第10話 エイル
## 2012.8.1
<回想>
秋雄は深夜に眠りに付き昼前の11時頃にはログインする。
その日のギルドチャットは昼間っから荒れていた。
普段余り多人数でチャットを交わされる事はない。
本日運営からミソ4の"サービス終了"が発表されたらしい。
秋雄も慌てブラウザを開き公式ページを確認する。
終了日はこれから1カ月後の8月31日いっぱいだ。
もう残り少ないな
初めて間もない秋雄にもショックは大きかった。
それよりも1年以上日常生活が間々ならない程、
時間を注ぎ込んでプレイしているベルク達が心配だった。
ゲームの終了の日は自然に徐々にやってくる場合が多い。
予定していたアップデートが延期されたり
運営の対応があからさまに無くなったり
プレイヤーもそんな状況だと減っていくなど前兆がある。
今回の様に全く予期しない打ち切りも多々ある。
資金繰りの悪化で起こる事が多かった。
別の運営会社へ売却されて再開される事もあったりする。
運良くプレイヤーやデータも引き継がれる場合もある。
秋雄達のギルドチャットの内容も酷い物だ。
運営についての愚痴や悪口ばかりが書き込まれた。
再開を訴えて署名をすると言いだす前向きな者もいた。
それが数日は続き狩りやダンジョンに行く事は無くなった。
彼らはただただ愚痴を言う為だけにログインして来た。
完全にゲームへの情熱やモチベーションを失っていた。
ただ嘆いているだけだった。
日が経つにつれてログインする者も少なくなっていった。
## 2012.8.10
ベルクは提案した。
「8月15日の夜22時からギルド解散イベントを行う」
その日はお盆休みの最終日で社会人チームも休みだろう。
最後に集まれたギルドメンバーで"ss"記念写真を撮りたい。
目指すは思い出の地"勇者の丘"と呼ばれるあの場所。
ラスボス"オーディン"を討伐しメインクエストをクリア。
世界の終焉"ラグナロック"を回避した勇者が辿り着く場所だ。
ミッションをクリアすると自動的に転送される。
家庭向けゲーム機版の同シリーズ"ミソ2"のエンディングで
この地に主人公、勇者"シグ"を讃えるため石碑を建てられた。
ミソ4では石碑をクリックするとミソ2のエンデイングテーマ
のニューアレンジ曲が流れる様になっていた。
しかしそれ以来そこへ行こうとしても通常ルートでは不可能。
レベル60の"ジャイアント・オーガ"や"サイクロプス"といった
大型で強力なモンスターが配置されていた。
それ1体で中ボスレベルであった。
ここに訪れたのはエンデイング以来ない。
峠の入口はパーティ狩りによるレべリングには最適な場所だが
1歩踏み込むと前後をモンスターに囲まれ倒さないと進めない。
2体同時にエンカウントしたら全滅し街へ帰還が当たり前だ。
ほぼ攻略は不可能と言われるほど難易度は高かった。
将来レベルキャップが50から60へ引き上げられるのを待った。
それも今となってはそれはもう叶わない。
最後にそれに挑む事になった。
## 2012.8.15
22時に狩りをスタートしてから既に1時間が経過していた。
ギルドメンバーからの参加者は18人。
5人チームを2つと4人チーム2つ作る。
それぞれのパーティに1人づつヒーラーの聖者を配置した。
更に呪術者がサブヒーラーの役目も行う。
治癒能力の無い職業は装備やアイテムは全て売って金にする。
その金で治療アイテムを相当数購入して駆け付けた。
まだ中腹にも到達してない。
倒したMOBは既にリポップしているため後戻りもできない。
全滅し町へ死に戻りするともう一度挑戦する時間は無かった。
死んだプレイヤーは他のメンバーがMOBを倒した後で蘇生する。
"勇者の丘"に到達するまで止めるつもりは無い。
深夜0時が過ぎてやっと中腹と思われる場所に付いた。
既に2時間が経っていたがここで離脱する者はいなかった。
予想では後2時間で到達する。
応援の為にインしてきたギルドメンバーも増えてきている。
