようやく理解した俺の耳に、今度は別の言葉が浴びせられる。
カムヒア。
ここへ来いってか。やっぱ当選連絡なんだ。どーせ毎日、暇人してるだけだし。断る理由も、つもりもない。懸賞なんだから、こっちの費用負担も当然ない。
俺は笑顔でOKのジェスチャーを送った。
「We’re looking forward you seeing you. Thank you, sir!」
自動的に画像が切れる。と同時に、1枚の文書と目的地までの地図がファックスされてきた。俺は仰天した。送信元はNASA、アメリカ航空宇宙局だったのである。
*
送られてきた文書は全文英語。もちろん読めるわけがない。わからないだらけのまま、とりあえず一張羅のスーツに身をつつみ、俺はNASA本部へと出向いていった。不安も緊張もあったけど、ラッキーボーイってことだけはわかってる。この先ではどんなラッキーが待ち受けているんだろう。
しかし、着くなり通されたのは狭くて質素なコンクリート部屋だった。かれこれ30分ほど経つのに、コーヒー1杯出てきやしない。
うぅむ……ラッキーボーイに対し何たる失礼。ジェット機から降りたときも、美女1人、花束ひとつ出てこなかった。どういうことだ?
すると、ようやくドアが開き、NASAの制服姿の若い男とロボットが2体入ってきた。男は東洋人だった。
「お待たせしました。では、こちらの服に着替えてください。支度ができた頃、また来ます」
そう日本語で告げるなり、ロボットを残して出て行ってしまう。が、渡されたのはどう見ても作業着だった。はて?
何らかの式典に出席するとばかり思ってた俺は、当然いぶかった。最近の祝い事は質素主義なのか? それにしても作業服はひどすぎる。NASAは品位を棄てたのか。
着替えおわったところで再びドアが開いた。俺は両側をロボットにはさまれながら、案内役の東洋人男のあとをついて行く。
「あのぉ、俺って何のラッキーボーイなんですかね。まだ詳しいこと聞かされてなくって」
「もうじきわかりますよ」
男は意味深な笑みを浮かべるだけで、それ以上は答えようとしない。
両開きの大きなドアがスライドすると、その向こうで歓声が上がった。
「おお~、やっと来たかね。100人目のラッキーくん」
出迎えたのは、様々な国籍の学者風の男たちだった。
待ってました、こうでなくっちゃ! 俺はラッキーボーイなんだから。
一番手前の列にいた髭面で太っちょの男が歩み出る。西洋人だったが、実に流ちょうな日本語で話しかけてきた。
「これでプロジェクト発進だ。期待してるよ。存分に頑張ってきてくれたまえ」
は? プロジェクト発進? 頑張ってきてくれ?
「な、何のことですか?!」
俺、面食らう。
「何って、これからタイタンへ行って、ロボットの監視下で働いてもらうんじゃないか。送った文書にもそう書いてあったろう」
タ、タイタン? ロボットの監視下?? 働く??? 何言ってんだ、このおっさん!
「俺は、ラッキーなんでしょう?」
「君は、ラッキーなんだろう?」
2人の声が重なった。おっさん、笑顔になる。
「You are lackey, not lucky.」
あなたはラッキーじゃなくてラッキー? はぁ??
状況がのみこめないでいる俺を、両脇のロボットが抱え上げる。そのまま広間の奥にあるロケット搭乗口へ。俺、必死に抵抗。
「おい、おっさん、じじい! ロボットの下僕になることのどこがラッキーなんだよ!」
ぱちぱちぱちぱち。
のんきに拍手してる場合かっつーの!
「実に正確に理解してるじゃないか。悪く思わんでくれ、政府の方針なのだよ。宇宙進出が日常となり、地球上の国境は失われた。英語が母星語となって久しいにもかかわらず、いまだ習得できない者がいる。当然、職にも就けない。言語を使わぬ仕事はロボットで間に合うからな。君のような若者に生活保護費を与えるのは、大いなる無駄というわけだ。それならいっそ発展途上星へ労働者として送りこんではどうだろう。この手のタイプは能ミソを使わない分、すこぶる健康体らしい。実に合理的だと思わないか? なぁに、難しいことはすべてロボットがやるから心配は無用。母星のため、勤労にいそしんでくれたまえ。Have a nice ……journey.」
「いい歳こいて、何が『じゃあねぇ』だ。気色悪いぞ、コラーッ!!」
わめき散らす俺の前で、ロケットの扉が無慈悲に閉まった。
完




