No.
明日の朝七時から作戦決行と段取りをたて、俺は翔真との通話を終えた。
これでよし。後は....
「うぇ気持ち悪い」
絵美が弱々しくベットの上で呻く。弱っている絵美にそこは俺の寝床だから退けとは流石に言えなかった。
いつもの強気な態度は一体何処へ消えたのか。朝日ベーカリーから帰ってから絵美はずっとあの調子で、何度も気持ち悪いとうったえている。
何か悪い食べ物でも食べたのだろうか。
「大丈夫か絵美?」
「これが大丈夫にみえるか.... うぇ砂糖め」
砂糖? 思い当たる節がないな。まさかミルクたっぷり珈琲の甘さにやられたわけではあるまいし。あれはちょうどいい甘さだから胸焼けをおこす筈がない。
もしかしたら、朝日ベーカリーに向かう道中で変なものを口にしたのかもしれない。
明日もこの調子が続くなら病院に連れていくか。
「回復のスキルを使っても全然甘ったるさがとれない。喉にしつこく甘さが粘りついてる.... 」
そうとう苦しんでいるようだ。気の毒だが、しかしこれは同時にチャンスかもしれない。人は弱っていると心の鉄壁が瓦解しつい本音を言ってしまったり押しに負けてしまう生き物だ。
俺はベットの端に座る。
「なぁ絵美。話があるんだけど」
「マスクドライバーなら渡さないぞ」
鉄壁は瓦解されていなかったか。
「.... まだ何も言ってないだろ」
「ふん。電話の内容は大方聴こえていたのでな。貴様が話すとしたらこの事だろうと.... うっぷ」
「わかったマスクドライバーは諦める。その代わりにあの怪人の事を教えてくれないか?」
ひょっとしたら倒す以外の解決策が見つかるかもしれない。
「No.のことか。まぁそれならいいだろう」
絵美はガバッと起き上がり、荒い呼吸をする。額には汗が浮かび、顔は青ざめていた。
一体なにを口にしたらそうなるんだ。
「おいまだ寝てたほうがいいんじゃねぇか。顔色悪いぞ」
「いや、話すなら起きていたほうが楽だ.... うっ」
とても楽そうにみえないが。
絵美は呼吸を整えるように深呼吸し話始めた。
「No.とは百で連なる集団の組織のことだ。個体は様々で液体で姿形をもたないものもいれば、貴様や私と同じように人間の姿をしているNoもいる」
「百!! そんなにいるのかよ」
「そうだ。だが.... うぇ。その殆どが姿形をもたない液体ーーエナジーだがな。貴様が今日戦闘した花の怪物も元々はエナジーだったものだ」
俺は思い出す。今日戦った花の怪物を。
「待てよ絵美。あれが液体? どうみても人の形をしてたぞ」
「だから元々はと言ったろ。エナジーは生物の体に注入されることで宿主をNo.にする。そして厄介なことにエナジーは宿主のDNAと同化する特性がある」
DNAと.... それはつまり。
「取り出す術はないってことかよ!」
「ふん。流石にわかったかその通りだ。一度エナジーを注入したら最後。宿主は人間という生物からNo.という生物に変わり果ててしまう。だが厄介なことは更にあってな.... 」
そこで言葉を区切り、絵美は口をおさえる。まだ気持ち悪さがとれていないみたいだ。
「ふぅ。注入された宿主は自分の意思でNo.の力を引き出すことができ、人知を超えた力を得ることができる。だが」
絵美は声を低くし、
「自分の意思で引き出せるのは三回までだ。それを越えると宿主はDNAと同化しているNo.に乗っ取られ、二度と人の姿に戻れなくなる」
そうか。だからあの女は朝日ベーカリーで直ぐに怪物にならなかったんだ。
使えるのは三回まで。全てが貴重な一回なのだ。
「だがそれを延ばす術もあってな、No.の組織に大金を払うことで、本来三回までのところを六回、十回とに延長することができる。もちろんそのぶん体に負担がかかるが」
「延長.... 」
始めて女性とあった日を思い出す。雨で髪が貼りついていた顔は酷く疲労していて、あれは延長を繰り返していた影響なのだろうか。
何故彼女は自分の体をボロボロにしてまで葵を憎むのだろう.... 何が彼女をそうさせるのか。
それさえわかればきっとーー
「.... れい、おい奴隷よ聴いているのか?」
「え、あ悪い。聴いてなかった。それと奴隷じゃなくて斤十さんな」
絵美はふんと鼻をならし、
「No.にはそれぞれ特有のスキルがあると言ったのだ。炎を操るスキルがあれば時間をとめるスキルだって存在する。因みに貴様が戦闘した花の怪物のスキルは怪物が殺した人間とその宿主との関係をなくす能力ーー 忘却だ」
「忘却.... 」
なんとなくだが翔真が追っている事件と俺が解決しようとしている事件。その終着点は一緒ではないのだろうか。そう思えて仕方がなかった
もしそうなら、明日の作戦は何がなんでも成功させなければならない。
その為にもやはりマスクドライバーが必要だ。話だけで解決するならそれが一番いいが、全部が作戦通りにいくとは限らないのだから。
「なぁ絵美.... ってなんだよ」
気持ち悪さに疲れたのか、はたまた話疲れたのか。いつの間にか絵美は静かな寝息をたてていた。
今日はずっとこいつに振り回されていた気がする。
生意気な口調で偉そうで、素直じゃなくて、餓鬼扱いされたら怒って。
「けどやっぱりお前は餓鬼だよ」
掛け布団をそっとかける。
いつまで絵美がここにいるつもりかわからないが、まぁ今日はもう暗いから一晩だけ泊まらせてやろう。
絵美のことはどうするかそれはまた明日に考えるとしよう。
俺は音をたてずに部屋のドアを閉めた。