最近に無いくらいギルドチャットは賑やかで明るかった。
秋雄はここに参加出来た事をうれしく思った。
そして涙した。
それから約2時間後やっと山頂付近と思われる場所に到達。
岩山の間を抜けると急に緑の草原が広がった。
永久魔法による結界が張られモンスターが入る事ができない。
聖域となっていた。
メンバーは無言で草原を進んで行く。
草原のその先端に"勇者の丘"はあった。
勇者の丘は雲の上にある。
メインクエストクリア済みメンバーは1度見た風景である。
永遠に広がる雲海と宇宙が透ける様な濃紺の空。
遠くに見える銀色に輝く太陽が眩しい。
まさに絶景であった。
もちろんCGで描かれている。
何レイヤーにも塗り重ねられ現実の風景を超える美しさだ。
しばらく見蕩れていたメンバーも各々の目的を思い出す。
"SS"での撮影会が始まった。
記念写真を取り終えるとギルド長である
ベルクが「集合」と発言した。
・・チャットウインドウ・・
ベルク:本日を以てレインは解散します
誰も発言をする者はいない。
沈黙が全てだ。
・・チャットウインドウ・・
ベルク:みんな今日までありがとう
みんなは「ありがとう」や「隊長お疲れ」とチャットを返した。
ジェスチャーで手を振ったりお辞儀を繰り返す者もいた。
秋雄は何も発言が出来なかった。
ほんの1月だけやったゲームでたまたま参加したギルドだ。
みんなと一緒に騒ぐのがおこがましかった。
そんな秋雄のキャラ"エイル"の周りにも仲間が集まってきた。
一緒にレベル上げを手伝ってくれた人
武器を作成してくれた人もいた。
今まで見たことのない今日始めてあったキャラもいた。
エイルを取り囲んでいるメンバーの中にはアズキもいた。
いつしか秋雄の目に涙が溢れ頬を伝っていた。
今日集まった、そしてチャットで応援してくれたメンバー。
このゲームを今日までプレイしたプレイヤー全員。
みんな仲間だと思えた。
秋雄は今日の事は絶対に忘れないと誓った。
ゲームの運営自体は残り2週間程あった。
ギルド"レイン"はこれよりもう活動を行わないと言う。
「残りの時間は思い思いに過ごして欲しい」
ベルクの計らいだ。
解散したのだからギルドを退会しても良い。
しかし最後まで退会する者はいなかった。
いつか運営が別会社へ売却されゲームが再開した時、
このデータがこのまま引き継がれる事を願ったのだ。
この場所でログアウトする者、街に戻っる者もいた。
"エイル"秋雄は始まりの村に向かっていた。
記念に最初の場所から順に"SS"を取っておこうと思った。
チャットに水色のメッセージが表示されているのに気付く。
ベルクからのダイレクトチャットだ。
・・チャットウインドウ・・
ベルク:エイルくんこれからどうするの?
エイル:まだ決めてません
ベルク:βだけどUFOって知ってる?
エイル:あ、はい
ベルク:一緒にどう?
エイル:はい
秋雄はゲームが終了したら夏休みの課題をやるつもりだ。
ベルクから新しく始まるゲームに誘われたのだ。
先行テストプレイらしい。
オンラインゲームには先行テストは付き物。
"αテスト"から一般募集が開始される。
ゲーム情報サイトや同メーカーの公式HPで募集される。
人気ゲームの続編などはテスターになるのさえ狭き門だ。
"βテスト"とは完成間近の状態で行う最終テスト。
クローズドβとオープンβに分けられる。
クローズドβは何万人単位で参加して貰い不可テストを行う。
テスターとして参加した者は不具合や要望をアンケートに書く。
そのアンケートを元に致命的なバグあれば延期もありえる。
些細な不具合程度なら後々のアップデートで改善される。
オープンβはプレオープンだ。
この期間のプレイデータは開始後のキャラに引き継がれる。
つまりこのオープンβ期間にどれだけ先行プレイするか、
ゲーマーに取って今後のアドバンテージとなる。
最も重要な期間であった。
・・チャットウインドウ・・
エイル:もう募集終わってませんか?
