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エンド・オブ・ライフ  作者: Motom
9/14

第8話 ODIN

## 2013.7.25


 晴夫はユキウサギとの一件以来やる事が無くなり暇にしていた。

 日々クーラーの効いた居間でゴロゴロして過ごしていた。

 母には「受験が無いとはいえ勉強はしなさい」と怒られる。


 秋雄のパソコンに触る事も無くなった。

 数日後には廃棄される運命だろう。

 自身のPZ4にさえ電源を入れていなかった。

 晴夫が惰性でやっているゲームはスマホのゲームだ。

 パズルを合わせるが如く落ちて来るフルーツを並べて消す

 そんな作業を繰り返し自身のキャラを強くする単純なゲームだ。


 夏休みに入った最初の日曜日に母親と一緒に機種変更してきた。

 秋雄のスマホを退会するのに付いて行ったのが幸いし

 晴夫も最新のスマホに機種変更して貰った。

 秋雄のキャラを消した犯人の事もどうでもよくなり掛けていた。


 晴夫はテーブルの上のスマホを見た。

 SNSのメッセージを知らせるランプが点滅していた。

 画面をタップする。

 山野からのメッセージだ。


 太田はまだガラケーで悔しがっていた。

 未だに買って貰えないらしい。

 太田は「パソコンがあるから平気」と強がりを言う。

 確かにSNSはパソコンにも対応しているので見れるのだが

 常に持ち歩けないゲーミングパソコンなのでリアルタイムで

 見たり書いたりはできないのだ。


 晴夫は画面をタッチしてメッセージを開く。

「エイダ隊長がお前の事を探していたぞ」と書いてあった。

 晴夫は「ぇ」と思った。

 取り敢えず返事を書く。


「どうして?」


 と打って送信した。

 しばらく待つと再びスマホが光った。


「知らないよ」


 晴夫は「今更なんでだろう」と思ったが、

 伝えてくれた山野にはありがたいと思った。

 再び返事を打つ。


「ごめん、ありがと」


 晴夫はメッセージを送信し終えると

 兎に角パソコンにログインした方が早いなと思った。

 リビングのソファを立つとTVを消し兄の部屋に向かった。


 晴夫は時計を見る

 まだ15時

 母が帰宅する18時頃までにまだ3時間ある。

 約1週間ぶりにログインした。


 キャラクター選択画面。

 そこにある筈のキャラクターがいない。

 右に"MARU2"がいた筈だ。

 なんのカスタマイズもされていない金髪の青年だ。

 最終日に貰ったレッドサンドストーム隊の部隊服

 赤い制服に帽子を着ているアバターがない。

「キャラクターを作成して下さい」と表示されていた。

 晴夫は声に出して一人叫んでいた。


「無い、マルが無い」

「なんで」

「誰が」

「やられたぁ」


 何度も何度も繰り返しひとり言を呟く。

 しばらくして少し落ち着いてきた。

 たぶんまた消されたのだ。

 秋雄のサブアカウントのキャラクター達と同じだ。

 誰かがこのIDもパスワードも全て知っているのだ。


「なぜその事に気が付かなかったのか」

「なぜパスワードを変えなかったのか」

「なぜみんなに貰った装備を盗られた」


 晴夫はなんども繰り返し思いが廻っる。

 後悔しかない。

 しばらくして冷静になって考える事ができた。

 1時間は過ぎただろうか。

「新キャラを作るしかない」と気持ちを切り替えた。

 もちろんパスワードとメール登録も変更した。

 犯人もこれでもうログインする事はできない。

 例え身内の犯行だとしても晴夫以外は不可能である。


 "MARU3"と言う名のキャラを作った。

 当然"MARU2"は使われていると表示されている。

 消されて1週間は保留期間で同名は使用できない。


 ・・チャットウインドウ・・


 MARU3:隊長、マルです


 いつもの様にしばらく待つのかと思った。

 しかしその日は直ぐに返事があった。


 ・・チャットウインドウ・・


 ADA:マルか何やってんだ

 MARU3:すみません キャラが消えてしまって


 そこからエイダの返信が無い。

 何か考えているみたいだ。


 ・・チャットウインドウ・・


 ADA:ハックだろイン出来ただけラッキーだな

 ADA:心当たりは?

 MARU3:ありません

 ADA:これで辻褄が合う

 MARU3:え?

 

 エイダは少し溜めてから答えた


 ・・チャットウインドウ・・


 ADA:オデンが現れた

 MARU3:え?

