第7話 YUKIUSAGI
## 2013.7.15
晴夫は敵軍のブラックレイン隊の協力を得て
ユキウサギに話をしようと考えた。
エイダ隊長もその考えに賛同し作戦を練ってくれた。
エイダの作戦はこうだ。
まず協力を事前に得るのは難しい。
直接会って会話で訴えるしかない。
・・チャットウインドウ・・
"ADA":俺が盾に成ってマルと突っ込む
"MARU2":はい?
"ADA":俺が耐えている間に会話を試みろ
"MARU2":撃破されたら?
"ADA":もう一度突っ込む、繰り返しだ
基本的に相手の挑発はスルーが暗黙のルールでマナーだ。
しかしこれしか方法が無い。
敵軍プレイヤーにチャットが届く範囲はコンバットモードで
バトル中にどちらかの射程圏内に入った時だけだ。
他のメンバーは相討ち覚悟でカニ以外の敵を排除に廻る。
邪魔者は遠ざけたい。
エイダは手持ちの装備品の中で最強に強化した盾を装備した。
マルがレベル25その他はレベル50、平均すればレベル45だ。
平均レベル50のチームと当たる可能性はあった。
コンバットモードでマップを選ぶ場合は
相手も同じマップを希望した時にのみマッチングされる。
早くマッチングを望みたい場合や
マップに希望が無い場合はマップは選択しない。
約1時間が経った既に4回マッチングし対戦を終えた。
5回目、遂にユキウサギの小隊とマッチングに成功した。
マップは「廃墟3」戦争で廃墟と化した市街地だ。
気象は曇り風力は3、特に脅威ではない。
エイダは真っ赤な塗装の"Benjamin EX"を駆る。
背にはジャンプピングデバイスを装備。
ブースターの機動力を生かしカニの前に飛び込んだ。
エイダに隠れる様に続くマルの金色に輝く"VoyagerII EX"。
カニの護衛に付く1機はソレーユ軍上位機"L'AMOUR EX"だ。
装備されたガトリングキャノンから弾丸が連射された。
エイダ機の盾は勢いよくダメージを吸収し蓄積していった。
晴夫はその攻撃に焦りながらユキウサギにメッセージを送る。
素早くキーボードを叩いた。
・・チャットウインドウ・・
"MARU2":その機体はどうしたのですか?
もちろん誰からも返事は無かった。
カニの放つ強烈なロケットパンチを受けエイダの盾が消滅した。
右腕に付いた巨大な爪が発射されていた。
衝撃を受けきれずエイダの機体はボディにもダメージを受けた。
機体が半壊判定となり前屈みに折れ込んだ。
マルとエイダの間に割って入る2機の赤い"Benjamin EX"。
小さな盾と小銃、ジャンピングデバイスは背負っていない。
しかし彼らにも容赦なく青い"L'AMOUR EX"が構えた
ガトリングキャノンから弾丸が降り注ぐ。
マルはもう一度キーボードを叩いた。
・・チャットウインドウ・・
"MARU2":それオーディンのですよね?
エイダ機も2機の友軍機も"DES"し早くも消え去った。
マルにガトリングキャノンのターゲットが移った。
その瞬間、青い"L'AMOUR EX"が大破。
後方支援を預かるアンダーズが距離を詰め射程を定め
ロングレーザーライフルで射撃したのだ。
敵機はそのビームに腹部を破壊され1撃で"DES"した。
その次の瞬間、横から残りの敵3機の"L'AMOUR EX"が迫る。
3つのターゲットがマルを襲った。
マル機は蒸発するかのように瞬殺だった。
リスタートポイントでエイダが待っていた。
マルの再出撃を待つ。
15秒後に再出撃できる。
エイダの強化ビッグシールドは復活していた。
装備品はリスタートすれば元に戻るのだ。
・・チャットウインドウ・・
"ADA":やはり返事は無いな
"MARU2":はい
"ADA":だが続ける
"MARU2":はい
やはり暗黙のルールは生きていた。
無駄なイザコザや不正行為を生まない為
何時しか出来たルールだ。
『対戦中の敵軍とのチャットは禁じる』
煽り発言はスルーしろと強く教わってきた。
再びエイダはカニの正面に盾を構えて飛び込んだ。
それにマルオが続く。
晴夫はキーを叩く。
繰り返すしか無い。
・・チャットウインドウ・・
"MARU2":それオーディンの機体ですね
同じ質問を投げかける。
カニを除く4機のターゲットがエイダに集まる。
大きな盾の耐久値が一瞬で下がる。
マルオは続けた。
・・チャットウインドウ・・
"MARU2":オーディンは僕の兄です
エイダの盾がエフェクトと共に消滅した。
またリスタートからやり直しかと思えた。
その時、チャットに赤い文字が見えた。
・・チャットウインドウ・・
"YUKIUSAGI":攻撃やめて
ユキウサギが言葉を発した。
敵軍は沈黙し攻撃は止んだ。
しかしターゲットはまだエイダ機に集まったままだ。
攻撃は無く沈黙が続く。
・・チャットウインドウ・・
"YUKIUSAGI":どうゆぅこと?
