第2話 晴夫
##2013.6.13
翌日、教室で晴夫と友達2人はゲームの話で盛り上がる。
晴夫が抜けた後、2人は"コンバットモード"に行ったらしい。
"コンバットモード"は通称"対戦"とか"PV"とか"バトル"と呼ぶ。
この"UFO"というオンラインゲームの真の面白さは
"5vs5"の"PV"プレイヤーバトルにあった。
"PK"プレイヤーキルと呼ばれる
プレイヤー同士の擬似的な"殺し合い"が熱いのだ。
厳密にはこのゲームは倫理的にプレイヤーは死なない設定なので
正しくはマシンの"壊し合い"になるのだがそれは置いておく。
画面の向こうにいる生身の人間が負けて悔しがる顔を想像し
優越感に浸る。
それが発売から1年経っても未だにプレイヤーを麻薬の様に
虜にしている理由であった。
「あの後、俺たち対戦やったんだよ」
「おお、凄いね」
「晴夫も早く准尉になれよ」
「准尉になれば行けるぜ」
「そういえばさ山野、大尉になったよな」
「ほんと?」
「うん」
「スゲーなー」
「部隊作れるよな」
「まぁな」
「これまでソロでやってきたからな」
「部隊作ろうぜ・・・晴夫も入るよな」
「うん、いいよ」
和夫や圭之は中学生と言う事もあり
大人の部隊に入るのを敬遠してソロでゲームをプレイしていた。
ソロとは部隊に入っていないプレイヤーを指し
この部隊とは"MMORPG"で言う処の"ギルド"みたいなモノであった。
部隊は中隊の事で大尉以上のプレイヤーであれば
他の部隊に属していない場合に
自らが中隊長となり自分の部隊を作成する事が可能である。
他のソロプレイヤーがいれば自分の部隊に招き入れる事ができる。
部隊を作ると部隊名を自由に名付けれるし(既存の同名は不可)
部隊章を規定の組み合わせの中から作る事もできた。
「部隊名何にする?」
「ブラックレイン!」
「それ、ダメだろ!怒られる」
「いや、殺されるな」
「なに?なんで?」
「ブラックレインしらないの?」
「やばい、知らない方がいい」
「なんでだよー、教えてよ」
「まー簡単に言うと、敵軍の最強部隊」
「まじ、知らない方が良い」
「えー、どうして」
「所謂、廃人古参部隊なんだよね」
「色々やばい噂のある部隊なんだよ」
「ふーん」
「まー俺らみたいな、雑魚パンピーには関係ない」
と言って2人は笑った。
廃人とは仕事も学校も行かず又は奇跡的に両立して
睡眠を削り生活のほとんどの時間をゲームに費やし
キャラクターの育成に注ぎ込むプレイヤー達の事である。
古参とは古くから参加していると言う意味で
サービス開始当初というよりもクローズドβテストから参加し
オープンβテストからのスタートダッシュ組の事を指していた。
オンラインゲームはサービス開始の半年前位から
情報サイトなどで募集を掛けて
無料でプレイさせるテストプレイヤーを募集するのが一般的だ。
応募したプレイヤーに発売前の開発中のゲームをプレイさせ
負荷テストやバクの発見に役立てる。
またテストに集まる人々は他のオンラインゲームで鍛えられた
凄腕のプレイヤー、ゲーマーが多くシステムやインターフェースの
使い勝手などの要望を吸い上げて開発が今後の改善に繋げていた。
晴夫と2人の友達は小学生からの友達だ。
家が同じ地域だったのは言うまでも無いが、
同じ塾に通っていたのが仲間になった切欠だ。
学校の帰り塾の合間ずっとゲームの話をしていた。
3人はこの同じこの中学を目指すコースを選択し勉強をしていた。
もれなく3人は合格した。
3人は性格のタイプが違った。
山野和夫は優等生で勉強ができ、パソコン部の部長を務めていた。
主に自作でパソコンを組み立てる文科系のクラブだ。
銀縁のメガネを掛け色白で痩せているが
身長は中学生にして175cm位あるだろう。
今月6月で部長を退きOB部員としてたまに部活には参加していた。
彼女はいないが部活の後輩女子には人気があるんだと言っているが
晴夫は嘘だと思いたかった。
太田圭之は隠れイケメンで体育会系男子、
スタイルも良く日焼けしている。
短髪で黒髪をヘアーワックスか何かで立たせていた。
身長は晴夫よりも高い。
1年2年の時は陸上部に所属していた。
辞めた理由を本人は飽きたと言っているが
先輩となんかトラブルが有ったとの噂もある。
