第1話
ニート卒業!
必死に勉強して取ったメイド検定の資格!
この資格を手に、あたし、朝岡笹美は、今日から!
……秋葉原のメイド喫茶のメイドさんになった!?
何でーっ!?
あたしの夢はメイドさんになることだった。大きな屋敷のドSなご主人さまに仕えて、毎日、色々攻め立てられていやんいやんと思いつつもご奉仕することだった。
そのためにメイド検定の資格、取ったのよ!
決して、メイドはメイドでも、メイド喫茶のメイドさんになるためではなーい!
でも、現実は無常なもの。夢は叶うとは決して限らない。
まっ、いいか、最初はメイド喫茶のメイドさんでも。仕事があるだけ、ましだよね、フリーターでも。
うん、頑張ろう! この自分の意に沿わない仕事を無理矢理するのも、とってもマゾい状況で、気持ちいいから、それを楽しめばいいんだよね!
そんな風にポジティブに考えるようにして、あたしは更衣室でメイド服に着替えて、早速仕事を開始した。
このメイド服、スカートみじかっ!? 何か色々見えちゃいそう!
男の子って、こういうの、ほんと、好きだよね。
あたしは、はぁ、と溜息を吐いて、それから先輩のメイドさんに色々、ご指導を受けに行く。
人に何かを教わるというのも、何か色々なものを他人に支配されているというか、マゾ的状況でほんとっ気持ちいいよね。
あたしはそんな快楽に浸りつつ、でも、直ぐに仕事を覚えてしまった。あたしの飲み込みの良さに先輩、驚き半分、不安半分、という感じだった。
あたしはてきぱき接客を行う。
来店したお客様に、
「お帰りなさいませ、ご主人さま」
あたしは極上の笑顔を浮かべ、お店に迎えた。
決まった!
この台詞、あたし、憧れてたんだ。本物のメイドでなくても、この定番の台詞が言えるなんて、あたし的にはすごーい幸せ。
あたしはお客様を案内して、オーダーを取ったり、テーブルの片付けをしたり、レジを打ったり、色々目まぐるしく働いた。
メイド喫茶のメイドさんも楽しいものだね……。
今までもアルバイト、あんまり大変と思ったことないあたしは、メイド喫茶のアルバイトにも、そんな感想を抱いた。
意外とあたしに合ってるかも、つなぎのバイトとしては。
でも、あたしの夢は本物のメイドさんになること、諦めない!
「お帰りなさい、ご主人さま」
……今度のお客さん、ちっこい?
どこからどう見ても小学生くらいだよね? 小学生でもメイド喫茶って、興味あるのものなの?
と思ったら、その男の子の次に、執事の服を着たおじいさんがやってきた。
何だろ、これ? 何かのテレビ番組?
「席に案内してもらおうか」
男の子は尊大に言った。
何か生意気な男の子だなあ。
「はい、わかりました。どうぞ、こちらです」
あたしは男の子をなんとなくお店で一番いい席に案内する。
折角の小学生だし、少しくらい贔屓してあげてもいいよね。滅多にこんな店、こないだろうし。
おじいさんも席に進めたけど、おじいさんは何故か男の子の後ろに直立不動の姿勢でいる。
その姿は、本物の執事みたい。
「ご注文は何にしましょう?」
「お勧めは何だ?」
「それなら、えっと……」
あたしはフルーツパフェを進めてみた。このお店で注文していくお客さん、結構多い商品だったからだ。
男の子はあたしの進めたものを頼んでくれる。それからメニューをじーっとにらめっこして、
「この膝枕とかって、メニューに書いてあるのは何だ?」
「あ、それ、このお店の好きなメイドさんを指名して、ご主人さまに膝枕をするんです」
「じゃあ、それも頼んでみよう。相手はそう……」
「うん……?」
「お前で頼む」
はあ? 別にいいけど、あたしに膝枕して貰いたいとか、変わってるなあ。
あ、でも、女の子にそういうことしてもらいたい人が客としてくるのか、こういうお店は。
でも、この子はまだちっこいのに、そういうの興味あるんだ。ませてるなあ……。
あたしはフルーツパフェをその子の席へ運んでいくと、その男の子を膝枕してあげた。
サービスで男の子の髪をそっと撫でてあげる。
男の子、気持ち良さそうだ。
「ふむ、気に入ったぞ。俺様は三千院王。お前、名前はなんという?」
「あたしは朝岡笹美と言いますけど……」
「ササミ、今度から、この店に来るときはお前に応対してもらうこととしよう」
「はい、有難うごさいます、ご主人さま……」
って、この子、また来るつもりかい!
ほんと、ませた小学生だなあ。
まっ、でも、可愛い子だったし、いいか。口調は何か偉そうだけど、俺様小学生も何か可愛いよね。
あたしは気持ちを切り替えて、また別のお客さまの接客をして、その日のアルバイトを終えた。
男の子……王さまは、毎日うちのお店に通ってきた。
何かあたし、本気で気に入られちゃったみたい。毎日あたしのこと、その子、指名してくるの。
でも、王さまの相手するの、あたしも結構楽しいし、すっかりあたしも王さまがお店に訪ねてきてくれるの、待つようになっていた。
「ササミ、今日はコーヒーを飲みたいぞ」
「大丈夫ですか、ご主人さま? かなーり苦い飲み物ですよー?」
「ササミが飲ませてくれるなら、苦くても平気なのだ」
そんなサービスはメニューには載ってないんだけど、別にいっか。
あたしは熱いコーヒーをふぅふぅして冷ましながら、王さまに飲ませてあげた。
王さまは凄い満足そうだった。
何か理想とは違ったけど、こうしてメイド喫茶でご主人さま相手にご奉仕するのも、ドMなあたしとしては何だか色々気持ちいいなー。
あたしもすごーい幸せ。
幸せに浸ってて気づかなかったけど、ふと目を上げると、王さまと目があった。
何か王さま、あたしのこと、じーっと見てる?