"MARU2":オーディンは僕の兄です
"YUKIUSAGI":だから?
"MARU2":その
"YUKIUSAGI":オーディンはどうしてインしないの?
"MARU2":兄は高校生で学校があって
晴夫はありきたりな嘘を言った。
・・チャットウインドウ・・
"YUKIUSAGI":そう
"MARU2":はい、だからもう
"YUKIUSAGI":解った。
"YUKIUSAGI":どうして私達に黙って抜けたの?
"MARU2":それは
"YUKIUSAGI":私達は凄く心配してるの
"MARU2":ごめんなさい
本当の理由を告げるべきか。
オンラインゲームに私情は持ち込まない方が良いと思った。
ユキウサギは真実を知らない様だった。
・・チャットウインドウ・・
"YUKIUSAGI":暇に成ったら戻って来てと伝えて
"YUKIUSAGI":それと この機体はオーディンに貰ったの
"MARU2":そうなんですか
"YUKIUSAGI":私が大尉に成った記念
"YUKIUSAGI":返せって言うなら返すわ
"MARU2":いいえ
ユキウサギのブログにはそんな事は書いてなかった。
と思ったがもっと前の事かもしれない。
疑い問いただす雰囲気でも無い。
しかしアカウントが取られたのは事実だ。
・・チャットウインドウ・・
"MARU2":疑ってすみませんでした
"YUKIUSAGI":別にいいわ
"MARU2":でもアカウントが無くて
"YUKIUSAGI":盗られたって事?
"MARU2":はい
"YUKIUSAGI":私は知らないわ
"MARU2":心当たりは無いですか
"YUKIUSAGI":無いわ
晴夫は素直に疑った事を謝った。
丁度、画面に大きくカウントダウンが始まった。
バトルの時間は終わりだ。
敵軍の勝利に決まっていた。
もう10秒ほどでバトルは終わりだ。
そこにブルーザーが会話に割って入ってきた。
現在のブラックレインの隊長だ。
・・チャットウインドウ・・
"BRUISER":オーディンに伝えて欲しい
"MARU2":はい
"BRUISER":みんな待ってる
とそこで、画面が切り替わりスコア表が表示された。
"LOSS"惨敗だ。
そんな事よりも凶悪な最強プレーヤー集団と呼ばれている
彼らも本当は仲間思いの良い奴らばかりなのかも知れ無い。
今回の騒動はユキウサギとブルーザーが共謀して
秋雄のキャラクターを奪い取ったのだと思った事もあった。
思い違いだった様だ。
晴夫は敢えて秋雄の死については伝えなかった。
学校が忙しくゲームを止めた事になってしまった。
仕方がないと思う。
真実を伝えてこれ以上悲しませるべきではないと思った。
ユキウサギとの戦いは終わった。
これで情報は潰えた。
晴夫はエイダや部隊のみんなにお礼を言う。
そして除隊を申し出た。
アリエスは寂しそうだ。
「これから夏休みなんだから廃人に成ったらどうだ」
と薦めてきた。
晴夫はそれを丁寧に断った。
部隊の他のメンバーも
「オーディンの弟なんだからきっと良い廃人になれるよ」
と引き止めた。
半分本気なのが困りものだ。
最後はエイダの一言で決まった。
・・チャットウインドウ・・
ADA:じゃあな
とエイダが発言すると晴夫のモニターには
「あなたは除隊されました」
と小さなウインドウが表示された。
NOのボタンは無い。
晴夫はOKをクリックした。
凄く寂しさを感じた。
部隊と言う仲間の存在が心強く暖かい物だったからだ。
晴夫のアバターである"MARU2"は除隊された後も
1人フロアに立ちそのままそこを動こうとはしなかった。
晴夫がログアウトしたのは
1階から母親の帰ってきた音が聞こえてからだった。
## 2013.7.18
マルが抜けた枠には元通り"BEEN"ビーンが戻っていた。
ビーンは隊を抜けてソロ活動を続ける間に思う事があった。
そろそろゲーム生活を卒業して、実家に帰って働くかな。
そんな事を考える切っ掛けに様になった様だ。
ちなみにビーンは「豆」だの「お豆」だの馬鹿にされるが
豆の綴りは"bean"で"been"は"be"の過去形なのだ。
ただ本人も特に気にはしていない様だ。
ビーンのゲーム生活とは、
朝方寝て昼過ぎに起きる以外はゲームをプレイしていた。
もちろん対戦中に至ってはトイレさえも我慢だ。
UFOではダインジョンが無い分長時間のミッションが無い。
簡易トイレのペットボトルまでは必要ない。
ビーンの実家は酒屋をしていた。
