落とし物
「暑ちーな」
額にじんわりとうかんだ汗を首にかけたタオルで拭い、ひとりごちる。
空を仰げば、雲ひとつない青空で、太陽がじりじりと照らついていた。
川のほとりに生えている杉木からは油蝉の鳴き声が聞こえ、いっそ夏の暑さに拍車をかけている。
全くもって今日は外仕事に向いていない。
姿勢を伸ばし腰を叩く。
長時間川のゴミ拾いをしていたせいだ。腰が痛い。それに加え、首をずっと下に向けていたから首にも痛みがきている。
軽く溜め息をつき、首をぐるんと一周回す。
「それにしても」
足元に視線をおとし呟く。
太陽の陽射しが反射し、キラキラと光る川面の底には、キラキラの言葉には似つかわしくない大量のゴミが捨てられていた。
例えば濡れてぐずぐずになったぶ厚い雑誌や飲んでポイ捨てされたジュースの空きカン。
まだ中身の入っている煙草のケースに、危険な事に割れたビール瓶や硝子の破片まで捨てられている。
何故こんなにも平気でゴミを捨てるのだろうか。捨てるなと注意勧告もしているのに、
後ろ首を軽く叩き、近くの看板を見る。看板には赤い文字でデカデカとゴミを捨てるなと書かれている。
あの看板を作成したのは俺だ。ゴミ放棄が絶えないため、ホームセンターで木材を購入して、安価で作成したのだが、どうやら効果はないらしい。
もう少し脅し文句を書いたほうがいいだろうか。
例えば、捨てたら罰金や、赤いペンキでホラーチックにいつも見ているぞと書くとか .... だめだ、何処にでもありそうな、ありふれた言葉では全然脅しにならない。もう少し捻ったほうがいいか。
依頼は川のゴミ拾いだけだったがその後のアフターケアをするのも、なんでも屋黒神の仕事だ。
「何かいいアイディアが浮かばねぇかな」
火バサミをカチカチと鳴らし、俺はゴミ拾いを再開する。
缶に、表面が水でどろどろになった雑誌、様々な形で割れたガラスやビールの破片。それらを拾っていると、カチッと何やら細いものを挟んだ。
「なんだ?」
持ち上げて見てみると、それは弾丸の形をした物体だった。色は紅色で、蜘蛛のような黒いシルエットが描かれている。
子供の落とした玩具だろうか? 丁度俺の真上には橋が架かっている。
その橋の上ではしゃいでいた子供がふとした拍子に落としたのではないか?
「さて困ったな」
玩具をこのまま川に沈めて、見てみぬふりをするか。それとも一応落とし物なので、交番に届けるべきか。
元の場所に置いておけば、落とし主が探しにくるかもしれない。
幸いここの川は浅く、流れも緩やかなので、溺れる心配はない。
しかし、置いといたとして、子供に探せるだろうか?
清掃作業をしていて何だが、この川は明日になればまたゴミが捨てられている。
注意勧告の看板を立てているのにもかかわらずにだ。現に同じ川を掃除するのは今月でもう三回目。
濡れた雑誌に煙草のケース。そして割れたビール瓶の破片.... サンダルを履いてようと、裸足であろうと誤って踏んだら危険だろう。
なら橋の上に置いたらどうか。
「いや、駄目だな」
ここの橋は他の子供だって通る。落とし主ではない子供が見つけて盗る可能性がある。
そもそも橋のどこに置いておくのか。
見てみぬふりをするのも、置いて帰るのもダメ。なら、残された選択肢は一つしかない。
「交番しかないか」
俺はポケットに玩具を捩じ込む。
ゴミ拾いを再開しようと火バサミを鳴らし、唐突に背筋に鳥肌がたった。
後ろから視線を感じる。さっきまで俺一人しかいなかったのに。
いったい誰だ。まさか霊とか?溜まった唾を飲み込み、ゆっくりと振り向く。
「.... あれ?」
振り向いた先には誰もいなかった。
いや、いてもらっては困る。元々俺一人しかいなかったのだから。いたらホラーだ。
しかし、なら、さっき感じた視線はなんだったのだろうか。
間違いなく視線は感じたのだ。それも普通の視線ではない。何か鋭利な、鋭い視線....
「疲れているのか俺は」
首をぐるりとまわしゴミ拾いを再開する。 空き缶に、瓶、雑誌、ゴミ袋が膨れていく。
ゴミ袋二枚じゃ足りないだろうなと思っていたら、案の定足りなかった。
三枚目、四枚目とゴミ袋を広げ、終わる頃には太陽が紅く染まっていた。
しかし、ゴミ拾いで仕事は終わりではない。
俺は持ってきたペンキと刷毛を使い、看板を修正していく。
ありきたりのメッセージでは何も伝わらない。もっと考えさせられるインパクトが必要だ。
ふと、ごみ拾いに感じた視線を思い出す。結局あれはなんだったのだろうか。あそこにいたのは俺だけだ。
ひょっとしたら、川の精霊が俺を見ていたとか。
直ぐ様考えを払拭する。馬鹿馬鹿しい。そんなことあるわけない。
「いや、待てよ精霊か!」
いい案が浮かんだ。刷毛をペンキのバケツに突っ込んで、メッセージを描く。
看板には傷だらけの川の精霊を描き、赤い文字で川が泣いていますと情に訴える内容にしてみた。
「完成だ!」
バケツに刷毛を投げ入れ、頬についたペンキをタオルで拭い完成した看板をみて得意気に頷く。
昔から絵には自信があったが、なかなかよく書けた。川の精霊の傷ぐあいに涙。
書いた俺ですら心を掴まれそうになる。
これで明日から誰もゴミを捨てようとはしないだろう。
重くなったゴミ袋を掴み、帰る前にもう一度振り返る。
川面には紅い夕日が射し込み、キラキラと光っている。その底には、もう何も落ちていない。
「やっぱ、綺麗なほうが心地いいもんだ!」
心が踊り、思わず口笛をふく。あとはゴミを捨てて依頼料をもらって帰るだけ。
「おっと、交番によらないとな」
ポケットを軽く叩くと、硬質な音が鳴った。