23:キンタナ
《キンタナ》
甲殻歴5000年のノーヴェルのメンバー。
その中で中心になっていたのは、キンタナというオスだった。
キンタナはカリスマ1位、説得力1位、リーダーシップ1位だった。
キンタナは世界中のモコソのディスプレイに向けて話し始めた。
「10万年前に絶滅したビースターを、愚かだと思うか。」キンタナは地上にいた。白いセラミックで作られた壇上に立っている。
研究施設棟ノーヴェルの庭に作られたステージで、カメラに向かって話している。
キンタナの後ろには白い大きなノーヴェルの地上部分と青い空が写っている。
「11万年前に絶滅したヒューマンのように、愚かな知的生命体になりたいか」
キンタナは両手を広げて言った。「今までの我々は、ヒューマンのように愚かだった」
「我々は退化している」
キンタナは悲しそうなポーズをする。
「このままでは、ヒューマンよりも愚かな滅亡を迎えるだろう」
キンタナは大きな声でゆっくりと話す。
「皆はそれでも良いか?」
キンタナは世界に向けて問いかける。「種としての未来を、種としての繁栄を、捨てても良いか?」
「我々は確実に、退化している!」
キンタナはもう一度言う。
「そこで、お願いする!」
キンタナはさらに大きな声で話す。
「我々1位の集団ノーヴェルに、種としての未来を託してもらえないだろうか。我々がなんとしても、種としての未来を輝かしいものにしてみせる!」
キンタナは大きな声で話し続ける。
「絶対とは言えない」
キンタナは正直に言う。「確約は出来ない」
「しかし、退化を食い止めることを、我々の頭脳で本気で考え、それでも駄目だったのであれば、我々の種は未来がないのではないかと思う」
キンタナはカメラの向こうの全世界のモコソのディスプレイに向けて言う。
「これからあなたのモコソに我々からデータを送る」
キンタナは自分の胸に着けた装甲を強く叩く。
「我々に、未来を託しても良いと思う者は(はい)を。退化し滅亡しても今の生活を捨てたくないと思う者は(いいえ)を押してもらいたい」
キンタナは腕を上げる。
「そこで(はい)が90%以上だった場合、我々は種の責任を背負って、未来を切り開く」
キンタナは話し続ける。
「我らが提案するのはノーヴェルの絶対命令権」
キンタナは自信を持った声で言う。
「ノーヴェルのメンバー10人の意見の一致で、世界の誰か1人に我々からお願いをする。そう、お願いだ」
キンタナは言う。「これを受けた者は、我々の願いを聞いてほしい。大丈夫、死ねなどとは言わない。多少無茶な願いを言うかもしれないが、種の繁栄のための願いだ」
「そして、メンバー100人の意見の一致で、上限10人に同時に命令を出す」
キンタナは言う。「これは10人全員が同時に命令を聞いてほしい。大丈夫、戦争を始めろなんて言わない。しかし世界経済のバランスを保つ為である場合が多いかもしれない。10人同時に聞いてくれ」
「そして最後に、ノーヴェルのメンバー全員すべての意見の一致があった場合、全世界に命令を出す」
キンタナは世界に向けて話す。「これはおそらく、簡単なお願いの場合と、最終手段の場合がある。簡単なお願いの場合は素直に聞いてほしい。最終手段の場合、ものすごく理不尽なお願いをするかもしれない」
「そんな理不尽な願いの場合は、種として死ぬか生きるかの場合だと思って構わない」
キンタナは大きな声で言う。「もしかしたら、我々が絶滅するか、半分生き残るかの選択かもしれないからだ。そんなお願いをしなくても済むことを祈っている」
「最初に戻るが、ヒューマンのように、愚かに絶滅するような道を選びたい者は(いいえ)を押してくれてかまわない」
「ノーヴェルに種の未来を託してもいいと思う者は(はい)を押してくれ。(はい)の90パーセント以上でノーヴェル絶対命令権の立法とする。」
「では、押してくれ」
キンタナは青空の下で、話し終えた。
「ヒューマンのように愚かに絶滅したいのか」
その言葉が我々の心を動かした。ノーヴェル絶対命令権は立法した。
人々は、どんな不便な生活になるのかと身構え、不安になっていた。
しかし、それはゆっくりと、気にならない程度に、本当にゆっくりと変化していった。
ちょっとした便利グッズが店頭から消えた。
モコソゴーグルの機能の一部が使えなくなった。
モコソの音声入力が使えなくなり、手で入力するようになった。
自動運転が禁止され、人々は自分で運転するようになった。
列車やバスのシートが無くなり、立って乗るようになった。
デスクワークの仕事は、勤務後に軽くスポーツをする決まりになった。
多くの自動ドアが無くなった。乗り物の自動ドアは残った。
エスカレーターが無くなり、階段になった。エレベーターは健在。
エアコンの自動温度調節が無くなり、手動で調節するようになった。
軽い仕事でのパワードスーツが禁止され、人々は自分の体を使って一生懸命働くようになった。
通信販売が高くなり、店頭販売が安くなった。
テレビは1日の視聴時間が設定された。
有益な本が安くなり、無益な本が高くなった。
ゲームは多くの駄作が禁止された。名作だけが残った。新作は1年かけて未来に残すか審査された。中毒性のある単純なゲームはプレイ時間に厳しく制限がされた。
脳を限界まで使うゲームが増えた。
様々な便利なものはモコソに依存していた。モコソの機能を制限するだけで、人々は軽く不便になった。
人々はそれを受け入れた。
始めは少しストレスがたまる生活だったが、すぐに慣れた。
そういうものだと思えば、どうという事は無かった。
我々はヒューマンではないのだ。便利を捨てることが出来る。
その微妙な不便さの調整をしているのは、ノーヴェルの面々だった。
そして1年が経つ頃には人々は、便利さのぬるま湯につかっていた過去の自分を、恥じるようになった。
ノーヴェルは実験として全世界に対する絶対命令を1回だけ使った。
それは、車の「自動ルート案内禁止」だった。機能は残した。
人々はそれに従った。人々に大きな混乱は起きなかった。