割と短気で喧嘩っぱやい。
彼もまた彼女はいない。
もてない訳はないと思えたが男同士で居る方が気楽で良い様だ。
晴夫はモテる筈もなく1日女子と話す事は無かった。
大学進学校なので目立つ不良は居ないが陰湿なイジメは存在する。
晴夫は2人の友人のお蔭でそれを回避できていた。
彼らと一緒に居なければ間違いなくイジメにあっていたと思えた。
その日の帰宅途中、晴夫は自分達で作る部隊について考えていた。
サークル活動を始めたり文化祭の催し決めの様な、
なんだかワクワクした感じがたまらなかった。
圭之は晴夫に「部隊名を考えて来い」と言った。
もちろん採用はされないだろうが考えていく事にした。
"ブラックレイン"の様に映画の題名らしいモノのもかっこいい。
戦争映画や漫画に出てきたモノも良いな。
この前読んだ漫画に出てきた組織の名前なんだったのだろうか
帰ったらもう一度あの漫画を見てみようと晴夫は考えた。
普通に考えたら"第66特殊作戦部隊"みたいなリアルな名前も良い。
3人なんだし"デルタフォース"とか有り勝ちだけど悪くないな。
でも山野に却下されるだろうか。
太田は似た様なモノだろう。
もっと萌え系な名前かもしれないな。
などと思いつくまま言葉を頭の中に並べて楽しい時間を過ごした。
毎日通いなれた通学路も最寄り駅からは15分位だ。
一々場所を確認しなくても自然に体が覚えていた。
16時を過ぎているが辺りは曇り空の為に薄暗く感じられた。
天気予報は所により雨になっていたが傘は持参していない。
白い壁の家が見えてきた、その角を曲がると自宅の屋根が見える。
その瞬間ある異変に気がついた。
自宅前に白いワゴン車と消防車が止まっていた。
人だかりも出来ている。
近づくと近所の知ったおばさんの顔が見えた。
心配そうに晴夫の家の奥を覗いていた。
晴夫は家で何かあったのかと感じた。
心臓のドキドキが聞こえてきた。
玄関からタンカに乗った人が運び出されて来た。
白いシーツが顔まで掛けられいる。
この時間に家にいるのは兄だけである。
思わず晴夫は駆け寄った。
と同時に母が現れた。
母に付き添っている若いスーツの男が見えた。
兄のスクールカウンセラーの男性だ。
この日は彼が診える日で母も午後には帰宅していた様だ。
「秋雄、あきーーあきおーー」
とタンカに乗せられた人に兄の名を何度も呼び続ける。
晴夫は母に近寄り声を掛けた。
「母さん!どうしたの?」
「倒れてたの、秋雄が倒れてたのよ」
母はかなり動揺し怯えている様に思えた。
救急隊員は緊急処置を施す
「乗って下さい!」と母を救急車に乗る様に促した。
母は引きつった怖い顔で晴夫に告げた。
「父さんもう直ぐ帰って来るから一緒に病院に来て!」
「後で場所は電話するから」
「う、うん」
救急車のサイレンの音が大きく聞こえ遠ざかる。
晴夫は呆然としていた。
スクールカウンセラーの男性に促され自宅に入った。
中は少し薄暗かった。
曇り空でどんよりした梅雨らしい空模様だからだろう。
壁掛け時計を見ると16時を過ぎていた。
晴夫は電気を付ける。
スクールカウンセラーの男性は携帯で誰かと話していた。
学校に帰って報告しなければならないと言って帰って行った。
しばらくして
父親が工場の作業着のままタクシーを捕まえて帰宅してきた。
青い顔をしていた。
口数も少なく晴夫の肩を掴むと「大丈夫」と声を掛けた。
戸締りだけして直ぐに母親が指定した病院へ向かうと言う。
待たせてあったタクシーで駆けつけた。
近くの私立病院だ。
この地域では一番大きい。
母に会うと既に兄は心肺停止で亡くなったと聞かされた。
病院に運び込ばれる以前に自宅で亡くなっていた様だった。
15時30分を過ぎてスクールカウンセラーの男性が訪ねてきた
玄関から声を掛けたが返事がなかった様だ。
スクールカウンセラーの男性は定期的に晴夫の兄を訪問していた。
兄も彼だけは部屋に招き入れゲームや漫画の話をしたと言う。
男性も学校の行事に参加した話を聞かせたりしていた様だ。
だがその日は扉の前でいくら呼んでも返事が無かった。
それどころか物音一つしないので心配になり母を呼んだ。
母は兄の施錠された部屋の鍵を開けて中に入った。
そこにはパソコンの椅子に座りながら