 ADA:お前か?

 MARU3:違います

 ADA:オデンを誰かが使っている

 MARU3:誰ですか?

 ADA:知らねーよ この前戦った

 ADA:と言うか一方的に殺られた

 ADA:チーターだ、そう長くは無い

 ADA:犯人に接触するか?


 エイダは一気に捲くし立てる様にチャットを打った。

 不正プレイヤーの報告をしてあるらしい。

 晴夫は焦りつつ返事を返した。


 ・・チャットウインドウ・・


 MARU3:いつですか?

 ADA:今夜だ もう時間は無い

 ADA:早ければ明日のメンテで利用停止にされる

 MARU3:解りました でもキャラが

 ADA:そうか


 そこで一旦会話は途絶えた。

 晴夫にはもう手が無い。

 どんなに急いでも後数時間でこのキャラを

 レベル0からレベル20にするのは無理だ。

 その時、晴夫はふと思い出した。


 ・・チャットウインドウ・・


 MARU3:あります

 MARU3:PZ4のキャラがあります

 ADA:おお、階級は?

 MARU3:準尉です

 ADA:よし マシンは用意する 2100集合

 ADA:後、お前の友達いただろ あいつら呼べるか?

 MARU3:え、はい声かけてみます

 ADA:呼べたら呼べ、以上


 と言ってチャットを終えた。

 おそらくこれがオーディンとの最後の接触になるだろう。

 また対戦中に話しかけるしかない。

「どう話したら良いのか」と晴夫は考えたが今は解らない。


 晴夫は山野にメッセージを送った。

 太田も誘う様に頼んだ。

 直ぐに返事が来た。

 答えはYESだ。

 太田にもパソコンで伝えてくれた様だ。

 18時はまだ過ぎていない。

 21時までに夕食を済ませて部屋で待てば良いだろう。


 ***


 その頃、ビーンの中の人。


 安藤一喜は部屋の方付けをしていた。

 明日、引っ越し屋が来て実家へ荷物を送ってくれる手筈。

 引越し作業の真っ最中だ。

 高性能なゲーミングパソコンも既に梱包箱に入れ終えた。


 もう本格的にオンラインゲームはしないとはいえ、

 パソコンは仕事にでも何にでも使えるので持って帰る。

 一喜は部屋の中を見渡しほとんど物が無い事に寂しさを感じる。


 大学の教科書や参考書類は全て捨てた。

 太って切れない服も万年引きっぱなしだった布団も全て捨てた。

 持ち物はパソコンだけだ。

 学生時代にオンラインゲームに嵌り何年も変わらない生活。

 購入した物はパソコンのパーツと食料品だけだった。

「こんな生活はもう終わりにしよう」と一喜は思った。


 その時、一喜のスマホにメールが届き受信音が鳴り響いた。

 おそらくレッドサンドストーム隊からの緊急呼び出しのメールだ。

「まだ同報機能から外して貰って無いのだな」と一喜は思った。

 部隊の広報から同報で送られて来る召集メールだ。

 レッドサンドストーム隊は部隊独自の作戦行動があれば

 随時メールで知らせてくれるのだ。

 引退した彼に取ってはどうでも良かった。

 退会を申請する為、画面をタップして内容をみてみた。


「ビーン、出撃命令だ。2100インせよ!」


 それはエイダ隊長からの直々の召集メールだった。

 しかも良く見ると隊長からのメールは

 1時間置きに既に3通溜まっていたのだ。

 一喜はスマホを置いたままでゴミを捨てに行き

 そのまま隣の大家さん宅で挨拶がてら将来の話をしていた。

 学生時代からずっとお世話になっている大家さんだった。


 一喜は慌てて返事を打つ指が震えた。

 上手くスマホの画面タッチが打て無い。

 なんとか取り急ぎ一言だけ返信だけができた。


「了解」


 荷造りの終えたダンボール箱からゲーミングパソコンを取り出す。

 そして本体のケーブルをコンセントに繋いだ。

 まだその日は光回線が生きている事を思い出しホッとしていた。

 不動産屋が契約している回線なので利用料は家賃に含まれる。


