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マスクチェンジ

 「おかしいでしょ.... 」

 女性の体が弱々しく揺れる。次の瞬間、近くのテーブルに勢いよく倒れかかった。

 その反動で立て掛けていたメニューやアンケート用紙の入ったケースなどが大きな音をたて床に散らばる。

 「大丈夫ですかお客様!」

 「近寄ったら駄目だ!」

 俺は慌てて近づこうとする葵の細い腕を掴む。葵はなんでと力強い瞳を俺に向けたが、それでも俺は腕を離さなかった。

 「おかしいでしょ。なんでよ。ねぇなんで.... 」

 女性はアンケート用紙をくしゃくしゃに丸め、テーブルに手をつき立ち上がる。

 「なんで貴女ばかり日が当たって、私には影が射すのよ。貴女なんて所詮顔が少し可愛いだけじゃない!」

 女性の一声を聞くごとに心音が早く打つ。店内は冷房が効いて涼しいはずなのに、額からは汗が流れていた。

 まさかここで怪人になって暴れるつもりか。もしそうなったら....

 自然と腕に力が入る。

 俺に出来ることはなんだ。なにが出来る? 立ち向かうか?いや、駄目だ。昨日みたいにずたぼろにされるに決まっている。

 だったら大人しくなにもせずにいるべきか?

 答えのでない自問自答を繰返していくうちに、俺は気づいた。

 手がかたかたと震えていた。俺の手ではなく、葵の手が。

 さっきまで考えていたことが 一瞬で消え去った。

 葵を庇うように俺は一歩前に出る。

 「そもそもなんで貴方は生きてるのよ! 貴方は昨日私に殺されて死んだはずじゃない!!」

 ここで退いたら終わりだ。

 一歩踏み出し、俺は昨日と同じように不敵に笑う。

 「殺された? 俺が? なにいってんだあんた。夢でもみてたんじゃないのか? だってほら俺は現にこうして生きている」

 挑発するように両腕を広げる。

 さてここからだ。葵のためにもこの女を店から出す。

 俺はそっと唇をなめる。

 「けど殺したなんて愉快な夢じゃないな。どれ、どんな夢だったか一つ聞かせてもらおうじゃないか」

 俺は女性の手を掴もうとするが、物凄い力で振り払われた。しかし、俺も負けじと暴れる手を力強く掴む。怪人になられてたら俺の手は掴むどころか、床に落ちることになっていただろうが、女性は最後まで怪人に変身することはなかった。

 「くっ....  離せ! 離しなさいよ!」

 「暴れるなって....  さっきも言ったけど俺は話を聞きたいだけだ。別に壺とか教材とか悪質なものを売るつもりはねぇよ」

 扉を開け先に女性を外に出す。俺は後ろを振り返り、不安そうな顔をしている葵に向けて言ってやる。 

 「悪いな葵、ちょっと出てくる。直ぐに帰ってくるから心配すんな」

 ドアノブに手をかけ、葵がなにか言う前に俺は外に飛び出した。


 外に出ると女性の姿が忽然と消えていた。逃げられたか。

 しかし、そう遠くは行っていないはずだ。辺りを見渡すと、いた。

 長い髪を揺らし走っている。

 距離は結構あるが、それでも全力で走れば追い付けそうだ。軽く屈伸をし、息を吐くと、

 「待てやこら!!」

 そこから俺と女性の追いかけっこが始まった。

 女性はただ単に走っていたら捕まると思ったのか、細い路地へと逃げる。

 路地は薄暗く、アスファルトに苔が生え、いたる所にヘドロが散らばっていた。

 靴なんて洗えばいい。俺はヘドロを飛び散らせ、後を追う。

 「しつこい!」

 女性は辺りに設置されていた水色のポリバケツを蹴飛ばす。

 ごみが散らばり、腐敗臭が漂う。ポリバケツからはゴキブリが飛び出してきた。

 足元でプチプチと気色の悪い感触が伝わる。

 ゴキブリを踏み.... いや考えないでおこう。とにかく帰ったら靴を洗う。それだけだ!

