表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/419

フェリシアの力

「数は二千で変わらないな」

「はっ、変わりありません!」

「ウルフの数が減っているんだな?」

「はっ、目視できる範囲では、ゴブリンの数が多いようです!」

「分かった」


「配置は終わったか?」

「はいっ、全部隊所定の位置につきました!」

「よし」


 すべての準備は整った。


「さて、リベンジといきますか!」

「そうしましょう」


 カイルとアランが、いつもと変わらない表情で言葉を交わす。

 櫓の上から全体を見渡したカイルは、大きく息を吸い込み、そして号令した。


「作戦開始!」


 号令とともに、数隊の騎馬隊が森に向かって駆け出していく。そして森に向かい、特別製の矢の残弾すべてを一斉に放った。


 ドガーン!


 何かに着弾した矢が、大きな音を立てて爆発する。

 やがて。


 ドドドドドドドドッ!


 地響きを立てて、魔物の大群が迫ってきた。

 魔物の動きは前回と同じだ。騎馬隊も、前回同様、魔物を誘導しつつ自陣へと駆け戻ってきた。

 通路として確保された箇所から、騎馬隊が陣地に飛び込む。同時に、通路は柵によって閉ざされた。


「来るぞ!」


 全部隊が戦闘態勢に入った。



 フェリシアは、旅に出てから一週間ほど不安な日々を送った。

 今にも、年老いた魔術師が現れて連れ戻されるのではないか。戦死したはずの貴族がやってきて、自分を連れ去っていくのではないか。

 馬鹿げたこととは分かっていても、そんな強迫観念をぬぐい去ることができない。

 それでも、二週間ほど過ぎた頃から、フェリシアは自分が自由であることを実感し始める。


 見るものすべてが新鮮だった。

 風や水さえも、今までとは違うものに感じられた。


 街道を気ままに歩く。

 町で気になったお店に入ってみる。

 好きなものを食べて、好きなだけ眠る。

 時々うるさい男たちが寄ってきたが、そんな男をあしらう術などいくらでも知っている。


 束縛のない自由な世界を、フェリシアは堪能した。


 だが、旅に出て一ヶ月が経った頃から、フェリシアは落ち着かない気分になっていく。


 私はどこへ行くのか。

 私は何がしたいのか。


 気持ちが悪いというか、収まりが悪いというか、そんなモヤモヤした気持ちを抱いていた時に、カイルやアランを通じてミナセたちに出会った。

 話を聞く限り、ミナセもヒューリも、親兄弟を亡くしていて天涯孤独の身だ。生まれ故郷を離れて一人で生きている。

 状況は、私と似たようなもの。


 だけど、そんな二人はとても楽しそうに生きていた。

 何だか、地に足が着いているっていう感じがする。


 ちょっと、羨ましい


 二人にもっと話を聞いてみたい。

 そうすれば、もしかしたら私のこのモヤモヤした気持ちも……。


 考え込んでいたフェリシアの耳に、鋭い声が飛び込んでくる。


「フェリシア、来るぞ!」


 すぐ後ろでミナセが叫んでいた。


 見れば、魔物たちが陣地に向かって突進してきている。

 ほかの魔術師は、すでに魔法で迎撃を始めていた。


 いけない、仕事中に考え事なんて


「ごめんなさい、やるわ!」


 後ろに叫び返すと、右の手のひらを魔物の群に向けながら、一気に集中力を高めて魔力を練る。


 そしてフェリシアは、それを、放った。


 兵士たちの頭上を、巨大な何かが唸りを上げて飛んでいく。

 それが魔物たちに着弾した瞬間。


 ドガーーーーーーン!


 猛烈な爆発が起き、半径十メートルの魔物が吹き飛んだ。


「何だ、今のは!?」


 魔術師たちが呆然としている。

 そこに、気迫のこもった声が響き渡った。


「何してるの、撃って!」


 その声の主の右手には、早くも次の魔法が出現している。


 直径一メートルはあろうかという巨大な炎の球。

 それが、再び放たれた。


 ドガーーーーーーン!