ベルク:俺クローズβからやってるから
ベルク:2個アカウントあるのでそれ渡すよ
エイル:え、良いのですか?
ベルク:どうせ無料ゲームだから気にするな
エイル:はい、すみません
ベルク:明日からだからキャラ作ったらこっちで報告してくれ
エイル:解りました
"UFO"はファンタジー系MMORPGでは無い。
2足歩行ロボットに搭乗して戦う対戦ゲームらしい。
## 2012.8.16
昼過ぎにベルクからのダイレクトメッセージが届く。
キャラクターは東洋系の美形男子を選んだ。
作り終えたキャラのネームを考えた。
ゲームが変わっても名前を変えない人も多いのだが。
秋雄はエイルにするつもりは無かった。
もっと強そうな名前にしようと思っていた。
「そう一番強い神話上の神の名」
秋雄は迷わず"O"D"I"N"と入力した。
"UFO"は外国人プレイヤー向けサーバーもある。
キャラネームは大文字/英数字のみ使用可能だった。
本日、先行テスターに対しての登録開始が始まったばかりだ。
運よく開いているネームだった。
"ODIN"がロビーに降り立った処でログアウト。
"ミソ4"にログインしなおしてキャラ名をベルクに伝えた。
ベルクからの返事は「ww」だった。
早速ログインした"UFO"で2人パーティでミッションをこなす。
2人の機体は初期配布のRUMBLE(T)だ。
オープンβは1週間。
目標は大尉になり部隊ギルトを作成しておく事だ。
"BERG"ベルクは対戦で知合った人に声を掛ける。
何とか1日前にレベルを上げ終えた2人は部隊を作成した。
初期メンバーは声を掛けた5人だ。
全員が大尉で未カンストではあるがそこそこ上手く戦えた。
部隊名は"Black Rain"。
隊長はベルク少佐となった。
副隊長はとりあえず1人で"ODIN"秋雄が引き受けた。
きっと強い部隊になるだろうと2人は思った。
## 2012.8.23
8月23日午後16時"UFO"は正式サービスがスタートされた。
接続不具合やサーバー不安定によるログイン中止が起った。
夜中の午前2時頃にやっと真ともに対戦ができる様になった。
秋雄がプレイしていた対戦「渓谷1」のマップ。
これも夜景モードになっていた。
オープンβ中は昼間モードばかりだった。
また上級レベル帯の対戦は気象も変わる事が判った。
秋雄達5人は既に上級機の"L'AMOUR CS"を駆る。
崖の上から谷底の進路に敵機が進入してきた。
センサーを見ながら岩陰に潜んでいた。
「ピリリリリリー」
アラームが鳴る。
レーダーにレッドシグナルを点灯。
ベルクはメンバー5人に指示を出した。
進軍の合図だ。
・・チャットウインドウ・・
"BERG":行くぞ
"ODIN":了解
## 2012.8.30
夏休みはもう終わろうとしていた。
秋雄は特に夏休みの課題に手を付けていない。
提出日迄には何とか出来ると考えていた。
1階から物音と父親の怒鳴り声が聞こえた。
いつもの夫婦喧嘩だと思ったがいつもよりも激しい。
父親が母親に出て行けと言うような事を言っていた。
この家の立っている土地は父親の祖父の土地であった。
そこに秋雄の父親が結婚を機に貰い受けて家を建てた。
銀行には住宅ローンの借金があるだろう。
父親の勤める工場も不景気で業績は悪かった。
夏のボーナスもほとんど無かった様だ。
秋雄や晴夫の学費に加え受験費用や塾の月謝が家計は厳しい。
例え工場が倒産してもこの家を売って大学には行かせると言う。
母親はそれでは住む所を失うので嫌だと言い返す。
収入となる仕事を他に見つけて欲しい。
父親は先代社長から任された事を誠実に守っている。
