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異世界の乙女たちは、社長と一緒に笑っていたい  作者: まあく
第一章 黒い瞳と黒い髪
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本領発揮

 次の日ミナセは、事務所でマークに挨拶した後、一人でミゼットの店に向かった。

 昨日、疲労困憊で帰ってきたミナセを心配していたマークも、一晩寝て元気になったミナセの姿を見てホッとしていたようだった。


「よしっ!」


 小さく気合いを入れて、エプロンの紐をキュッと締める。

 剣を昨日と同じ場所に置き、大きく深呼吸をしてから、ミナセは店に立った。


 この日は、朝から客が多かった。

 職人や商館の職員たちをはじめ、なぜか向かいの雑貨屋の主人までが列に並んでいる。相変わらず男性比率が高いようだが、そんなことを気にする余裕もなく時間は過ぎていく。

 それでも、昨日に比べると、ミナセが客を捌く速度は格段に上がっていた。昨日の教訓を活かしてミゼットが仕込みを多めにしておいたこともあり、補充もスムーズだ。

 今日も売上記録更新は確実な勢いだった。


 目の回るような忙しさのままお昼を過ぎて、客足が一旦止まった時。


「あれ、ババァはいねぇのか?」


 やけに大きな声を上げながら、二人の男が店にやってきた。


「おっ、何だよ、いい女がいるじゃねぇか」


 一人がニヤニヤと笑う。


 目つきが悪い。

 口も悪い。

 顔つきも悪い。

 だが、大物感はない。


 これぞチンピラという雰囲気の二人組である。ミゼットの言っていた”柄の悪い連中”だろうか?


 通行人が、男たちを大きく迂回していく。

 店の前から人がいなくなった。


 緊迫した空気が流れる。

 ミナセはチラッと自分の剣を見て、だがゆっくりと視線を戻し、平然と接客に入った。


「いらっしゃいませ。何になさいますか?」

「んー、そーだなぁ。じゃあまずは金をもらおうか」

「俺はあんたが欲しいね」

「ニッヒッヒ」


 二人が、斜め下から舐めるようにミナセを見る。女性なら誰もが寒気を感じる視線を受けて、しかし、ミナセの表情は変わらなかった。


「申し訳ありません。お金も私も差し上げられませんが」


 場違いなほど冷静な答えに、二人は固まった。

 直後、表情を豹変させ、凄みを利かせた声で怒鳴る。


「てめぇ、なめてんじゃねえぞコラァ!」

「ババァを出しやがれ! 借金返さねぇとぶっ殺すぞオラァ!」


 この怒鳴り声に、奥からミゼットが飛び出して来た。


「あんたらしつこいね。金は全部返したんだ。とっとと帰っとくれ!」


 箒を握り締め、気迫のこもった顔でミゼットが男たちを睨み付ける。


「へっ、出てきやがった」

「おめぇの借金はまだ終わってねぇんだよ。利子ってやつがまだたんまり残ってんだ」


 そう言うと、男の一人が一枚の紙を見せた。


「ほれ、この通り証文も……」


 そこまで言った時、男の目の前で、何かが動いた気がした。


「えっ?」


 突き出したままの自分の右手を見ながら、男は何度もまばたきを繰り返す。


「ふーん、証文はちゃんとしてるんですね。でも、このサイン切り貼りしてありますよ。これ、ほかの証文のサインが貼ってあるんじゃないですか?」


 手に持った一枚の紙、証文を見ながらミナセが指摘した。

 パッと見には分からないが、よく見れば、ミナセの言う通りサインは切り貼りだ。


「て、てめぇ」


 何が起きたのか分かっていない男が、絞り出すように呻いた。


「ミゼットさん、この証文は偽物ですね。やっぱり、もうお金を返す必要なんてないみたいです」


 ミナセがミゼットに証文を見せる。

 同じく何が起きたのかよく分かっていなかったミゼットが、証文を見せられて、ようやく我に返った。


「そ、そうだよ。私たちはとっくに借金は返したんだ。あんたらの悪巧みはもうおしまいだよ。商売の邪魔だ、とっとと消えな!」


 ミゼットの反撃に、二人は怯んだ。

 だが。


「てめぇ、ぶっ殺す!」


 証文を取られた男が、毛を逆立てながらミナセに向かって怒鳴った。自分の失態への怒りと、組織から受けるであろう制裁への恐怖が男の理性を吹き飛ばしていた。

 鬼のような形相をしながら、突き出していた右手でミナセの胸ぐらを掴みにいく。

 その手首を、ミナセの右手が軽く掴んだ。同時に、ミナセの左腕が男の肘に巻き付くように動く。


「なにっ!?」


 気が付くと、男は空を見上げていた。

 まばたきを十回ほどして、ようやく男は自分が地面に転がっていることに気付く。


「やろぉ!」


 怒りに震え、立ち上がろうとした瞬間、なぜか腰が砕けて尻もちをついた。


「あれ?」


 なおも立とうとするが、体に力が入ってくれない。やがて男は、そのまま仰向けに倒れて動けなくなってしまった。

 もう一人の男が、薄気味悪いものを見るようにミナセを見る。


「何をしやがった?」


 近くにいたはずなのに、相方が何をされたのか全然分からない。

 背中に、イヤな汗を感じた。


「大したことはしていませんよ」


 ミナセが表情を変えずに答える。

 鮮やかな投げに気を取られて誰も気付いていなかったが、投げ終わった瞬間、ミナセは男の顎を拳で打ち抜いていた。


 ミナセの目には、怒りも威圧もない。だが、それがかえって恐怖を感じさせる。

 たかが女一人と侮っていたが、完全に目論見が外れた。


 ちくしょう、こいつには勝てねぇ


 チンピラにはチンピラなりの処世術がある。

 強いやつには逆らわないこと。

 勝てないと分かれば、やることは一つだ。


「お、覚えてろよっ!」


 捨てぜりふを吐きながら、倒れている相方を抱えて男はその場から逃げ去っていった。

 男たちが視界から完全に消えると、ミナセはミゼットに笑ってみせる。


「もう大丈夫です」


 その瞬間。


「うおぉぉぉっ!」


 周りから、大きな歓声と拍手が鳴り響いた。


「すげぇぞ姉ちゃん!」

「よくやってくれた!」


 事態を見守っていた人たちが、一斉に歓喜の声を上げていた。みんな、あの男たちがミゼットたちに嫌がらせをしていくのをずっと悔しい思いで見てきたのだ。


 呆然とするミナセを人々が取り囲む。

 その人垣をかき分けるようにしてミゼットがやってきた。その顔には、満面の笑み。


「あんた、やるねぇ!」


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