 ***


 夜21時前に晴夫は自分の部屋からPZ4でUFOにログインした。

 そして直ぐにエイダにチャットを送る。


 ・・チャットウインドウ・・


 MARUO:こんばんわ

 ADA:よし作戦を開始する


 直ぐにエイダの呼びかけでパーティが組まれた。

 エイダ隊長を指揮官にビーンとマルオ。

 そしてちゃんと21時にログインしてきた

 エルとキリリンがパーティに加え5人となった。


 晴夫がPZ4の定型文チャットしか使えない事も考慮し

 一般的に知られるフリーソフトの"Airbit"を用いる。

 ボイスチャットを使うとの提案がなされた。

 そもそもレッドサンドストーム隊はボイスチャットが義務だ。


 エルとキリリンの2人も問題なく承諾した。

 ログインIDとパスワードが伝えられた。

 晴夫は兄のパソコンにあったヘッドセットを取りに行った。

 それを自分の古いノートパソコンに取り付け

 "Airbit"と言うソフトウェアをダウンロードした。

 山野がスマホで送った指示どうりインストールを完了。

 晴れてボイスチャットデビューを果たした。


 始めて聴くエイダの声は想像していたモノと違っていた。

 未だ10代ではないかと思える声質が高く違和感を感じた。

 文字チャットと違い驚くほど低姿勢で丁寧な言葉使い。

 釣られて晴夫も恐縮し敬語で話す。

 ビーンの声は低く空気が喉通りが悪く太った体格を感じさせる。


 山野、太田の2人はノイズなのか若干聞き取り辛い。

 教室での聞き慣れた2人の声は安心できる。

 彼らも使い慣れない敬語で話しているのが可笑しかった。

 晴夫は煩わしいコントローラによる定型文入力から解放された。

「これで機体操作に専念できる」と思った。


 晴夫達がボイスチャットを準備している間に

 マルオの為に用意された機体をアリエスがトレードして来た。

 部隊カラーである赤に塗られた"VoyagerII EX"だ。

 マックスまで強化されジャンピングユニットを装備していた。


 エイダとビーンは赤い"Benjamin EX" レベル50

 キリリンは黒い"Benjamin CS" レベル36

 エルは緑の"VoyagerII CS" レベル32

 マルオは赤い"VoyagerII EX" レベル20

 平均してレベル37


 エイダは"コンバット"対戦を申請しマッチングを待った。

 マップはフリーに設定した。

 晴夫にとっては初のコアタイム夜の21時以降のバトルだ。

 5分も待たずマッチングが成立した。


 晴夫達がいつもプレイする夕方の時間帯なら

 15分以上は待つのが当たり前だ。

 晴夫達が感嘆しているとエイダが言葉を挟んだ。

「それでもこのレベル帯の人は少ないですよ」と敬語だ。

 それよりエイダの歳が知りたいと思う。


 理由は中級レベル帯の人は割りと"PVP"プレイヤー同士の

 対戦を避ける傾向があった。

 レベルやスキルが完成していない中級レベル帯においては

 直ぐにやられてしまうのは面白く無いのだろう。


 それでも中級レベル帯で参戦して来る人は情報無知か

 ベテランのサブキャラだと思って良かった。

 まだパーティープレイでの立ち回りが確立していない者が多い。


 キャラクターがレベル50カンストし

 攻撃や防御の各スキルの調整も済み

 そして機体の強化や装備が整っていて

 そしてそれなりの部隊に入る事。


 それでやっとガチンコの対戦が始まると言って良いのだ。

 そこまでの"やり込み"にはそれなりのプレイ時間が必要だった。


 晴夫達はマッチングでオーディンとの対戦を待つ間に

 他のチームとのマッチングを2回続けて快勝した。

 ボイスチャットでの指示にも慣れてきた。

 エイダの指揮は的確で上手い。

 ビーンのロングレーザーライフルは強力だ。


 待ち時間を利用しエイダがオーディン戦における戦い方を

 レクチャーした。

 晴夫達はメモを取るなどして作戦を把握した。

 大丈夫、オーディンは必ず戦略にはまる。


