Ⅰ
初稿は2001年頃。本作が人生初となるSF小説。
当時はワープロ使用で保存媒体はフロッピー。原稿は感熱紙。
15年ほど経ったころには印字が薄くなっていて(レシートの性質と同じ)
このままでは最終的に白紙になる!! と慌ててパソコンに打ち直した記憶あり。
当初の原稿にはタイトルなし。
2012年別サイトへ載せる際、無理やりつけたのだが、なぜフランス語?
夢の中。何かが聞こえる。複数の人の声。
「ちょっと何様、この子? 人呼びだしといて、てめぇは寝たきりたぁ、いい度胸じゃないか」
初めは、蓮っ葉なアルト。
「自己における責任能力の欠如ですね。すみやかに現状認識させるため、多少の人為的圧力は致し方ないでしょう。不運な事故にすればいい」
続いて、冷静沈着なチェット・ヴォイス。
「オイオイお2人さん、物騒なこと言わないでくれよ。一応、被害者で女の子なんだからさ。ここはひとつファンタジー風に、王子様の熱い口づけで目を覚ますってのはどう?」
最後は、陽気なテノール。
「アンタ、ほかに考えることないわけ? 女目の前にすると、そんなんばっかよね」
「人を年中発情期男みたいに言わないほしいな。レディに対する極めて紳士的な態度だろ」
「相手が寝てる間に唇奪おうって魂胆の、どこが紳士的? この、スケコマシ」
「な! スケコマシって……どういう意味だ、レイ?」
「議事進行内容に無関係。その質問は却下します」
「あっそ……」
う~ん、夢にしては妙にリアルだ。意識の彼方から聞こえてくるってよりは、実際に耳元で聞こえてるような、そんなかんじ。
でも、だとしたら失礼じゃない? 明らかに寝てる人のそばで大声で話してるってんだから。人間、人生の3分の1は眠るようにできてんのよ。睡眠妨害でうったえてやる。
目をあけると、覗き込んでいる人物が3人。重い頭を振りながら、ゆっくりと起き上がる。
「あ。お姫様、お目覚め?」
は、陽気なテノール。
人懐っこそうな笑顔に、銀河連邦のマークが入ったスペーススーツ着て。耳元にはインカム、腰にはエア・ガン。見た目、宇宙局の警備員ってとこかな――でも、ピンクにオレンジ、パープルやグリーンのメッシュが入った華やかな髪の毛で、連邦職って就けるもんなの?
「どうせ起きるなら、もっと早く起きてよね」
は、蓮っ葉なアルト。
腰までありそうな濡羽色のストレートヘアを、高い位置でぴっと結いあげて。切れ長の一重に長い睫毛、なめらかな白肌に映える紅梅色の唇。言葉使いは悪いけど、すっごい美人――でも、彼女はどっかの仮装大会帰りなんだろうか?
秋草模様の入った二藍の小袖袴スタイル腰に差してあるのは、どう見ても日本刀。これじゃ、遥か大昔のジャパネスク剣士じゃない。27世紀にはどうにも不釣り合いな格好してるの。
「5分47秒。自発的な目覚めで我々としても無駄な労力を消耗せずにすみました。結構」
は、冷静沈着なチェット・ヴォイス。
こちらは緩やかなハニーイエローのウェーヴヘアを背中へたらし、瞳は透きとおるようなホリゾンブルー。フォトジェニックな顔立ちは無機質な彫刻さながらで、口調こそそっけないものの、やっぱり美人――でも、彼女も何かの撮影帰りなのかな。
カーキ色の革ジャケットにストーンウォッシュのジーンズスタイル。足元はウエスタンブーツで、ガンホルダーにはマグナムなんて、これまた遙か大昔のアメリカン・カウボーイでしょ。
「感じ悪いわねぇ、人のことジロジロ見て。まず言うことあんでしょ」
と、実に感じ悪く、ジロリな目線で、アルトに凄まれた。
「んなケンカ腰になるなって。まず、オレたちから自己紹介といこうぜ」
「冗談。こういう場合は依頼者から名乗るのがスジってモンだろ。必要ないね」
「必要はありませんが、時間の無駄です」
「右に同じく。それにオレ、早く名前知りたいし」
言うやいなやテノール、あたしの手を取った。
「はじめまして。オレ、ナイン・K。顔よし頭よし性格よしの銀河一頼りになる男。最近呼び出しなくってさー、体力あり余ってんの。もうどんなことでも任しちゃって。ねね、キミのその目と髪の色、日系人だよね。大和撫子って憧れなんだよなぁ。かわいい女の子には特別サービスつけ――」
「Sir、用件は手短かつ迅速に」
チェット・ヴォイスが遮る。