あたしは小首を傾げて王さまを見つめ返す。
王さまは何だか照れたように、ぷいっとそっぽを向く。
「そう言えば、聞いてなかったな。ササミは何でこんなお店でアルバイトしてるんだ?」
「あたし、本物のメイドになってご主人さまに仕えるのが夢なんです。でも、何をどう間違えたのか、このアルバイト、することになってました」
てへっとあたしは舌を出した。王さまは呆れた顔をする。
「じゃあ、この店で働くのは本意ではないのだな?」
「そんなことないですよー。今では慣れましたし、それに王さまが毎日来てくれるから、何か楽しいですし」
「そ、そうか……」
「でも、夢は諦めてないですけどね、いつか、ちゃんとしたお屋敷で、メイドとして、働きたいです」
あたしの顔を聞いて、王さまは真顔になり、じーっと真っ直ぐあたしの顔を見てくる。
な、何だろ? 何か伝えたいこと、あるのかな?
「ササミ、それなら、俺さまの……」
そのとき、ガシャーンと何かが割れる音が店の中に響いた。
「すみません、すみません、お客さま!?」
後輩の子がお客さんに必死に謝ってる。お客さんは何かすごーい剣幕で怒ってる。これは止めないとまずい!
あたしは慌ててその席に行って、険悪な雰囲気の中、割って入った。
「お客さま、本当にすみませんでした! お代はいりませんし、サービス券もつけますから」
「そういう問題でなくてよ、俺はだなぁ~? うん、お前、可愛いな?」
「はぁ?」
「どれどれぇ~……?」
パサッ、あたしのスカートがまくられた。
って、何してるのよ、この男!? 信じられないっ!?
「おおっ、ピンクのレースだ」
そんなこと、どうでもいい!? セクハラでしょ!
あたしはスカートを慌てて抑えて、きっとした顔でその男の顔を睨む。怒り大爆発寸前状態だった。
男はしかし、どこ吹く風という顔で、全然反省した様子がない。
「いいじゃないか、パンツの1枚や2枚くらい、見られても。そんな短いスカート履いてる方が悪いじゃないか」
そういう問題じゃないでしょ、むかーっ!
さすがにあたしはぶちきれて、男の子に平手一発でもかましてやろうかと思った。
そのとき、男の子の頭の上に、ばーっと水が掛けられる。
「それ以上、ササミを侮辱することは許さん」
今度は王さまが割って入ってくれたのだ。
「ご主人さま、ここはあたしが!」
「ササミ、大丈夫だ、ここは俺様に任せておけ」
王さまはそう言うと、男の方を睨みあげる。そして冷ややかな声で、一言簡潔に、
「失せろ」
男は怒りで顔を赤くした。
「何だ、このガキ? 大人に喧嘩売ろうと言うのか!?」
「子供か大人かは関係ない。お前のやったことは犯罪だ、証人もこれだけ沢山ある」
「なんだあ? 見せたい女のスカートめくって、何が悪いっていうんだ!」
「強制わいせつ罪は6か月以上10年以下の懲役だ、訴えれば、お前は前科ものだな」
前科ものと言われて、男は露骨に顔色を変えた。
「そ、そんな、これくらいのことで、犯罪なんて……」
「ササミの名誉が傷つけられたんだ。俺様が飛び切りの弁護士を用意して、お前を訴えてやろう。1分時間をやる。訴えられたくなければ、失せろ」
男は青い顔のまま、ささっと荷物をまとめると、会計をしてさっさとお店から逃げ出してしまった。
良かったあ、何とか無事に済んだ。あたしはその場にへたり込む。
「有難うございます、ご主人さま!」
「ササミのためなら、これくらいお安い御用だ。でも、相手も法律に詳しくなくて、ほっとしたぞ」
「法律?」
「スカートめくりは、厳密には犯罪としてセクハラ行為に当たるかは微妙なのだ。有罪にするのは難しかったかもしれない。そこを男につかれてたら、危なかったな」
そうなんだ。でも、スカートめくりされても、相手に何の処罰も与えられないなんて、理不尽だあ。日本の法律に、抗議申し立てる! でも、まあ、何はともあれ、良かった良かった。
まあ、男の顔、ひっぱたきそこねたのは残念だけど、今となってはスカートめくられた恥ずかしさと怒りより、無事解決した安堵感の方が大きい。
「なあ、ササミ?」
「うん?」
「お前の夢、大きな屋敷のメイドとして主人に仕えることと言ってたよな?」
「うん、そうだけど……?」
「その夢、俺さまに叶えさせてくれないか?」
「えっ……?」
あたしは王さまの顔を見上げた。王さまはくるっと常に傍に控えめに立っていて存在忘れてた執事の方を見る。
「なあ? 屋敷に一人、メイドを雇うことは可能か?」
「それくらいは余裕でございます、王さま」
「なら、ササミを我が屋敷で雇うぞ。早速手続き、してくれ」
「分かりました」
何、これ!? 何が起こってるというの、あたしの身の周りに!?
「王さま、あなた……」
「なあに、安心しろ、ササミ。俺さまはこう見えても、三千院財閥の次男坊だ」
つまり、お金持ちということらしい!
何ですってー!?