 マッチチングを知らせるメッセージと効果音。

 ついにその時が来た。

 空いている最後の1枠に奴が来た。

 マルオとオーディンの対戦が始まる。

 カウントダウンだ。


「来た!」


 エイダがボイスチャットで呟いた。

 メンバーは息を飲んで「はい」「了解」口々に返事をした。

 マップはランダムだ。

「山岳2」のマップが選択された様だ。

 バトルのスタートを告げる音楽が流れた。


 エイダ達は作戦通りに基地の後方に固まった。

 基地の後ろに固まるのはローカルルールで不戦を意味した。

 戦闘の意思が無い事を伝える行為だ。

 相手はそれに気が付き移動速度を落とした。

 無駄な戦いはせず基地だけ落としてポイントを奪えば良い。

 中級レベル帯は無駄な戦闘は好まない。


 そんなメンバーを無視し高速で向かってくる機体があった。

 やはり白いノーマルの"Mirage EX"だ。

 マルオのレーダーにはまだ映らなかった。


「オーディン確認」


 ビーンが呟く。

 ビーンのスコープではオーディンの機体が見えていた。

 ロングレーザーライフルの射程域に入った。

 ビーンは手はず通りキーボードを叩きメッセージを伝える。

 メッセージを伝えるのはユキウサギ回と同じだ。

 今回はビーンが担当する。


 対戦中の射程距離内でのみ敵軍との文字チャットができる。

 争いを避ける為、敵軍に話し掛けないのが暗黙のルールだ。


 ・・チャットウインドウ・・


 "BEEN":オーディンそのキャラはどうした?

 "BEEN":オーディンそのキャラはどうした?

 "BEEN":オーディンそのキャラはどうした?


 3回同じメッセージを打った。

 気が付き易く読み易い様にだ。

 オーディンは動きを止めた。

 気が付いて返事をくれる可能性はあった。

 暗黙のルールを知らないかも知れないなら好都合。

 案の定返事が来た。


 ・・チャットウインドウ・・


 "ODIN":は?


 オーディンは返事を返した。

「やはり思った通り食いついて来た」とエイダは思った。

 後ろの敵軍4機も動きを止め見守っていた。

 このやり取りは彼らに"SS"スクリーンショットに保存され

 明日の晒し板に公開されだろう。

 チャットの内容はまで距離的に聞かれない筈だ。

 行動は問題視されるだろうが話題になればオーディンが不利だ。

 ビーンは続けてチャットを打った。


 ・・チャットウインドウ・・


 "BEEN":そのキャラは我々の知合いの物だ

 "BEEN":垢ハックで奪ったのか?


 しばらく間がある。

 オーディンに取ってはただの言い掛かりだ。

 知った事では無い。


 ・・チャットウインドウ・・


 "ODIN":知らねーよ!

 "BEEN":お前が奪ったのなら通報する

 "ODIN":だから知らねーってんだよww

 "BEEN":お前が知らなくてもそうなんだ

 "ODIN":だとしたらどうして欲しい

 "BEEN":返してくれ

 "ODIN":はぁ?

 "BEEN":返してくれ


 ビーンはチャットで2度言い放った。

 ボイスチャットでは良く言ったとエイダが褒める。

 ビーンは「はい」と答えてチャットを打ち続けた。


 ・・チャットウインドウ・・


 "ODIN":嫌だね高かったんだよww

 "BEEN":どこで買った?

 "ODIN":教える訳ねーだろ

 "BEEN":どこで買った?

 "ODIN":8万したんだぜww

 "BEEN":どこの業者だ?

 "ODIN":教えねーよww

 "BEEN":頼む繰り返すが垢ハックされたんだ

 "ODIN":じゃあさ俺に勝てたら教えるよ


「よし」と呟くエイダ。

 これでバトルで決着が付く。

 交渉は成立した。


 ・・チャットウインドウ・・


 "BEEN":OK勝ったら返してくれ

 "ODIN":じゃぁ1回でも倒せたら教えてやる

 "BEEN":無敵なんだろ?