「わたくしはエバ・フォン・レイハルト。エバで結構。雑学から専門分野まで、知識のキャパシティはコンピューターにも劣らないと自負させていただくわ。以後よろしく」
西部劇・エバが、てきぱきと自己紹介を終えてしまったため、時代劇・アルトは苦虫をつぶしまくった顔になった。
「ちっ……名は桔梗。こちとらナインと違って依頼人と慣れあう主義はない。以上」
取りつく島もないって、こうゆう態度のことをいうんだわ。しかも舌打ち。とりあえず下手に出ておいた方がいいのかな。美人は怒らすと怖いっていうし――手遅れっぽいけど。
「こんにちは。天音澪です。生粋の日本人。さっきから、あたしが依頼者だとか被害者だとか……どういう意味です? まるで身に覚えないんですけど」
「ふぅむ。どっから話せばいいかな」
ナイン、あぐらをかいた膝の上で頬杖をつきながらエバを見やった。
「貴女、眠ってしまう前、どこで何をしていたか覚えてます?」
「えと、小型連絡船でSSに行ってから宇宙船に乗り換えて……」
あれ、変だな。あたし、記憶では夜を迎えた覚え、ない。どうして眠ってたんだろう。座席でうたた寝ってんじゃなく、しっかり横になった状態で。
カプセルに乗って地球宙港を出たのが今朝の9時。30分でSSに着いて、そこからはクラフトで1時間ほどかけて月面宙港に到着。今度はルナ経由アルファケンタウリ星行きの大型定期便に乗り換え――。
でも、今何時?
あわてて腕時計を見る。11時5分前。げっ、シャトルに乗ってるはずの時間じゃない。こんなところで何やってんの? ってゆーか――。
ここへきてようやく、自己紹介よりもはるかに重要な科白が口をついて出た。
「ここ、どこ?」
あらためて辺りを見回すと、ひたすら真っ白だった。床も天井も何もかもが白い部屋。そのせいで、やたらと明るい空間。
空間――そう、部屋というよりは空間なんだ。こうして座れてるからには下が床なんだろうってだけの認識。あたしたち以外に人はいないし、ドアも窓も壁も照明もなーんにもない。そもそも地平線が見えない。3次元かどうかもあやしい。
「これ聞いて気絶されちゃうと困るんだけどさ。ミオちゃん、キミ、時空事故に遭っちゃったんだよねー」
ああ、あたしを不安にさせないよう、軽い冗談から入るって法。
「時空事故? まるで、SF映画のヒロインみたいね。あはは」
ナイン、マジかよって顔になる。え、冗談じゃないの?
「ワープ航法で恒星間旅行ができる世紀に、こりゃまた貴重すぎる時代感覚だな。今じゃハイパーゲートもアームホールも人工的に造れるんだぜ。そうすっとね、空間に、不正な歪みができちまうことが、ままあるわけ。本来は存在しないモンを無理矢理生じさせてんだ、当然の結果だよね」
すると、さっきからだんまりを決め込んでいた桔梗が、割って入ってきた。
「つまり、アンタがいるこの場所が、不正な歪みなの。聞いたことない? 突然人や物が消えちゃうって話。SSや中継ステーションじゃ毎日たくさんのシャトルが時間軸超えてるもんだから、その強制的な重力テクノロジーの影響でアンタみたいな被害者が出ちゃうわけ。かなり深刻な問題になってんだからさ、もっとニュース見なよね。平和ボケもいいとこだ」
この人、なんでこう一言多いかなぁ。
でも、待って。それじゃあ――。
「あたし、どうなるの? 地球には戻れるの? まさか……まさか、一生このままなんてことは、ないでしょーねぇぇぇ?!」
気づくと、ナインの襟元をつかんで揺さぶっていた。大声で「どうなんだー!」を連発、大パニック、半狂乱。
「落ち着いて! 落ち着くんだ、ミオちゃん! ぐるじい……手を放し」
「やはり、どの人間も同じ反応を示すものですね」
「そらまぁ、ね。エバみたいに常にクールでいられるほうが稀。あ、ついに泣き出したわ、あの子」
「おい、おまえら! そこの2人っ! ぼけっとしてないで、助けろ!!」
「お言葉ですが、Sir.ナイン。泣いている婦女子をなぐさめるは、お手のモノじゃあなくって?」
「桔梗、てめっ! この子、何か知らないけど、すんげー力あんだよ。ぐわっ、こら、拳で叩くな、マジで痛いっての!!」
「なーる。火事場の馬鹿力ってヤツ」
「この場合、多少ニュアンスが違いますが」
「いずれにせよ、火事場の馬鹿力ならそんなに長くは続かない、と」
「ですね」