 着弾地点の地面がえぐられる。

 たった一発で、数十体の魔物が消し飛び、数十体の魔物が薙ぎ倒されていった。


「今のって、ファイヤーボールなのか?」


 我に返ったヒューリがフェリシアに聞いた。


「そうよ。見れば分かるでしょ」


 普段ののんびりした調子とは違って、厳しい口調で答えが返ってきた。


「あんなの見たことないんだけど」

「安心しろ、私もだ」


 ヒューリのつぶやきにミナセが答える。

 隣の櫓では、アランがぼやいていた。


「ファイヤーボール、自信あったんですけどね」


 そんなアランの肩を叩きながら、カイルが爽やかに言った。


「そこから這い上がってくるからこそ、男は強くなれるのさ」



 作戦は順調に推移している。

 魔術師部隊と、フェリシアの圧倒的な魔法のおかげで、すでに魔物の半分は魔石と化していた。

 巨大なファイヤーボールを撃ち続けるフェリシアだけで、五百から六百体を倒している。

 フェリシアの一発で数十体が吹き飛ぶのだから、この数字は当然と言えば当然なのだが、若干疲れが見え始めた魔術師たちを尻目に、いまだに同じ間隔で魔法を撃ち続けているフェリシアの戦果は、最終的にどれくらいになるのか見当もつかない。

 出番の少ない歩兵たちが、櫓の上の美しい魔術師を、畏敬の念を持って見つめていた。

 その意識が、再び戦いへと引き戻される。


「オークだ!」


 突然兵士の一人が叫んだ。

 見れば、ゴブリンの三倍近い体を持つオークが柵に取り付きつつあった。


「させるか!」


 一番近くにいた魔術師が、ファイヤーボールを直撃させる。

 だが、オークは少しよろめいただけで、また前進を始めた。


「くそっ、誰かあいつを止めろ!」


 カイルが叫んだ、その時。


 オークに、飛来した何かが当たった。それが当たった場所が、歪む。

 次の瞬間、オークの体がグシャッと潰れた。


「インプロージョン!」


 アランが大きな声を出す。

 風の魔法の第四階梯、インプロージョン。当たった場所に爆縮を起こす強力な攻撃魔法だ。

 放ったのは、フェリシア。


「第四階梯を詠唱なしかよ。そんなことができる奴がいるんだな」


 カイルが心底感心している。


「あり得ない、あり得ない……」


 アランは、ぶつぶつとつぶやいていた。


 魔法の発動には、引き起こす現象イメージの明確化や魔力量の調整、魔法の練り方が重要となる。

 呪文とは、その言葉やリズムによって魔法の発動をしやすくすると共に、精霊達の助力を引き出してくれるものだ。

 呪文は、心の中で唱えても同じ効果が得られるが、単に口にしないというだけではあまり意味がない。口にしたほうがはるかに素早く魔法を発動できるからだ。


 無詠唱で魔法を発動するということは、発動までのプロセスを瞬時に終えるということであり、一朝一夕にできるものではない。

 繊細かつ複雑なプロセスを必要とする上位魔法を無詠唱で発動させるのは、非常に難しかった。

 第四階梯の魔法を無詠唱で発動させるフェリシアは、まさに特異な存在と言える。


「あいつを呼んで正解だったな」


 カイルが、絶え間なく魔法を撃ち続けるフェリシアを頼もしそうに見つめていた。


 と、突然。


 フェリシアが、動きを止めた。その目が、魔物の集団の後方に注がれている。


「どうしたんだ?」


 カイルがその視線を辿る。


「何だありゃあ?」


 そこには、異様な魔物がいた。


 巨大な胴体を、四本の太い足が支えている。長い尾が振り回されるたびに、周囲の魔物が吹き飛んでいく。

 見た目は翼のないドラゴン、つまり地竜のようだが、地竜とは決定的に違うことがあった。

 それは。


「頭が三つもありやがる!」


 長い三本の首の先に、凶悪な顔つきの頭がついている。

 三つの頭が咆哮を上げながら、地響きを立ててこちらに向かって来ていた。


 それをじっと睨んでいたフェリシアが、突如動き出す。


「来て!」


 それだけ言うと、フェリシアは躊躇うことなく櫓から飛び降りて走り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