絵美
「これはなんだ?」
ゆらゆらと湯気が立ち上るオムライスを前に、少女は不思議そうに呟いた。
「オムライスだよ。知らないのか?」
机を挟んで少女の向かい側に座り、俺は両手を組んで答える。
「オムライス.... 」
目を丸くし、少女は顔を伏せたかと思うと、オムライスに顔を近づけ、犬のようにくんくんと匂いをかぎ、表面をチロッと舐めた。
マジかこの娘。
「ふむ。どうやら毒は入っていないみたいだな」
当たり前だ。心の中でそうツッコんで、俺はスプーンを掴み、自分のオムライスに手をつける。
午前九時。今日起きてから初めての朝食だった。
「なるほど、そうやって食べるのだな」
少女は俺から、オムライスの横に置いてあるスプーンに目をうつすと、赤ちゃんのようにグーで握り、オムライスの頂上を掬いとる。
その不安定な握りかたに俺はストップをかけた。
「スプーンを使ったことないのか? そんな握り方をしたら、ボロボロとテーブルに落ちるだろ。ほらこうやって持つんだよ」
指摘すると、少女は俺の手元を見て、こうかと真似するように握りたを変えた。
そして再び、オムライスをすくうと、
「ところで、このオムライスはうまいのか?」
その質問に一瞬固まり、俺は口に入れたオムライスを噛まずに飲み込んでしまった。
作った本人に向けてそんなことを言うのか。
俺は視線を落とし、半分かけチキンライスが見えているオムライスをじっと見つめる。
自分で言うのもなんだが昔から料理は得意だった。豚の角煮や、肉じゃが、ハンバーグなどてのこむ料理だってお手の物だ。
子供の頃は、料理の上手さを褒められたことだってある。
だからうまい筈だ。うまいよな?
俺は自信を確認するように、オムライスを口にいれる。
トロッとした半熟の卵からはバターの風味が伝わり、ゆっくりと噛み締めると、チキンライスの甘味が口内をみたした。
俺は頷き、
「まぁ食べてみろよ」と促す。
少女はオムライスを口にし、
「可もなく不可もなくと言ったところか」
そうですか。
しかし、そのわりにはスプーンを忙しなく動かし、オムライスを口にしている。
可愛くない餓鬼だ。美味しいなら、素直に美味しいと言えばいいのに。
食べ方が下手なのか、口の周りはケッチャップで赤くよごれ、ボロボロとテーブルの上にご飯粒が落ちる。
あとで拭かないとと思いつつ、俺は改めて目の前の少女をみた。
肩までかかる金髪のロングストレートで、顔立ちは幼く、年齢は中学生くらいだろうか。可愛いというよりも美人の分類だ。
さっきまで裸の格好だったが、今は俺が渡した白い無地のTシャツを着ている。
しかしサイズが合わずぶかぶかで、そのせいで胸ぐらから胸元が見えてしまう。
「なんだ。さっきから何を見ている?」
少女の紅い双眸が俺を見つめる。その瞳は宝石のルビーのように美しく、見ていたら吸い込まれそうなほど透き通っていた。
いかん。女性の瞳をじっと見るなんて俺は変態か。
そろそろ本題を切り出すべきだ。咳払いを一つする。
「教えてくれ。お前は何で俺の家にいたんだ? 家には鍵をしていた筈だ。どうやって侵入した? 」
「奴隷の分際で、気安くお前と呼ぶな」
「.... 」
落ち着け。子供相手にむきになるな。俺は大人だ。大人としてちゃんとした振る舞いをするんだ。
「それは悪かった。それじゃ名前を教えてくれるか?」
「名前? 名前とはなんだ」
少女はハテと首をかしげる。俺は馬鹿にされているのだろうか。
「名前は名前だ。俺に黒神斤十っていう名前があるように、お前にも名前があるだろ?」
「名前.... 名前。そうだな私はカラ.... いやこれは違うな。少し待っていろ」
少女はこめかみにごぶしをあて瞳をとじ、グリグリと回す。記憶を捻り出そうとしているのだろうか。しかし、随分と変わった思い出しかただ。一休さんもびっくりするだろう。
暫くグリグリと回し、少女は両目を見開いた。
「そうだ、私の名前は絵美だ。絵にかいたような美しさとかいて絵美。まさに私に相応しい名前だな」
おお.... 口調といい何だか痛い娘だ。あれか、中二病か。その内俺の事を眷属とか言い出さないよな。
俺は不安を飲み込み、
「そうか絵美か。それじゃ教えてくれ。どうやって俺の家に侵入した?」
「簡単だ。鍵穴を壊したのだ。私の力でな」
やっぱり中二病だったか。なんだろう頭が痛くなってきた。
絵美は俺の頭痛のことなどお構いなしに話を続ける。
「最初から話してやる。
貴様は昨夜、No.88という花の怪人に腹を貫かれ死にかけていた。覚えているだろ腹を貫かれた瞬間を。そこで助けたのが私だ。治癒のスキルを使って貴様の傷穴を塞いだのだ。結構ギリギリだったぞ。少しでも遅れていたら貴様は死んでいた」
そこで一旦区切り、絵美はオムライスを食べる。
「ほれでだな」
「待て。食べ物を口に入れて喋るな。ちゃんと飲み込んでから話せ」
絵美は不服そうな顔をしたが、しかしちゃんとゴクンと飲み込んだ。
「ふぅ。さて、治癒は無事に成功し、貴様の記憶が少し見させてもらった。
なに、心配するな。見たのは貴様がどこに住んでいるかの記憶だけだ。貴様の出生などに興味はない。
家に入ったあとは貴様をベットに寝かし、血で体が汚れていたからシャワーを浴びた。ふふ、なかなかいい湯だったぞ
風呂から出たら、体を拭いて、急にくらりときてな。貴様に力を使いすぎたせいだ。私は自分でも気づかないうちに寝てしまっていた。そして起きたら朝になっていて、あとはわかるだろ?」
話は終わりだと言わんばかりに絵美はオムライスを大きく掬う。
俺は無言のまま席を立ち、キッチンの蛇口を捻ってコップ一杯に水を溜め一気に飲み干した。
冷たい水が喉を通り、思考が少しクリアになる。
なんともまぁ、豊かな想像力だ。最近の子はみんなそうなのだろうか。
絵美の話は勿論信じていない。信じるということは彼女が不思議な力を持つことを認め、何より俺が死にかけていたこと、怪物が実際にいたこと、昨日みた夢を全部信じるということなってしまう。
そんなの信じられるわけがない。
恐らく、俺は鍵を閉め忘れたまま寝てしまったのだ。ここ最近疲れがたまっていたのだから十分ありえる。その方がよほど現実的だ。
そして絵美はそれをたまたま見ていて侵入した.... どういった目的で侵入したのかは知らないが。
だが理由がどうあれ、勝手に人の家に入るのは犯罪だ。ここはガツンと注意しないと。
その時、ポケットに入れていたスマホが震え、カタカタと音を立てた。
「嘘だろ」
まさか.... そんな筈はない。だって昨日の事は全部夢なんだから。
恐る恐る手を入れ、スマホにぶつかっている物を取り出す。
それは弾丸のような形をした玩具。夢のなかで拾った物だった。
「もうどうなってんだ」
携帯を見る。電話主は旧友の白貧翔真からだった。しかし、充電が残り一%しかなく、直ぐに電源が切れた。
暗い画面に俺の顔がぼんやりと映る。
その顔は疲れきった表情をしていて、俺は思わず笑ってしまった。