 細い路地を抜け、暫く追いかけていると橋が見えてきた。

 女性は躊躇う素振りを一切見せず、橋の下へと飛び降りる。

 「嘘だろ!」

 十メートルの高さから飛び降り、固いアスファルトに着地したというのに女性は平気そうに逃げていく。

 躊躇っている暇はなかった。

 俺は欄干に手をかけ、

 「馬鹿者。骨を折るつもりか」

 聞き覚えのある声に振り向く。

 風が吹き、目の前の女性は鬱陶しそうに金髪をかきあげた。

 「絵美! お前ついてきていたのか」

 「ふん.... 勘違いするな。貴様を心配して来たわけではない。私としても奴に逃げられるのは困るのでな。それよりもだ奴隷。追いかけるはいいがどうやってあの怪人と戦うつもりだ?」

 「それは.... 」

 追いかけるばかりで考えていなかった。絵美は呆れたように腕を組み、鼻をならした。

 「その様子だとなにも考えていなかったみたいだな。さっきの行動といい、パン屋での行動といい貴様は考えるよりも先に行動するタイプみたいだな」

 思わず息を飲む。あたっている.... 

 「そ、それのなにが悪いんだよ。しかたないだろ昔から考えるのは苦手だったんだから」

 絵美はそうかと答えると俺と視線を合わせず、欄干にもたれ橋の下をぼぅと見た。その先にはあの女性が走っている。

 「そうだった! 呑気に話してる場合じゃない。早くアイツを追わないと逃げられちまう」

 「そう慌てるな奴隷よ、追い付く術ならある。それよりも奴隷よ私が今からきく質問に答えろ」

 「はぁ? 質問に答える暇なんて.... 」

 「いいから答えろ」

 紅く鋭い瞳に睨まれる。俺は黙って頷いた。

 「よし....  それではきくぞ。貴様は体力に自信があるか?」

 勿論だ。何でも引き受ける仕事、何でも屋は体力がないと勤まらない。

 俺は得意気に頷く。

 「ふむ馬鹿で体力に自信があるか。ふふ都合がいいではないか」

 「おい今さらっと馬鹿って言ったか?」

 「奴隷よ。朝言ったことをおぼえているか?」

 あ、流しやがった。

 絵美は欄干から体を起こすと、密着しそうな距離まで詰めより俺の手を握る。

 すると手元がふわりと温かい光に包まれた。

 「お、おいなんだよこの光。お前なにしてんだ?」

 固く冷たい感触が伝わる。指で触れるとガチャっと音がなった。

 「貴様にはこれから私の手足になって働いてもらう。だから奴隷よ、これは貴様にくれてやる」

 光が粒子となって消える。絵美が離れると俺の手には特撮ヒーローが使うような変身ベルトが握られていた。

 ベルトにはトビラがついていて、隣にはホルダーが垂直に立っている。

 ホルダーになにかを装填するのか。指でホルダーの差し込み口をなぞっていると、

 「そこには昨日貴様が拾ったものを挿せ」

 昨日拾ったもの、この差し込み口。まさか! ポケットに手を突っ込みそれを取り出す。

 「これお前の落とし物だったのか」

  てことは昨日の気味の悪い視線の正体も....

 「それはマスクシステムというやつだ。貴様にくれてやる。それを使ってマスクチェンジしろ」

 マスクチェンジ....  俺は欄干に足を乗せる。

 瞬間夢という言葉が脳内によぎった。自嘲気味に笑う。

 俺はまた現実から逃げようとしているのか。これが夢じゃないってことはもうわかっているだろ。

 ベルトを腰にあてがうと、電子音声がなる。

 『マスクドライバー!』

 腰の周囲に銀色のベルトが巻き付く。

 「何でもしてきたつもりだが、怪人退治は始めてかもな!」

 ホルダーにマスクシステムを装填する。

 『スパイダーシステムオン!』

 電子音声がなると共にトビラが開き、グリーンのモニターがあらわれ、そこに蜘蛛のドット絵が表示された。

 『レッツゴーレッツゴー! レッッッッドスパイダー!!」

 体が紅く染まる。俺は橋の下へと飛び下りたーー

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