 "ODIN":無敵は外す荒野マップで申請しろ

 "BEEN":了解した


 無敵とは弾丸やビームをすり抜けるチート技の事だ。

 そう発言するとオーディンは先にログアウトした。

 対戦中は普通には退出できない。

 出来るのはログアウトか回線切れだけだ。

 時間切れになれば勝手にログアウトする。

 敵軍の4人は終始、無言だった。

 内容は聞かれていないだろう敬意を表す。

 エイダはリタイアを進言した。

 残った4人にはポイントが入る。

 対戦は終了だ。


 エイダはオーディンの機体の近くに寄った。

 ガトリングキャノンをオーディンに向けて連射する。

 全ての弾丸が通りぬけてしまった。


 エイダはオーディンが言う通り

 「荒野3」のマップを選択し対戦を申請した。

 荒野のマップはただただ平坦なマップだ。

 障害物は一切無い。

 常に浮遊するミラージュにおいては不利がない地形。


 地面に穴を掘り少し低い位置に基地がある。

 だが"3"を指定したのは気象による砂嵐で視界が悪いからだ。

 一番人気が無いマップで誰も望んで申請をする事は無かった。


 ランダム申請で偶に当たる事もある。

 一気にやる気が無くなるマップであった。

 直ぐにマッチングされた。

 相手はオーディンとその他4人の5人パーティ。

 4人は意味不明な英語が並んでいる可笑しなキャラ名だ。


 オーディンの中の人が人数合わせの為に用意したキャラと思えた。

 RMT用のBOTに使用しているキャラの様に思える。

 その証拠に対戦がスタートして直ぐ時を合わせてログアウトした。

 4人は初期位置にいるがその内に消えると思われた。



 オーディンとのラストバトルがスタートした。


 オーディンはフライトユニットを装備している移動は早い。

 序盤は未だ砂嵐が少なく見通しも良い。

 オーディンは右手のレーザーガンをマシンガンの如く連射する。


 エイダの盾が3発受けただけで破壊され消えた。

 左腕に若干ダメージを受けながらも機体を旋回する下がる。

 エイダを追うオーディンの脇腹をビーンの閃光が貫いた。

 オーディンは急停止し後ろに移動する。

 無敵で無いなら胴体にダメージを与えた筈だ。


「早い!」と晴夫が呟く

「加速だ」


 無敵は外したとしてもう一つ不正の加速は健在だった。

 パソコンの性能差の問題では無い。

 外部ツールやクライアントソフトの改竄に寄る高速化。

 エイダは続けて指示を出す。


「作戦通り頼みます」

「はい」

「1対5、殺れます」

「はい」


 ボイスチャットではエイダの丁寧な口調でギャップに驚た。

 指示は的確だった。

「荒野」マップなら射程に入ればロングレーザーライフルが有利だ。

 オーディンをロングレーザーライフルの射程に入れる事が得策。

 もう一度射程圏内に誘き出したい。


 エイダは被弾を覚悟の上で前に出た。

 左側に旋回し敵を誘った。

 移動速度が圧倒的に速いオーディンは絶対に誘いに乗る。

 "レッドシグナル"レーダーに赤いランプが点灯した。


「来た!GO」

「「了解」」


 その合図でエルとキリリンの2人が右手へ前進を開始した。

 2人は一気に敵側の拠点へ向かった。

 爆弾をセットし拠点爆破する作戦だ。


 オーディンはエイダに背を向ける訳に行かず基地を見捨てる。

 2人を追うとエイダに距離を詰められ後ろを取られるだろう。

 下手すれば挟み撃ちだ。


 オーディンから2発の小さな閃光が飛ぶ。

 既に盾の無いエイダ機はそこで呆気なく爆散した。

 ビーンのロングビームが再度オーディンを襲う。

 2度目となれば予測し旋回してかわした。


 オーディンがエイダを落としエルとキリリンを追う。

 基地に来た時には設置された爆薬の前に立ち盾を構える2人。

 敵拠点と心中する作戦だ。

 オーディンは拠点を諦め立ち止まり反転。

 拠点が破壊されても自身が破壊されなければ賭けには勝ちだ。


 拠点の爆薬が爆発し2人を飲み込んだまま消え去る。

 敵の拠点爆破にオーディンを巻き込む作戦は失敗した。

 拠点攻略3ポイントを奪った。

 このバトルの勝利には近づいていた。


 次に狙われたのは1人自拠点に留まるマルオだ。

 待機するマルオにオーディンが近付くには危険を伴う。

 そうそう近づく事は有り得ないと思えた。


 エイダ、エル、キリリンやられた3人が復帰するのは15秒後だ。

 次は自拠点にオーディンを誘い込み総掛かりで一気に倒す作戦だ。


 永遠に続く平坦な地形に掘られた窪みにある自拠点。

 オーディンが迫ってくる。

 ビーンのロングレーザーライフルがロックオンした。

 発射まで5秒だ。