パソコンデスクにうつ伏せで寄り掛かる兄がいたという。
医師の説明では死因は心臓麻痺だった。
事件性は無い。
長時間の不眠による精神的、肉体的負担での過労が
心臓麻痺を引き起こし突然死に至る事象は良くあると言うのだ。
母は泣いていた。
晴夫も涙がこぼれた。
父は自宅から近い祖母に電話を掛けて祖父と駆けつけた。
晴夫は祖母に連れられ先に自宅へと帰宅する事になった。
外はすっかり日が暮れ雨も降り出していた。
祖母と帰宅し真っ暗になった家に入る。
電気を付け祖母は持ってきたおにぎりを取り出した。
そしてインスタントの味噌汁を入れる為にお湯を沸かそうとした。
だが晴夫は夕飯を食べる気力も無く2階の自分の部屋に戻る。
途中で兄の部屋の前を通った。
扉が開けっぱなしになっていた。
散かった部屋の中心に3台のモニターが並んで置かれていた。
椅子は倒れいる。
ここに兄は座っていたのだろう。
晴夫は倒れた椅子を起こそうと部屋に入った。
兄の部屋に入るのは1年ぶりだろうか
前はここにパソコンデスクは無かった。
3台のモニターは黒く消灯状態になっていたが
机の下にある3台のパソコンはどれも電源が入っていた。
晴夫はパソコンの電源を切ってあげようと思いマウスを握った。
真っ暗な画面がパッと切り替わり電源が入る。
モニター画面に映る映像は見覚えのある金属色をしていた。
それはやがて文字を浮かび上がらせ怪しい光を放った。
Ultimate-Force-Online
##2013.6.21
晴夫の兄の秋雄が亡くなってから一週間が経った。
晴夫はその間ずっと学校を休んだ。
両親と共に葬式やら親戚への対応に追われる毎日だった。
母親は長く塞ぎ込んでいた。
父親は気丈に振る舞い喪主として葬儀を取り行った。
兄の同級生や先生もお焼香に来ていた。
晴夫を知る先生や生徒の父兄は晴夫を励ましていった。
なんとか晴夫や家族も落ち着きつつある。
父親は職場への挨拶もあり1週間もせずに働きに出掛けていった。
晴夫は来週から登校する事にしていた。
葬儀に来ていた母親の兄に当る親戚の叔父さんが話していた。
晴夫の母親から聞いた医者の見解を聞かせてくれていた。
秋雄は3日間余り食事を取らず睡眠不足と過労により
低体温による心臓麻痺を引き起こした突然死だった。
解り易く言えば過労死だ。
苦しんだ形跡は無くおそらく眠る様に心臓を止め亡くなった。
その死の要因、引き金となったのは
オンラインゲームのやり過ぎだと結論付けられた。
過去に台湾でも同じ様にオンラインゲームのプレイ中に
亡くなるといった事象が2件あったと言う。
死ぬ程ゲームにのめり込む事が出来るのだろうか、
そんなに集中力が続くのか、それに空腹に耐えられるのか、
そもそも死が迫っている事に気が付かないものなのか。
晴夫は秋雄の死の理由が納得出来なかった。
秋雄の居ない寂しさと死の理由の悔しさに泣いた。
兄の秋雄は晴夫に対してすごく優しかった。
年齢が2つ違いで歳が近いと普通なら喧嘩をする事も多い。
秋雄は晴夫に対して喧嘩を吹っかける事が余り無かった。
晴夫が小学生の頃は秋雄を含め近所の小学生と遊んでいた。
中学になっても引き籠るまではゲームで対戦プレイをしたり
攻略法を交換したりしていた。
晴夫は数ヶ月前の事を思い出した。
秋雄が引き籠り始めて半年ほど過ぎた頃だった。
秋雄の部屋の前を通ると扉が開いており2階奥にあるトイレ
から戻る秋雄と鉢合わせになった。
「兄ぃちゃん・・・」と声をかけた。
「晴夫、ちょと」
「なに?」
「これお前にやる」
「え、良いの?」と聞いた。
「うん、今やんないし」
そう言って黒くて四角い塊を両手で渡してきた。
それがSOZYのPZ4だった。
一昨年夏アメリカで先行発売され
日本では昨年末に発売されたばかりの最新のゲーム機だった。
秋雄が購入した物だ。
その時、一緒に貰ったゲームソフトはファンタジー系の
RPGタイプのオフラインゲームだった。
晴夫が今遊んでいるPZ4その物だ。
"UFO"は山野達の自慢話を聞いて晴夫自身が駅前のゲーム屋で
中古ソフトを見つけて買った物だ。基本アイテム課金なので
パッケージは価格が抑えられているため晴夫にも無理がない。
秋雄からPZ4を貰った時、晴夫は本当に嬉しかった。
そんな大好きな兄はもう居なかった。