受けた恩は最後迄返そうと考えていた。
転職など出来る筈は無かった。
職人気質だが景気さえ良ければ役員だろう。
今頃は胡座でもかいている筈だ。
父親は怒りが収まらない。
「タバコを買ってくる」と言って出て行った。
ここまでは偶にある事態だ。
その日は母親の怒りは収まらず矛先を秋雄に向けてしまった。
秋雄の部屋にやってくる母親。
丁度、ゲームに夢中の秋雄に言った。
「貴方はお父さんみたいにならないで」
「一流大学を出て・・・」
秋雄は画面から目を逸らさず言った。
「どうして町工場じゃダメなの?」
「町工場なんて止めて」
「大学でたら凄い?」
「恥ずかしい事言わないで」
「俺、大学行かないから」
「大学行かないで何するの?」
秋雄は本心で言った訳では無かった。
大学は行くつもりだ。
しかし売り言葉に買い言葉で思わず言った。
「働く」
それを聞いた母親は泣き出した。
秋雄はちょっと言いすぎた様だった。
父親を馬鹿にした母親が許せ無かったのだ。
しかし秋雄にとって大きな疑問もあった。
良い大学を出たところで何ができるのか。
母親は涙を拭きながらよろよろと後ずさる。
秋雄の部屋を出て階段を降りていった。
今頃、晴夫はどうしているのだろうか
さっきの会話は聞かれただろうかと思った。
晴夫には心配掛けたく無いなと思った。
そんな思いを振り払う様に再びゲームに没頭した。
ゲームをしていると悩みが忘れられ解決される様だった。
## 2012.9
夏休みが終わり新学期が始まった。
課題は何ひとつやっていなかった。
忘れた事を素直に告げて怒られたばかりだ。
授業の合間に実施し間に合う物だけ提出した。
学校の授業が終わると急いで帰宅しゲームを継続した。
秋雄はゲーム内ランキング2位をキープしていた。
ベルグが1位だ。
スタートダッシュのアドバンテージは効いていた。
3位以下を大きく引き離していた。
早い者は既にカンストしスキル調整に入っている。
油断は出来なかった。
数日経ったある日の授業中。
この時間をスキル調整に当てれ無いのだろうかと思った。
現代国語の授業中だった。
学校での日常は刺激が無く詰まらなかった。
大学受験に関係が無い授業を受けても意味がない。
見る訳でも無いノートを取っている場合ではない。
秋雄は次の休み時間、荷物を纏めカバンに詰める。
そっと誰にも告げず教室を抜け出した。
そのまま帰宅する。
もちろん誰もいなかった。
弟の晴夫が帰ってくるのは午後15時が過ぎてからだ。
秋雄はパソコンの電源を入れると直ぐにゲームに没頭した。
ベルク隊長や仲間達は何も聞かず受け入れてくれた。
そこから夜中までゲームをプレイし続けた。
次の日から朝は家を出るが地元の駅で少し時間を潰した。
帰宅してゲームをプレイする様になった。
2日目で担任から連絡があり直ぐに親にバレた。
学校には体調不良と告げたが直ぐに母親の我慢が限界になる。
秋雄はそれに反発し「もう学校には行かない」と言い張った。
そして「退学したい」と言い出していた。
母親が困りはて担任の先生に相談する。
運よくスクールカウンセラーを派遣して貰える事になる。
カウンセラーの指導の下、気が済むまで放っておく事になる。
それを切欠に本格的に秋雄の引篭もりが始まった。
月に一度はスクールカウンセラーの男性が訪れる事になった。
不登校の原因は学校でのイジメよりも
家庭環境に問題があると事が多い。
大学を出て間も無く歳の近いカウンセラーの男性とは気が合う。
ゲームや漫画、アニメの話をよくしていた。
次第に将来についても相談する様な仲になっていった。