「・・3・2・1・0発射!」


 とヘッドホン越しにカウントするビーンの声が聴こえた。

 しかしビームは見切られたのか当たらなかった。

 オーディンは3発目も余裕で回避した。


 無敵状態を解除した筈のオーディンだが

 当たらなければダメージは与えられない。

 次のビーム発射までカードリッジ交換を含め8秒。

 間に合わないとビーンは思った。

 オーディンはこちらの拠点のある窪みに飛び込んで来た。

 マルオは動けなかった。


「エイダ、出るぞ!」


 リスタートしたエイダの声が聴こえた。

 エイダは窪みに向かって急いだ。

 盾も復活している。


 ビーンは万が一に備えて右最後方から動かない。

 マップ最後部の見えない透明の壁を背に機体の身を屈めた。

 次のオーディンが窪みを出た時が勝負だ。

 オーディンが再びスコープのターゲットに入るのを待った。

 後半に入り視界はかなり悪く影で予測し狙う初めてではない。


 オーディンは窪みの中の拠点。

 その中心にある基地のオブジェクトに近付いた。

 遂にマルオの目の前にオーディンが現れた。

 兄、秋雄が1年もの間育てた分身とも言えるキャラだ。

 オーディンは立ち止まりマルオにレーザーガンを構えた。

 晴夫は叫んだ。


「今っだ!ぁぁぁぁーーーー」


 晴夫の雄叫びがエイダ達メンバーのヘッドホンに響いた。

 背に付いた小さなバーニアが火花を散らし青白く光る。

 晴夫のTV画面一杯に照らし出された。


 マルオはオーディンの立つ前方へ全開でジャンプした。

 オーディンに機体ごと体当たりを決めるつもりだ。

 現状このゲーム唯一の近接スキルと言える"体当たり"だ。

 コントローラーの左レバー前方に倒しL2ボタンを力一杯引いた。

 晴夫は親指の痛みを我慢し力の限り強く押した。


「決まった」と晴夫のTV画面からはそう見えた。

 オーディンが後ろへ押し出されたかの様に。

 しかし2、3秒遅れてマルオの機体の方が爆散する。

 大きな爆炎の塊となり消え去った。


 マルオがオーディンに体当たりしヒットした。

 その時と同時にオーディンのレーザーガンが2発

 発射されマルオの腹部に撃ち込まれていた。

 失敗だ。


 そこへエイダが追いつき窪みに飛び込んで来ていた。

 オーディンはエイダに牽制の攻撃を行うと窪みを飛び出す。

 エイダはその攻撃を盾で弾いた。


「残り30秒」


 エイダがモニターの時計を見て叫んだ。

 ビーンの放ったロングビームが今度はオーディンの肩にヒット。

 オーディンは直ぐに追撃が無いのを知って振り返らず逃走。


 左前方、リスタートから戻ったエルとキリリン。

 2人が前方から迫りマシンガンを放つ。

 そのほとんどを避けるオーディン。

 オーディンのビームガンは正確に2発発射される。

 それぞれ2機を貫いた。

 レベルの低い2人はなすすべ無くその場で爆散した。

 既にオーディンはビーンの射程外に離れていた。

 エイダが追うが距離が詰められない。


「残り15秒」


 マルオがリスタートから復帰した。

 だがもう間に合わないと思われた。

 後少しで倒せなかった。

 晴夫は悔しくて泣き出してしまった。


「うぅぅ」


 TV画面ではカウントダウンが始まった。


 ・・10・9・8・7・6


 その時、エイダは前方に砂嵐の中に爆発の煙を見た。


 DES:ODIN


 ・3・2・1・0


 戦闘終了。

 作戦失敗を意味する"LOSS"の大きな文字。

 続いて戦闘結果が表示された。


 ラルーラ軍結果ADA小隊

 BASE:+3p

 DES :+1p

 ソレーユ軍結果ODIN小隊

 BASE:0

 DES :+6p


 完敗だ。

 続いてボーナスポイントの表示に切り替わる。

 当然、参加ポイントのみだ。

 ヘッドホンからは晴夫のすすり無く声が聞こえていた。

 エルとキリリンもその声を聴いて悔しい気持ちになる。

 それに釣られてビーンも肥満特有の篭った声で泣いていた。

 戦いは終わった。


「勝った!勝ったんだよ マル!」


 結果を否定してエイダは言った。

 オーディンを爆破する事が勝利の条件だった。

 オーディンとの賭けにマルオは勝利したのだ。

 エルとキリリンも歓喜の声を上げた。


 エイダは基地へ向かう直前に砂嵐の中に機雷を撒いた。

 機雷は天候に左右されずそこに留まる。

 レーダーには映らず目視でしか確認ができない。

 威力は小さいが1つ引っ掛ければ誘爆を引き起こす。


挿絵(By みてみん)

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