大学卒業後は実家に帰り酒屋を継ぐ約束があった。
しかしオンラインゲームに嵌り大学は中退した。
もう25歳だ。
いつ迄も親のスネだけで遊んでいてはいけないと解っている。
親への裏切り行為とも取れる日々の生活を後悔していた。
しかしゲームの仲間の為に中々言い出せないでいたのだ。
・・チャットウインドウ・・
BEEN:俺引退しようと思います
ビーンは部隊のチャットで話した。
当然みんなは反対した。
想い止まる様にやり取りが続いた。
しかしただ1人エイダはその方が良いと引退を薦めた。
毎日寝る以外の15数時間をゲームに費やす事に何の価値も無い。
ここに居る人々は他に行き場の無い人達。
ここが最後の場所だとエイダは解っていた。
止めて他にする事が出来たなら喜ばしい事だ。
引き止める理由は無い。
・・チャットウインドウ・・
ADA:ビーンの意志を尊重する
ADA:明日2200 祭りを行う
とエイダは発した。
祭りとはそのままお祭りを意味する。
お祭り騒ぎをやろうと言う事だ。
理由はもちろん除隊式である。
一周年とかリアル結婚とか理由は何でも良い。
ただ隊長がやると言ったら従うだけだ。
祭りへの参加は部隊内はもちろんオグンサーバー内において、
絶対的なお決まり事項である。
強制の無い自由がモットーのオンラインゲームにおいて
唯一強制力を持つのがお祭り事であった。
レッドサンドストーム隊はお揃いの赤い制服に赤い帽子を被る。
朱色に近い赤に染めた機体"Benjamin EX"を駆る。
機体は持っている最上級又はレア機体となる。
装備品もそれに準ずる物だ。
この事は直ぐに部隊のブログに書き込みされた。
と同時に何者かが晒し掲示板に書き込みを入れる。
誰が書いたかは定かにしないがその情報展開力は早い。
それに答える様に敵軍から煽りの書き込みが続く。
文句を言いながらも敵軍の部隊は敬意を払いその祭り参加する。
敵軍も最上級の受け答えをする為に集まるのだ。
そんなプレーヤー自発性の"祭り事"が続く限り
このオンラインゲームは安定し定着している証拠だ。
普段歪み合う敵軍であってもそれは同じ。
乗りが悪いサーバーは廃れるだろう。
## 2013.7.19
祭りの時間が近付いていた。
バトルに参加しないただの見物人も増えてきた。
集合時間が迫るに伴いログイン人数が増える。
サーバー自体の処理動作が重く感じられた。
リアル時間:2200
ロビーフロアに集結したレッドサンドストーム隊のメンバー
モニター画面の一部が真っ赤に成っていた。
部隊員はブログ用の"SS"スクリーンンショットの撮影する。
アバターになって並んだりチャットでしゃべったり
他のプレイヤーとの冗談の応酬に答えたり賑わっていた。
最初の挨拶はビーンだ。
続いてエイダ隊長がコメントを発言した。
集まったギャラリーが拍手のモーションでビーンを讃える。
・・チャットウインドウ・・
BEEN:最後に、1年半もの間
BEEN:どうもありがとうございました
ADA:これよりビーン大尉の除隊式を取り行う
ADA:総員、出撃準備に取り掛かれ
ギャラリーからも「おつかれー」や「がんばれよ」と
激励のチャットが流れた。
それに対してビーンはジェスチャーでお辞儀を繰り返し答えた。
エイダと副隊長の2人それにビーンとアンダースの5人パーティ。
ビーンとアンダースはスナイピングの名手だ。
スナイピングのスキルを上げるのは非常にマゾい。
UFOにも他のゲームと同じ様に基本スキルと言うのがある。
機体の性能ではなく、キャラクターのスキルを数値で現しており
レベルが上がると同時に自然に上がって行くが
訓練や戦闘で装備する武器によって上がるスキルが違うのだ。
6つある基本スキルのうち"DEX"器用さを400に
"MND"精神力を300の極振りキャラを育てるのは並ではない。
アンダースはビーンに弟子入りし
スキル調整方法を教わった経緯があった。
前衛3人が前線で闘い敵をビームの照射ラインに立たせる。
そして2連のスナイピングビームが貫き破壊する作戦だ。
どんなに硬い装甲や盾でも2発は耐えられない。
マッチングサーチが始まって5分後マッチングが決まった。
敵側はフリーの5人パーティの様だ。
ソロのチームは強者が混ざる事が多いがボイスチャットを
使う事は無いので指示が文字チャットだけなので連携が弱い。
マップは「都市3」
ビルが障害物になる以外は注意する必要の無いイージーな地形。
