従妹
「絵美ちゃんか。いい名前だね」
目の前に二つの珈琲カップが置かれる。一つは絵美のカフェオレでもう一つは俺のミルクたっぷり珈琲だ。
ミルクたっぷり珈琲には陶器の壷がセットになっていて、蓋を開けてみれば白い角砂糖が一杯に入っていた。
砂糖を三つ掴み、スプーンでかき混ぜるとぐるぐると渦を巻いた。
絵美の言っていた事は本当だった。怪人も存在して、絵美の不思議パワーも存在する。
それを知っている俺はこれからどうしたらいいんだ?
一通り混ぜ終わり、飲んでみる。
ミルクが多いので苦みはないが、なんだか物足りない。砂糖を三つ溶かす。
それに、怪人は言っていた。あの女はまだパンを焼いているのかと。
あの女とは葵のことだろう。葵は怪人に狙われている。
それを知っているのは俺だけだ。俺に一体なにができるのだろうか?
「斤十.... 話聞いてる?」
葵の言葉に俺は現実に引き戻された。
「ああ聞いてる。海水浴に行きたいって話だったよな」
「全然違う。私は絵美ちゃんとどんな関係なのって聞いたんだけど」
それは困った質問だ。俺でも答えられない。絵美のほうをちらっと見ると、運ばれた料理に夢中だった。
確かクロックマダムだったか。
半熟の目玉焼きがいい具合に割れて、黄身がトロッと流れ、ベーコンはかりっと焼けている。
絵美がナイフでパンを切ると、ザクッと音がして、溶けたチーズか伸びる。
うまそうだ。
オムライスでお腹が一杯だったが、見ていたら空いてきた。
「なぁ絵美。一口分けてくれないか?」
「断るこれは私が頼んだのだ。食いたいなら自分で注文しろ」
至極最もな意見だ。しかし、俺は絵美の服を買ったせいで痛い出費をした。
どうせここの会計も俺もちになるだろう。
俺は大富豪ではない。これ以上の出費は抑えたい。仕方ない諦めるか、そう思ったとき、ずいっと目の前にフォークに刺さったパンが差し出された。
「だがまぁ、どうしても食べたいのなら、やってやらんでもない。ほら口を開けろ」
刺さったパンをじっとみて、
「やっぱりいいや」
「な、なぜだ! 私がくれてやると言っているのだ。有り難く受け取らないか!」
「いや、お前よく見てみろよ。パンが貫通してフォークの尖端が大きく飛び出してるだろ。そんなんで口に入れられたら俺の舌が血だらけになる」
「なら.... ほらこれでどうだ!」
「また貫通してる。勢いよく刺しすぎなんだよ。ちょっと貸して.... おい、なんで抵抗する。別に多くはとらないから、貸せって! ちょっ.... 貸しなさい!」
しかし、絵美は最後まで離さなかった。仕方なく俺は諦め、ミルク珈琲を啜った。
終始やり取りを見ていた葵はクスリと笑い、
「二人とも兄妹みたいに仲がいいね」
冗談ではない。こんな生意気な妹がいてたまるか。
「葵よそれは違うな。私達は兄妹ではない.... そう、私達は主人と奴隷のーー」
最後まで言わせてたまるか! 俺は絵美の脳天めがけてチョップをかます。
「ぐぉ!」
「ちょっと斤十。女の子に向かってなにしてるの!」
「いや、違うんだ葵。絵美の頭に蚊が止まっていてな。悪いちょっと絵美と話がある」
俺は頭を抑える絵美の腕を掴み、店内の隅へと移動する。
絵美は頭を擦りながらきっと睨んだ。
「貴様! 奴隷の分際で主人に逆らうのか」
「誰が奴隷だ! 話を変な方向に持っていこうとするな! 危うく葵に特殊プレイの変態と勘違いされるところだったろ!」
「奴隷に奴隷と言ってなにが悪い!」
ああくそ、頭が痛い。俺はこめかみを叩き、
「とにかく話は俺がするからお前はてきとうに頷いとけ。それと、その口調。俺の前ではいいけど、人前ではするなよ。年上や初めてあった人とは敬語で話せ。わかったな?」
「奴隷が私に命令するのか? ふん百年はや.... 待て話を聞け!」
俺は後ろでキーキー喚く絵美を無視し、席に戻る。
「悪いな葵。待たせた」
「いや、別に待ってはいないよ」
俺は壺から砂糖を三つ入れ、かき混ぜながら、
「絵美は俺の従妹なんだ。ちょっとわけありでな。昨日から暫く家で預かることになったんだ」
「昨日から.... あ! だから来れなかったの?」
「ああ急に電話が入ってな。もう家の前にいるっていうから慌てて帰ったら、そのあと色々あってな連絡が出来なかった」
我ながら完璧な言い訳だった。
「そうなんだ。僕はてっきり昨日の大雨の影響でスリップして怪我をしたから来れなくなったと思ったよ。電話も何回もしたのに出ないし.... 」
電話していたのか。それは気づかなかった。
「あーと。あれだ。知らないうちにマナーモードになっていたんだよ。そのせいで電話に気付けなかった。心配かけて悪かった」
葵はうんうんと首を横に降った。
「無事でよかった」
心にさざ波がたった。
自分を守るためとはいえ、やはり嘘をつくのは苦手だ。
俺は葵から逃げるように、珈琲を啜り、隅にいる絵美に声をかける。
「おい、絵美こっちに戻って一緒に話をしようぜ」
「は~い。お兄様」
危うく珈琲を吹き出しそうになった。いや少し吹き出した。
「あれどうしたんてすかお兄様? 大人なのにだらしないですよ」
絵美はそう言うと、テーブルの横に立て掛けてあるケースから紙ナプキンを一枚とり、擦るように俺の口元をふく。
「ちょっ.... やめろ絵美。確かに話は合わせろって言ったけど、性格までかえてんじゃ.... 痛い。痛いって!」
「お兄様暴れないでください。珈琲が溢れてしまいます」
「絵美ちゃん.... なんか口調というか性格が変わってない?」
「すみません。葵さん。私緊張してて話し方が変になってたんです。でも今はもう大丈夫です。緊張はすっかりとれました。だから、ほらご覧の通り今はちゃんと敬語で話せてます。そうですよねお兄様?」
「敬語云々よりも性格までかわってんじゃ.... やめろ紙ナプキンを口に入れるな! もが.... もごもごもごもご!」
「絵美ちゃん。斤十苦しそうだよ」
「あら大変。お兄様たら.... お腹減ってるからって紙を食べては駄目ではありませんか。本当おバカさんなんだから。仕方ない。絵美が取り出してあげますね.... ほら取れた!」
「けほ.... 絵美ちょっとこっち来い!」
「あらいやですわお兄様。そんな乱暴に引っ張らないでください」
再び隅へと移動する。
「どうだ私の演技力は凄いだろ」
「ああ凄いよ! 凄すぎて性格まで変わっていたけどな! なぁ絵美.... 普通でいいんだよ普通で」
「普通でいいのか? 私の普通はこれだが。だが貴様はさっきこれはダメだと言っていたではないか」
ああ、また頭痛がしてきた。どう言えばいいんだ!
頭を抱えていると、ちりんと鈴の音が鳴った。
「いらっしゃいませ!」
葵の声につられて、ドアを見る。俺はあっと間抜けな声を出した。
しかし、それは入店してきた客も同じだった。まるで死人をみるかのように俺を見つめる。
昨日俺を殺しかけた女性が入店した。