晴夫は今はPZ4の電源を入れる気がしなかった。
晴夫の両親は母方の祖父と祖母が実家に帰ると言うので
見送りの為、一緒に車に乗り東京駅に向かった。
誰も居ない家の中には晴夫が1人になった。
無性に寂しくなり兄の部屋に向かった。
部屋はあの日のままだと思っていたが、
母親が既に綺麗に片つけた後だった。
パソコンディスクに並べられた
同じ型式の黒い横長のパソコンモニター3枚が
観音開きの様に並んでいた。
椅子に座ると180度モニターになる。
足元を見る。
パソコン机の下には電源の切られた黒く大きめの簡体のパソコン。
こちらの3台も同じ型式だった。
晴夫はそっと真ん中のパソコンの電源ボタンを押した。
真ん中のモニターに明かりが灯り青いWindows画面を表示させた。
ファンが激しく回転して温風を吐き出していた。
晴夫の使っているパソコンは父の御下がり
ゲームもできない旧型ノートパソコンだ。
兄のパソコンはそれとは違い驚くほど動作が速かった。
兄は高校2年で晴夫より2つ年上だが凄く大人に思えた。
このパソコンを購入したのは
去年の夏休みだったかなと晴夫は思い出していた。
この1台は父が買い与えた物だ。
それは良く覚えていた。
他の2台はその後に兄が購入した物だろうと思った。
画面に並ぶアイコンの中に"Ultimate-Force-Online"を見付けた。
マウスを握りカチカチッとそのアイコンをダブルクリックする。
ゲームランチャーと呼ばれるソフトが立ち上がる。
オンラインゲームにログインする為のソフトだ。
ソフトの小さなウインドウ画面にあるグラフが伸び始めた。
普通のパッケージゲームと違いオンラインゲームは
ログインするタイミングで不足分のアップデートが行われる。
..........100%
ようこそakiy様
ダウンロードが終わった様だ。
"START"ボタンをクリックする。
「ダダンッ」とエラーらしき物騒な音がした。
「パスワードを入れて下さい」と警告がでる。
当然パスワードの入力が必要だ。
普通は他人のパスワードを知るはずも無いのだが
晴夫は躊躇いも無くある番号をタイプした。
カタカタカタとキーボードを両手で打つ手馴れたものだ。
********
最後にカチッと再び"START"ボタンをクリックした。
パスワードは一致した。
しばらくするとゲームウインドウが開いた。
パスワードは秋雄の誕生日だ。
秋雄は晴夫と一緒にゲームで遊んでいる頃
パスワードはいつも誕生日を使っていた。
ユーザー名はいつもakiyだ。
それを覚えていた。
しばらくすると晴夫の見慣れた社名やらのロゴ画面にき
"Ultimate-Force-Online"の文字が表示された。
秋雄が死んだあの日の夜、
晴夫がこの部屋で見たあの画面だった。
晴夫はドキリとし息を飲んだ。
震える指でそっとマウスをワンクリックする
キャラ選択画面に切り替わった。
多分クリックしなければデモ画像に切り替わる。
キャラ画面には秋雄のキャラクターがある筈だった。
しかしそこにある筈のキャラは1体も無かった。
晴夫は死の直前このゲーム"UFO"をプレイしていた訳では無い
のだろうかと不思議に思った。
あの日ここで見た"Ultimate-Force-Online"の画面は間違いない。
キャラ画面を開いて見た訳では無いので想像であるが
おそらく兄は"UFO"のプレイ中に死んだと思っている。
晴夫は画面を隅まで見渡したが新規のキャラメイクを促す
アイコンが点滅を繰り返しているだけだった。
晴夫は何か希望を失った様に思えた。
秋雄の育てたキャラクターが有ると確信していたのだ。
亡き兄、秋雄の意思を継ぐ事に使命感すら感じていたのに。
Win版のUFOのログイン手順
■ゲームランチャーソフトを立ち上げる
■グイン画面:
ヴァージョンチェック、ログインID入力省略可⇒ログイン
■サーバー選択画面と
メタリックのロゴとデモ動画が繰り返し表示
■キャラ画面:最大2キャラが作成できる
ログイン後、30分動きが無いと自動でログアウトされる
晴夫はゲーム画面の終了ボタンをクリックする
ゲームソフトは終了した。
そのままパソコンをシャットダウンし電源を切った。
そして自分の部屋へと戻って行った。