注意するのは"SCALPEL"の1発の攻撃力くらいだ。
エイダはこれは有利に戦えるなと思った。
ボイスチャットで「気楽に行こうぜ」と声を掛ける。
最後の1人がマッチングタイムアウトのギリギリに入って来た。
表示された名前を見て他の9人は目を疑った。
ソレーユ軍
1 ANZU
2 SCALPEL
3 LLILITH99
4 CHRISS
5 ODIN
"ODIN"オーディンが復活したのだ。
「垢BANされたんじゃ・・・」と思う者もいた。
エイダも偽物を疑ったがボイスチャットでメンバーから
「キャラ一覧点灯確認」との報告が聴こえた。
公式のキャラ一覧ではLOGINがランプが点灯している様だ。
オーディンが駆る機体はLv50のアイテム課金で購入できる
"Mirage EX"ノーマルカラーの白色だった。
特にレア装備もなければ強化さえ行っていなかった。
フライングユニットは標準装備している。
常時浮遊している特殊機体で強力な火器は持てない。
デザインが良いだけの見掛け倒しで対戦では不人気である。
対戦が開始して早々、
オーディンの超越したスピードにエイダ達は驚愕した。
オーディンはショートビームガンを連射している。
通常であればlv50の8段強化機体であれば
ショートビームなら3発は直撃に耐えられた。
しかしオーディンのそれは一撃で瞬殺するほど強力だ。
エイダ含む前衛3機は3発で撃墜されたのだ。
更に後方よりオーディンに放たれた2門のスナイピングビームは
悉く回避された。
いや正確には機体をすり抜けて行った。
腹部の真ん中を撃ち抜こうとも体をすり抜けて当たらないのだ。
一般的にチートと呼ばれる不正行為を行っていると思えた。
オーディン以外の敵機4機のプレイヤーもそれに気づく。
戦意を消失しオーディンの行動を見守っているだけだ。
これは祭りに対する妨害行為とも言えた。
エイダは"Kentaurs EX"と言う超レア機体を駆っていた。
仏語のセントールではなく古代希語のケンタウルスである。
人間の胴体に馬胴体が繋がった半獣半人の神話上の生き物。
4足歩行の機体だ。
手には弓矢ではなくビームボウを持つ。
ビームの矢なのでエネルギーパックが空になるまで撃てる。
ガチャと呼ばれるクジ引きでS賞で当たるトンデモ機体であった。
エイダがこの機体を当てる為に幾ら使ったかは不明である。
超レアな高級機体であっても不正を行うオーディンには敵わない。
市街地のビルの隙間、スナイピングポイントに隠れるビーン機、
ビルの壁を通過するビームに撃たれ"BES"撃破された。
終盤、友軍は5機共に3回以上破壊され完全に敗北した。
邪魔が入ったものの後も祭りは続行された。
深夜1時を回って徐々に人が減り自然に収縮していった。
エイダを含めレッドサンド隊メンバーは討伐部隊を複数編成、
オーディンとの再戦を期待するもマッチングは無かった。
## 2013.7.20
次の日、大型匿名掲示板のいわゆるUFO晒し板では
オーディン復活の話題で持ち切りとなった。
ブラックレインを除隊しソロになったとは言え、
あれ程目立つチートはやり過ぎだの声が多く書き込まれた。
被害に合ったのはエイダ達だけでは無かった様だ。
中級レベル帯にも出現の報告があった。
マッチングレベルを操作しているのだろうか。
極悪非道で不正お構い無しのブラックレイン隊と言われているが
そのほとんどは敵対チームが流した噂に過ぎない。
強すぎるが所以の有名税であった。
だが昨夜、オーディンの被害にあったパーティーは複数ある。
その中にレッドサンドストーム隊のエイダも含まれた。
掲示板に貼られたリンク先の動画サイトには、
その時の証拠のプレイ動画がアップされた。
そしてプレーヤーに寄る検証が行われ話し合われた。
エイダは検証データを運営に報告する様に告げた。
不正な加速UPだけでなくクライアントに改竄を行なっている。
運営に調査を依頼した。
運営会社が不正に対して対応が非常に悪いのが世の常であった。
例に漏れずUFOの運営も腰が重く非常に対応が悪かった。
それからオーディンはほぼ毎日現れた。
防衛策としてオーディンが現れたバトルは無効とする協定が発足。
晒し板を見る程の常駐プレイヤーは察しが良く従った。
情報収集にあたるレッドサンドストーム隊メンバーからは
レベルの低い一般プレーヤーが餌食に成っており
確実に中級者をターゲットに置き換えたとの報告。
平均レベル35前後のパーティーが被害に多く合っていた。